#2 初心者ギルド

 俺は真っ赤な建物の前にいた。

 あの後おばちゃんに言われた通りに道を歩き、この建物にたどり着いたのだ。

 初心者ギルドという名称には色々思うところがあったが、ここにきたのは、結局他に行く場所がなかったことが大きい。


 意を決してドアを叩くと「どうぞ~」と声がした。


 ガチャ

 

 ドアを開けるとそこには金髪ポニーテールの受付嬢がいた。

 彼女は来客があったというのに、頬杖をついてだらけている。

 やる気なさすぎじゃない?


「あ゛~、堕ち人ですか」


 受付の女性は俺の服をみるなり、少し嫌そうにそう言った。

 面倒な客来たとばかりに、眉がよっている。

 来てはいけなかったのだろうか。


「今、マスターを呼んできますので、そちらにおかけになってお待ちください」


 仕方ないなぁと彼女は動き出すと、よっこらせと声が聞こえてきそうな動作で立ち上がり、奥へ消えた。

 なんというか若いのに婆くさい。


(……奇麗なのに、残念な人だなぁ)


 とりあえずイスに座りあたりを見回す。

 部屋はこざっぱりとした応接間といった風情だ。

 受付のカウンターといくばくかの本棚以外は、あまり物はなかった。

 本の背表紙に注目してみると、見慣れない文字がのたくっている。

 どうあがいても読むことはできなさそうだ。

 記憶に知ってる文字はなかったか探っていると、やがて奥から男性が姿を現した。

 彼は片目を眼帯に覆った白髪のナイスミドルで、見るからに筋肉がすごかった。いかにも歴戦の戦士といった雰囲気が漂っている。

 彼がギルドマスターだろう。

 彼は俺を見るなりニヤリとし、


「よう、災難だったな」


 と一言なげかけてきた。

 えらく気安い。

 とはいえ、おかげで少し話しかけやすくなった。


「はい、突然で、まだ気持ちが追い付いていなくて……」


 彼は明らかに事情を察している。

 素直に思ったまま話そうと思った。


「それを今から説明してやるよ」


 ドスンと少し乱暴にギルドマスターはイスに腰かける。そのとき、


ドンドンドン「すみませーん」

 

 ちょうどドアを叩く音と、聞きなれた日本語が入り口に響いた。

 

「今日は来客が多いな」

 

 ギルドマスターがドアを開けると、入り口には活発そうな黒髪の青年が立っていた。

 顔つきも服も明らかに日本人だ。

 年齢は高校生くらいに見えた。

 

「すみません、ここにくると助けてもらえるって聞いたんですけど」

 

「あぁ、そうだ。お前さんみたいなのを、ここでは支援してる。まぁ中に入れ。先にお仲間がきてるぞ」

 

「お仲間?あれ、日本人」

 

 青年はこちらを見て笑顔になった。

 同郷の人間を見つけられてほっとしてるのだろう。

 俺も一人じゃないと気がして、少し安心した。

 

「あぁ、きみも?」


「はい、俺、居春ライタ(いはる らいた)っていいます。良かった同郷の人がいて」


 彼はイハルというらしい。

 珍しい苗字だ、呼びやすくはある。


「地道キツト(じみち きつと)だ。俺もさっき着いたばかりなんだ」


「自己紹介は済んだな、まぁ2人とも席につけ」


 2人で顔を見合わせ、応接間の席につくとギルドマスターも名乗る。


「俺はここでギルドマスターをしているガーデガーだ。お前らみたいなのを支援する仕事をしている」


 ギルドマスターは背もたれに体を預け、


「まずは確認からだな。念を押すが、お前さんら別の世界の人間だろ」


と切り出した。


「はい、そうだと思います」


 俺ら2人とも、すでに自覚しているので、素直に頷いた。


「別の世界から落ちてきた人間。こっちじゃあ、そういうやつのことを堕ち人って呼んでる。だいたい、ひと月に1人くらいか。この建物にやってくるよ」


 毎月やってくるのか、かなりの頻度だ。

 そりゃあ街の人も慣れるだろう。

 あのおばちゃんの態度も少し納得できた。


「この街ではよくあることだ、だから心配するな。お前らみたいなのをサポートするためにここはある」


 ここは冒険者として成功した堕ち人『パインセ』が建てた施設で、冒険者や堕ち人を支援することを目的としているらしい。

 具体的には、1か月無料で寝床と飯、衣服を提供してくれ、ダンジョンの資料も読み放題とのことだった。

 1か月を過ぎたら有料になるが、そのころにはそこそこ稼げるようになっているので、出ていくのが普通らしい。


「それはすごく助かります」


「なぁに、お前らもいつか大成したときに還元してくれりゃあそれでいいのよ」


 俺もそうだったしな、とギルマスも独り言ちると続けた。


「さて、ここからが本番だが」


 そういうとギルマスは自分の手のひらを前に向けてこう言った。


「お前ら、これが見えるか?」


 手が何かを持っているような形をしているが、何もなかった。

 もちろん、手のひらの事を言っているわけではないだろう。


「手のひらが……」「何も見えません」


「そうだろうよ、逆に見えたら問題だ」


 ならなぜ言ったし。あとイハルは素で手のひら言ったな。

 ギルマスは、イハルの発言はスルーして続けた。


「お前らこう言ってみろ"リストオープン"」


 ???


「「リストオープン」」


 促されるままにその言葉を唱えると、俺の目の前に突然光が現れる。


 それは強く弱くもない不思議な光で、眩しさで目をつぶらせることのないまま一瞬で終わり、その場に大きな本を残していた。


 俺の目の前に中空で浮く不思議な本が一冊。


 驚きに目を見開くと、それを見てギルマスが言葉を続ける。


「お前らにゃあ、これからダンジョンに潜ってもらわないといかんのだが」


「それを支援するのがこの『神のカタログリスト』だ」

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