#40 冒険者の喧嘩

「なんだとこの野郎」


「てめぇぶっつぶす!」


 冒険者は短期でけんかっ早い。おまけに宵越しの金を持たない。江戸っ子みたいな人種だ。酒場でも喧嘩が頻繁におきる。

 やんややんやと盛り上がる酒場。

 そして、他の冒険者は盛り立てるばかりで止める気配はまるでない。

 そのとき店員はどうするか?止めるか?いや避難するのである。


「休憩入りまーす」「うちに休憩はねぇ」


 そんなやりとりをしながら逃げた。もちろん店主は止めない。暗黙の了解だ。

 だって冒険者同士の喧嘩は本当に危ない。

 お互いがぶちぎれると魔法が平気で飛び交うのである。

 現在社会でいうなら、殴り合いの喧嘩の最中に両者がマシンガンやミサイル持ちだすようなものだ。


 ちなみに店主はというと、ものすごく高価な防具の効果で全ての攻撃を防いでいる。

 あの装備全身で二千万DPくらいするんだってさ。

 常時シェルターに籠っているようなものだ。俺なんか目じゃないくらい強い。

 冒険者が集う酒場のマスターは元冒険者じゃないとやれないというのは、誰もが知る事実だ。

 だから、やつらは割と気軽にぶっぱなすのだが、店員までそうだとは思わないでほしい。

 本当なら、いつもは早い段階で看板娘のローザが止める。が今はまだふさぎ込んでいる真っ最中だ。なので今日は誰も止めるやつはいない。

 容易に被害甚大なことが予想される。

 俺は俺より上位の冒険者が持ちだす高価な装備を尻目に、外にでて広間で涼むことにした。


 外は冷たい風がふきとても気持ちが良かった。

 こちらの気候はとても過ごしやすい。

 秋のほどよい天候が長々と続いているような感じだ。


(さて、やることがないぞ)


 ダンジョンの仕掛けは稼働中で、仕込みに行く必要もない。

 思いがけず暇になってしまった。

 俺は傍らの小天使に目を向け、せっかくなので質問を投げかける。


「テンシ、さっきの大柄な冒険者が使ってたハンマーっていくらする?」


【指定が曖昧です。もっと正確な指示をお願いします】

 

「テンシ、さっきの冒険者のハンマーっていくらする?」

 

【指定の仕方がなってません。言葉を勉強して出直してください】


「テンシ、さっきのハンマーいくら?」


【指定を……】「テンシ、さっきのいくら?」


【指定……】「テンシ、いくら?」


【……予測になりますが、600万です】

 

 からかってたら、テンシが折れた。

 機械じゃないから心が負けることもあるみたいだ。

 600万。連日酒浸りの癖にいい武器を使っている。

 下にいくには、やっぱりそれくらい武器にかけねばならないのだろう。

 しかし、それを怒りに任せて振り回すのだから、はた迷惑なやつらだ。

 俺はふと、リュシルを助けたときのことを思い出した。


(あの時も周囲を顧みない冒険者が、凶悪な武器を振り回していたっけな)


 俺はその日、ダンジョンでピンチに陥ったときのために、超加速リングを買ったばかりだった。

 保険用のアイテムとしては、こちらでとても有名な装備だ。

 ピンチ用だから1回使い切りの特殊カスタマイズを施したものだったが、それでも高く40万した。

 その日は、これでより生存率があがったと、高いリングを見ながらニヤけていたのだが、そこに広間で争いをはじめた冒険者がいたのである。

 

 彼らは昼間っから2人で、ダンジョンでの失敗を擦り付け合っていた。

 周囲もはらはらしながら遠巻きに見守っていたが、やがて手がでて武器がでて喧嘩はエスカレート。

 俺の位置からはだいぶ遠かったから、それを俺は迷惑なやつらだなぁとのんびりと眺めていた。

 ただ、遠かった分だけ、広間全体を俯瞰できたので、広間にいる幾人かの危うさは見て取れた。


(もう少し離れたほうが良くないか)


 街の人たちは冒険者の喧嘩に慣れているようだった。

 ある程度離れたら普通に過ごしているのだが、ちょっと間合いの離し方が甘い。

 普通とは違う武器が出たら巻き込まれるなーと、思っていた。

 ちょうどその時、片方の冒険者が特徴的なアイテムを構えたのだ。

 それは俺が常々検討していた武器で、強力な念動を行使できるものなのだが、射程と範囲が非常に広い。

 あまり一般的な武器ではないので、周囲の人間は反応できていなかった。が、俺だけはその武器がぶっぱなされたときに、届く範囲が予想ができてしまった。

 そしてその範囲に運悪く、子供が1人入っている。

 防具をそろえた冒険者でもその武器は危うい。が、なんの備えもない子供はもっと危うい。一撃が耐えられず事切れる可能性がある。

 念動武器を構えた冒険者は頭に血が上っていて、相手の冒険者の後ろ奥にいる子供が目に入っていないようにみえた。

 もしかすると隠れて見えなかったのかもしれない。

 俺は、一瞬超加速リングへ目をやる。

 そして、躊躇なく武器が発動されたのを見て、超加速リングを起動し駆け出した。

 

 俺は日ごろから運が悪く、いいものを買った時ほど"直後に"ソレが台無しになることがよくあった

 このリングを買ったときにも思っていたのだ。高い買い物をしたから、すぐに台無しになるんじゃないかって

 

 結果はご存じの通り。冒険者の後ろ奥にいた子供ことリュシルは俺に抱えられ無傷。

 俺はリュシルを抱え屋台に飛び込み、怪我と賠償金を負った。

 幸いにも、周囲は理解を示してくれ、かなり容赦してもらえたので払うことができたが、あのときは色んな意味で危うかったのを憶えている。

 

 それ以来、リュシルは広間で俺を見かけると話しかけてくれるようになり、今に至る。

 あの時の出費は痛かったが、今の関係を思えば些細なものだ。

 今はあれからまだ2週間もたっていない。しかし、すごく昔のことのように思えた。

 気が付けばそれだけ自然な関係が構築されていて、まるで長く付き合いのある親戚の子供のように感じている。


(ずいぶん仲良くなったよなぁ)


 リュシルとの関係を改めて認識していると、遠くでウチの酒場の壁とドアが吹っ飛ぶのが見えた。

 さすがに被害がひどすぎる。店主が切れてそろそろ終焉だろう。

 

 うちの酒場は安い作りをしているとはいえ、あの冒険者はいくら払わされるのだろうか?

 俺は金額に思いをはせつつ、酒場にゆっくりと歩みを進めるのだった。


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