2章

#25 異世界の少年

14日目昼


「キット!今日も暇そうにしてんな!」


 広場のオープンカフェで本を読んでいると、先日仲良くなったリュシルくん(推定12歳)から声をかけられた。

 彼は短パンの似合う金髪碧眼の美少年で、このところ暇を見つけては、俺のところに遊びにきていた。

 彼は俺のことを、きつとではなくキットと呼ぶ。

 彼からすると、『きつと』という日本語の名前は言いにくいらしい。

 最初は試行錯誤して頑張っていたが、今では現地の言葉なまりが少しまざったキットという呼び名で、俺のことを呼んでいた。


「リュシル、もう塾は終わったの?」


 こちらの世界には学校はなく、子供は皆、魔法塾に通っている。

 今は昼の13時。

 リュシルくんくらいの年齢なら、夕方近くまで中級魔法の制御に励んでいるはずだった。


「今日は先生が腰痛で休むって。父ちゃんの手伝いもないから、キットの相手をしにきてやったぞ!」


 ニシシと笑いながら、横にイスをもってきて座る。


「俺、リシジュースがいいな!」


 奢れということらしい。

 先日、俺だけお茶を飲みながら話すのもなんだなと思い、奢ってあげたら習慣になってしまった。

 仕方なしに店員に声をかけ、リシジュースを注文する。

 地味にちょっとお高い。


「んで、今日はなんの本を読んでるんだ!」


 リュシルくんは、俺が読む本に興味深々だ。


「今日は、昔の人の戦い方の本を読んでいるよ。参考にならないかなと思って」


「キットは、パインセみたいに戦えるの!?」


「いや、パインセみたいには無理なんだけどね」


 改めて彼の本を読むと、装備が半端ない。

 最低でも億からはじまる武装がごろごろしている。


「キットは弱いから仕方ないな!」


 リュシルくんがしょうがないやつだなぁと笑う。

 どうにも、彼の中で俺は残念な冒険者の位置付けにいるらしい。

 最近はすっかり俺を弄ること憶えてしまった。

 まぁ、昼間っからダンジョンに潜りもせず、本を読みふけっているのだから、そう見られても仕方はないのだが。


【40DP獲得しました】

 小天使が敵の消滅を告げる。

 彼からするとさぼっているようにしか見えないだろうが、実際のところは立派に稼ぎを進行中だ。


「キットはそんな本読んだって強くなれないよ。それより俺の話を聞いてくれよ」

 ねぇねぇと相手をねだられる。


「はいはい、それで今日はニーナと何があったんだい」


 本をパタンと閉じると、リュシルくんに改めて向き合う。

 まぁ、あくせくするのは性に合わないのは確かだ。

 この辺で一息ついてもいい

 リュシルくんは相手をしてくれることが嬉しいみたいで目を輝かせて、塾でのニーナとのやり取りを語りはじめた。


 内容としては塾一の才女ニーナが、しょっちゅうリュシルくんをかまっては、魔法のダメだしをしてくるという、いつもの話である。

 たぶんニーナはリュシルくんのことが好きなんだろうなぁ。

 ほほえましいエピソードにうんうんと頷いてあげる。実に眩しい。


「ニーナは水の生成が遅いっていうんだ。でもウォータポールはちゃんと動いてるし、先生がいう高さには届いたんだよ。ニーナはちょっと魔法が得意だからって……」


 正直、魔法塾の話はめちゃくちゃ参考になる。

 俺が全く知らない生活や魔法の知識はどれをとっても目新しい。

 そして、その中に混ざる『変わらない子供のやりとり』は、心をほっこりさせてくれる。

 ここ最近の俺の癒しだ。

 リュシルくんは、他の大人とは違って、熱心に話を聞いてくれることが実に嬉しそうだ。

 こちらの大人からすると普通の話でしかないから、つまらないものになるんだろうなぁ。

 少し興奮して頬が上気し赤くなるあたり、すごく可愛いらしい。

 この辺は子供の特権だな。

 

【37DP獲得しました】

 こころなしか小天使のメッセージ頻度が落ちてきた気がする。

 いや落ちているのか。そろそろ効果時間終了間際だ。

 本来ならこの辺で再びダンジョンにもぐるのだが、リュシルの話も佳境になっているので、今しばらく見送ることにした。

 

「それで、リュシルはニーナになんて言ったんだい」


「そのときは、ニーナには何も言わなかった。エディの話もあったし・・・」


 リュディの通う塾には、20人くらいが在籍している。

 そのうちよくでてくるのは4、5人だが、子供らしく目まぐるしく登場人物が増えるので、俺はメモ帳にエディを忘れないようコメントを追加した。

 

 先週、ギルマスから教えてもらった、メモ帳はすさまじく便利だ。

 こうして話ながら、相手に気づかれずメモをとることができるし、相手に見えないから、見直して確認することもできる。

 もはや外付けのハードディスクといっても過言ではない。

 現代社会にもって帰りたい。

 

「俺、ちょっとトイレ」


 ジュースを飲みすぎたのか、リュシルくんはそそくさと席をたつ。

 リシジュースはすっかり空で、氷だけが寂しく残っていた。

 俺は仕方なしにリシジュースの追加注文を入れた。

 

「ただいま~、お、キット気が利くじゃん」


 リシジュースは彼の好物だ。

 すごいニコニコ笑顔で、ジュースに口をつける。かわいい。

 ほんと、少しお高いが、ものすごく喜んでくれるので、悪い気はしない。 


 その後も、しばらくリュディとは色々な話をした。

 彼の父親のこと、王都に行っているお姉さんのこと、そして俺の世界のこと。

 こちらの人からすると、異世界があるのは当たり前のことだ。

 俺の世界の話も遠い外国のこととして、頻繁にねだってくる。

 そこそこ回数を重ねているので、いつのまにやら彼は俺の小学生時代の呼び名やら遊びに詳しくなっていた。

 

「じゃあ今度、そのシャボン玉ってやつ、教えてくれよな!」


 リュディくんは、俺が小さい頃に遊んだシャボン玉に興味をもったらしい。

 今度、石鹸水を用意してくる約束をして、今日はお開きとなった。


「リュディ、またね」


「おう、キットもがんばれな!」


 手を振ってわかれると。あたりはすっかり橙色。

 もうあと1時間もするとバイトの時間だ。


 俺は、カフェをあとにすると、ダンジョンにガスの仕込みに向かう。

 今、ガスを充満させておくとバイト中にもDP収入を得られることだろう。

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