#33 リュシル父

「君がキットくんかな?」


 いつものカフェで本を読んでいると、男性から声をかけられた。

 本から顔を上げると、そこには真面目そうなイケメンサラリーマンが立っている。

 全く知らない人だが、彼は俺を『きつと』ではなく、『キット』と呼んだ。


「そうです。あなたは?」


「はじめまして、リュシルがいつもお世話になってます。リュシルの父のハイデマン・ディームリンといいます。今日はお礼が言いたくてここに。こちら座っても?」


 リュシルぱぱかぁ。思わぬ人がきた。

 武闘派ときいていたけれど、予想よりはるかにスマートだ。

 少し緊張しながら頷く


「はい、どうぞ。今日はお仕事は?」


 確か毎日忙しくしてる有能な税務官だったはずだ。


「今日は色々あってなくなってしまいました。おそらく明日からは忙しくなるでしょうが、その前に君に一目会いたいと思いましてね」


 あぁ、なるほど。冒険者壊滅の余波か。

 思わぬ影響が自分にもあったものだ。

 

「以前、リュシルが危ないところを助けて頂いたそうで、とても感謝しています。リュシルもとても喜んでいましたよ。その時だけはヒーローみたいだったって」


 俺がリュシルと仲良くなったきっかけは、冒険者の喧嘩のとばっちりからリュシルを助けたところから初まっている。

 今の関係を思うと、危険を冒して助けたかいがあったものだが、『その時だけは』ってのが酷いな。

 リュシルが普段どう思っているか、推して知るべしだ。


「あの時は本当に危なかった。偶然でしたが、助けられてよかったです」


「この街は犯罪は少ないが、冒険者による事故は本当に多い。事件を聞いたときは本当に肝が冷えましたよ。最近はこのカフェによくいるみたいですが、あなたがいるから安心しています」


 冒険者ってならず者なイメージがあるのだが、犯罪が少ないってのは、意外だ。

 確かに街にいる連中を見る限り、気のいいお調子ものばかりで、悪いやつらではなさそうな気がする。

 でも、悪いやつらってのは、どこにでもいるものではないだろうか。


「悪く思われていなくて安心しました。しかし、犯罪が少ないというのが意外です。悪い人間はどこにでもいるものでは?」


「この街の人間は、カタログリストの恩恵を受けている分、強いですからね。やりにくいことでしょう。それに教会も自警団も目を光らせているので、そうそう犯罪者に出る幕はありませんよ」


 教会には常日頃から未来視を用いて犯罪を事前に防ぐ部署が存在しているそうだ。

 そして、街の自警団もダンジョンに潜り、特訓を続けているらしく下手な冒険者より強いとか。

 魔法を使えば犯罪なんてやり放題な気もするが、未然に防ぐほうが強いなら、確かに少なくなるのだろう。

 でも、それなら、未来視で事故も防げそうなものだが。


「喧嘩、トラブル、小さな事故は数が多すぎて一々対応できないのですよ。それに犯罪は、犯罪者をとりしまれば終わりですが、喧嘩やトラブルは一時的に収まったところでまた再発しますからね。放置せざるを得ないというのが現状です」


 確かに酒場では毎日だもんなぁ。毎度気にしてもいられないか。


「なるほど、面白いものですね。まだまだこちらの常識に疎いもので、教えてもらえて助かりました」


「いえいえ、ところで君はいつもここで本を?リュシルに聞くところによると、あまりダンジョンに潜っていないようですが」


「帰るために一日に何度か潜ってますよ。まぁ、ここで本を読んでいることも多いのは確かですが」


「帰るために、か。他の冒険者とはずいぶん目的が違うんですね。やっぱり堕ち人だからかな?キットくんの帰還チケットはいくらするんですか?」


「350万です。来た当初は300万だったのですが、先日変動して値上がりしていました」


「350万!それは相当時間がかかりそうだ……。故郷に帰りたくても帰れないとは悲しいことですね」


 実のところ、帰ろうと思えば1カ月もせずに帰れそうなんだが、それは言わぬが花だろう。

 

「そういえば、バイトもしていると聞きました。働いているなんて堕ち人としては珍しい。2番口のマニカン酒場に勤めているとか?」


「えぇ、2日おきに働きに行ってますよ。酒場の話もリュシルから?」


 リュシル、色々なこと話してるなぁ、俺のこと全部筒抜けなんじゃなかろうか。


「あぁ、リュシルは最近家では君の話ばかりです。おかげで私も会ってもない君に詳しくなってしまった。リュシルが最近リディアにまで連絡してましてね。あぁ、リディアは私の娘で、リュシルの姉になります。ここのところ何度もやりとりしていたから、リディアも結構知っているんじゃないかな?我が家では君はたいそう人気者ですよ」


 う~ん、リュシル家では一体どんな風に話されているのだろうか。

 俺の評判って、あまりよくないからなぁ。姉にも変な風に伝わっていそうだ。

 リュシルの姉のリディアさんには色々期待しているので、悪い印象は持っていてほしくないんだが……

 

「しかし、話には聞いていましたがキットくんはずいぶん変わっていますね。もの静かであまり冒険者には見えないし。堕ち人は皆そうなのかな?」


「あ~、まぁこちらの冒険者に比べれば、堕ち人は変わっていると思いますよ。ただまぁこんな風なのは、俺だけです」


 そう、世間と外れた妙な動きをしてるのは俺だけで、イハルは普通……ではないな……。

 あれ、堕ち人って挙動怪しくないか?

 

「ふむ、そうですか。まぁでも君はしっかり生きているように見えますね。確かに普通の冒険者とは違いますが、地に足がついているところは良いと思いますよ。私からみて、冒険者は山師にしか見えませんから」


 山師、ギャンブラーか。

 まぁ冒険者の大半は稼ぎのほとんどが酒に消えていくような奴らばっかりだ。

 あいつらと違うのは間違いない。


「どうにも性分で、そういう生き方ができないだけです」


「性分。……ふむ、キットくんは不思議な落ち着きと自信がありますね。私も冒険者になりたての人は沢山見てきましたが、彼らはもっと切羽詰まっていましたよ。理想とかけ離れた生活に摩耗していて、こんな風にカフェでさわやかに話したりはできなかった。……その不思議な魅力に引かれてリュシルはここにくるのかもしれませんね」


 落ち着いてるか。生活が安定してるからかな。


「落ち着いているといわれましても、自覚はありませんね。のんびりしているだけかも」


「はっはっはっ、それでも周りを不安にさせないだけ上等ですよ」


 どうやら、ハイデマンさんに悪い印象はなかったようだ。

 その後もしばらく話は続いたが終始なごやかな雰囲気で過ごすことができた。

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