#26 冒険者の酒場
夕方から、酒場の喧騒はすさまじい。
俺がバイトする酒場には昼間組の冒険者が戻ってきていて、すっかり出来上がっていた。
俺は前掛けを受け取ると、注文を取りに駆けずりまわる。
「にいちゃん、オラァ、エールな。ダックはどうする?」
「ワイもエールでええぞ、あとは豆をくれ、豆。チックはつまみはいらんのか?
「オラも豆がいいな。ヒダ豆おおめにくれい」
思念でメモをつけていき一通り注文が終わると、俺はテーブルの2人に注文内容を読み上げた。
「エール2つに、ヒダ豆ですね。ヒダ豆は3人分でいいですか?」
こちらではやらない習慣だが俺は注文を繰り返し、確認をとるようにしている。
はじめはくどくなって嫌がられるかと思ったのだが、案外好評だ。
俺は注文内容に同意が得られると厨房に急ぎ戻り、置いてあったエール2つとヒダ豆2人前とり、席に運んだ。
「はい、エール2つ。1杯600リップ。ヒダ豆はとりあえず2人前もってきました。こちら2人分で800リップです」
「ほらよ。あー、豆2人分思ったより少ねぇなぁ。2人分をもう1個くれい」
冒険者らしく、DPを使ってリップを生成し手渡ししてくれる。
冒険者はリストから生成してお金を渡してくれるので、釣銭がいらなくていい。
「わかりました。では、少しお待ちください」
俺は心のなかでガッツポーズを決めると、ヒダ豆の追加分はゆっくり持っていくことを決めた。
間を空けて持っていったほうが、エールの注文を見込めるからだ。
もともと品は買い切りなので、多少のミスがあってもスルーされ問題にならない。
俺は厨房に戻ると、マスターに詳細を話し、エール2つ分の代金1000リップと、ヒダ豆の700リップを返した。
エール1杯100リップとヒダ豆1人前50リップは俺のとり分だ。
ここでは働いたら働いた分だけ稼げる。
逆に注文をとって運ばなければ一銭にもならない。
だからといって、店員同士で注文の取り合いになったりもしない。それどころではないからだ。
この酒場ではどこでもひっきりなしに注文が飛び交っている。
俺はぬうようにテーブルの隙間を抜けながら、次々と注文をとっていく。
気を付けなくてはならないのは、ぶつからないようにすること。
料理や酒をこぼしては事だし(ぶつかった人間の払いになったりする!)、冒険者とぶつかると喧嘩になりかねない。
逆にいうと、それだけ気を付ければ、後は皆おおざっぱだ。
例えば俺がだらけてさぼったとしても、マスターは何もいうまい。
黙って追加のバイトを募集するだけだ。
はじめは異世界の仕事とだけあって、かなり警戒もしていたが働いてみれば実にやりやすい職場だった。
おまけに耳をすますと
「11Fでレアが3度続いたらしいぞ」
「まじかよ、でも4度目はないだろ、次は20Fじゃねぇか?」
などと冒険者の話も聞くことができる。情報収集にも都合がいい。
俺は少しばかり立ち止まって話を盗み聞きすると、客と一緒に飲んでる店員が目に入った。
この酒場の看板娘ローザだ。
客から1杯奢ってもらいながら、堂々と席につき大いに盛り上げている。
彼女はウワバミだ。
いくら飲んでも酔わないからやっているのだろうが、いささか豪快なサボり方だ。俺には到底まねできない。
外から夜の鐘が響いた。今は20時か。
バイトを始めてから、3時間経過している。
俺は小天使をみて、すっかりメッセージが途絶えたことを確認する。
酒場の状況は、一段落している。全席に酒と食事がいきわたった。
俺はワンテンポ遅らせたヒダ豆と、セットでエールを届けると(注文していなくても持っていけば、だいたいは買ってくれる!)、マスターに30分だけ抜けることを伝えた。
「店じまいの掃除してけよ」
ここでは注文以外の収入はほとんどない。
抜けていいから、タダ働きしろということらしい。
掃除を了承すると、俺はダンジョンに向かい、密室にガスを巻く。
最近ではだんだんと要領がつかめてきて、ガスをまくだけなら20分で終わるようになった。場所にたどりつくまで10分なので、全部で40分かかる。
30分といって10分遅れるが、それぐらいなら何も言われない。
印象が悪くなりそうなものだが、俺は他の店員より圧倒的に働いているし、とり分をごまかしたりしないので、かなり印象が良いほうだ。進んでいくらかタダ働きもしているので、この程度のおめこぼしは全然してくれる。
俺はきちんと40分で戻ると、注文の嵐のなかに舞い戻った。
働いた分だけ稼げるというのは、なかなかに楽しい。
半分ゲームみたいな気分で酒とビールを運んでいると、客から声をかけられた。
「店員さん、もしかして堕ち人かい?」
黒髪はこちらでも多いが、日本人特有の顔つきはこちらでは珍しい。
月に1人程度やってくるとはいえ、街全体でいえば堕ち人はレアな存在だ。
なので、たびたび俺はこんな感じで声をかけられる。
「ええ、最近やってきました」
「こんなところで働くなんて珍しいねぇ、ダンジョンは合わなかったかい?」
「いやー、ダンジョンだけだと飽きるので、こうして小遣い稼ぎやってます」
「小遣い稼ぎかぁ。店員さん、なんか楽しそうだもんねぇ。見ていてこっちまで嬉しくなってくるよ」
楽しそうに働いているというのは、たびたびもらえる評価だ。褒められてるかわからないが、悪い気はしない。
「ここ、お祭りみたいでしょ。みんなに酒を飲ませてまわるのが楽しくって」
「そりゃー酒場が向いてるわねぇ」
はっはっはっ、と笑いながらエールを追加注文してくれた。
冒険者の酒飲みは気前がいい。
こうやって店員をはじめてから、顔見知りも増えた。
こうして細かに客とやりとりしながら、またも1時間半経過し夜遅く、少し客がはけてくる。しかしあと30分もすると夕方組の冒険者が戻ってきて、また賑わうことだろう。
俺は嵐の前の静けさをたもっているうちに、また酒場を抜け出すと、ダンジョンでガスをまく。
この時間は注文も少ないので、わざわざマスターに言って抜けるほどでもない。
勝手に帰るやつもいるくらいだ。
きっちり戻る俺はかなり優等生に分類される。
そうしてダンジョンをこなし、道を急ぐと、酒場のドアからは明るく楽しい声がもれていた。
どうやら第2陣、夕方組の冒険者がダンジョンから戻ってきたらしい。
俺はいくらかの気持ちのいい疲労を感じながら、再び仕事に精をだすのだった。
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「よう、こないだ紹介したキツトはどうだ。働いてるかい」
「あの堕ち人か。あいつはなかなか働きものでいいな、目端も利くから助かってるよ」
「お、役立ってんなら良かった。ひょろいから、すぐに逃げ出すかと思ってたんだがなぁ」
「ほそっこいが、よく運ぶぞ。片付けも進んでやってくれるから大助かりよ。注文をとりすぎたらバランスみて抜けるしな。他の店員もやりやすいって言ってるぞ」
「そりゃ意外だな。ダンジョンのほうがからっきしだったから、バイトのほうも危ぶんでたんだが、合わないだけだったか」
「そんなにダメかね?頭のめぐりも悪くないし、悪さもしないから組むやつ多そうだが」
「あー……、あいつ人と組まねぇんだよなぁ。さっさと俺のほうで組ませりゃ良かったか」
「命のやり取りが苦手なんじゃねぇか。気持ちが優しいんだと思うぞ」
「確かに堕ち人はそういうやつ多いなぁ。やりなれてないだけだと思うんだがねぇ。慣れさせるために訓練会には誘ったんだが」
「よせよせ、あいつはそういうのは逃げ出すタイプだ。無理に追い込むもんじゃねぇよ。あいつはこっちのほうが向いてる。どこの酒場いってもやってけると思うぜ」
「いや、そこまでか。わかったわかった。もう無理に冒険者はやらせんよ」
「それがいい」
2人はそういうとエールをかーんと打ち合わせ、飲み干した。
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