#34 ***

秘匿閑話 『謀略と失墜の魔神エムテテス』


 ダンジョンには10階ごとに門番がいる。

 人間の体でいうところのマクロファージみたいなものなのだが、人間社会においては何故かボスと呼ばれた。


 アクバアルのダンジョンで有名なのは10階のボス、『漆黒の蛇』だろう。

 ルーキー最初の関門として、街の誰もが知っている。

 続いては20階のボス、『慟哭の黒犬』だ。

 基本的には、浅い階層のボスのほうが挑む人間が多い分だけ有名だ。

 例外は最前線で打倒されたボスだろう。

 最前線の冒険者たちは自分の手柄を広めるため、ことさら喧伝するし大衆も聞きたがる。


 しかし、ここ、アクバアルのダンジョン『0F』、イドラの街のボス『謀略と失墜の魔神エムテテス』は最も浅い階層のボスにも関わらず全く知名度がなかった。

 それどころか、ダンジョンがはじまってから、今まで一度として倒されたことはない。

 ひっそりと誰にも気取られることなく、エムテテスは街の住人として溶け込み、今日も街役場で部長として街の運営に携わっている。



  *



(アクバアルめ、最前線の冒険者を壊滅させるなんて、なんてことを!)


 エムテテスは他のボスと違い、アクバアルとは対等だ。

 確かに彼に助けてもらい、ダンジョンのボスとして匿われている事実はあるが、黙って従うかというと、それとこれとは話が別だった。

 

(もう少し連絡とかあってもいいのではないか?)


 ボスに零落してからこれまで、まともに連絡をくれた試しがない。

 そのためこうして予期しない事態に振り回されては、エムテテスは街の人間として余計な苦労を背負い込んでいた。

 

(事前に話があれば、もっと有効活用できたものを!)


 他の魔人に力を回すことだってできたかもしれない。そうすれば討滅された魔人の復活だって早まるはずなのだ。

 もっとも、アクバアルほどの格上になると、話ができたとしても"まともな会話になるか"はほとほと疑問ではあるのだが。

 なにせあまりにスケール感が違いすぎる。

 物事を少なくとも100年単位で考えるような存在だ、1日なんて瞬きにしか捉えていないことだろう。

 

 エムテテスは一瞬、姉妹に連絡を入れるか逡巡する。

 些細なことではあるが、上手くやれば今回の件は大いに飛躍できる可能性のある話だ。

 しかし……

 エムテテスはもしも気取られてしまった場合のリスクを天秤にかけ、考えを打ち消した。

 

(安全に連絡をとる手段はないものか)


 今持つ情報を元に、何パターンか検討するも、あまりいい考えは出てこない。


(せめて今代の魔王がいれば混乱のうちに動くこともできるのだが)


 前の魔王が討伐されてからすでに200年の空白が生まれている。

 長く平穏な時は、エムテテスを非常に動き難くしていた。

 

(いっそのこと魔王を作ってしまうか?)


 憎悪にかられた、力の強い人間。

 もしくは力のあまり増長して道を踏み外した人間。

 長く時をへると、どちらかが定期的に生まれ、人間社会を混乱と恐怖に導くはずなのだ。

 作為的にそうなるようにしたところで、不自然にはならないだろう。

 

(最近また、堕ち人が増えているといっていたな)


 彼らは踏み外しやすい。

 実にうってつけの人間といえた。


 本来の件とはズレてしまうが、エムテテスはまず堕ち人の情報を集めることに決めた。

 彼女は役場の人間だ。少し動くだけですぐに情報は集まることだろう。

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