#35 あらたな堕ち人

 朝、たまたまギルドの応接間を通ると、見慣れない日本人の女性を見かけた。

 彼女は見るからに所在なさげで、誰かを待っているようだった。

 これはもしかすると、新しい堕ち人だろうか?


「あの~、もしかして日本人の方ですか?」


 なんて声をかけていいか難しい。

 上手く話しかけられずに、海外旅行中に日本人に出くわした時みたいになってしまった。

 女性は黒髪でやぼったいメガネをしている。すごく大人しそうなタイプだ。

 歳は若く私服だが、学生っぽい。

 顔を見ると少し小太りでそばかすも多く、常にうつむいていた。実に自信なさげだ。これは学校のクラスでも人気のあるほうではないだろう。


「はい。……もしかしてあなたも」


「はい、2週前にこっちに」


 なんか海外留学生同士の会話みたいだ。事態はもっと深刻なはずなのだが。


「あなたは、今日ここに?」


「あ、いえ。私は昨日きたんですが…」


 言葉が尻すぼみになりながら、シュンと少し落ち込んでしまった。

 

「なにかお困りでしょうか?同郷同士、俺でよければ相談に乗りますが」


 昨日来ていたとは、全く気付かなかった。そういえば、最近はイハルとも顔を合わせていない。

 外の交流が増えた分、ギルド内のコミュニティとは疎遠になっていたかもなぁ。


「……」


 なにか話したいことはあるようだが、彼女は黙ったままだった。何を話すか、自分の中で問答しているようにも見える。

 俺はなんとなく気持ちはわかるので、辛抱強く待つことにした。


「……」


「……」


「……」


「……」


「ぁの、ですね」


「はい」


 彼女は一言話しだすと、ゆっくりとではあるが内容を語りはじめた。

 昨日、ギルマスに説明を受け、朝からダンジョンに行ったこと。

 ダンジョンは暗く、どうしていいかわからず引き返したこと。

 ギルマスに再度説明を受け、今度はいくつかの定番アイテムを装備し、護衛と一緒にダンジョンに向かったこと。

 ダンジョンに入ることができたのはいいが、ネズミが可愛くて手を伸ばしたこと。

 護衛には注意されたが、どうしても仲良くなりたくて、何度手をかまれても撫で続けたこと。

 かまれてはポーションを使い1時間無理矢理粘りつづけたが、結局無理で護衛に引き離され、こっぴどく叱られ戻ったこと。

 そして、部屋に戻り、泣いて過ごし、今に至ることを教えてもらった。

 ちなみにここまで聞くのに2時間かかった。


「お腹が空いて出てきたのですが、どうしていいのかわからなくて」


 お腹が空いている割には長く話した。まぁ話を聞いて欲しかったのだろう。


「食堂に行けば、ご飯もらえるんだけど、俺じゃ紹介できないなぁ」


 というか、ギルマスが紹介していないことが驚きだ。職務怠慢じゃねぇ?


「よし、じゃあ俺が奢るからご飯食べにいこう!」


「え、いいんですか」


 こういうときだけは、いつもより声が大きく反応が良かった。現金だな。


「いいよいいよ。同郷のよしみだ。それに俺、多少はお金あるんだよね」


 バイトしてるしと言うと、「こっちでもバイトできるんですね」と前よりはテンポよく返事が返ってきた。

 ちょっとは元気になったかな?


「おすすめの場所があるんです。とにかく美味しいものを食べましょう。えぇと名前は?」


 そういえば、長々と話した割に名前を聞いていなかった。


「黒森 カエデ(クロモリ カエデ)です」


「じゃあ、クロモリさん、行きましょう」


 こっちの料理も全然悪くないんですよというと、俺は歩きだした。

 ドアを開けると、日が射し込む。

 振り返り、手を差し出すと、彼女は眩しそうにしていた。


「はい、連れて行ってください」

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