第2話 恋敵の男
前にも言ったとおり、俺はピンからキリまである商社マンの中ではずば抜けて成績が良かった。なぜかは分からないが、俺の手にかかると仕事の効率はほかの社員の倍は進み、報酬もそれ相応にあった。こういうのをまさに天職と呼ぶのかもしれない。ただ、若かったこともあり、自分にうぬぼれてしまったことが唯一の失点だと今になって考える。
同じ職場の山寺は俺と並んで軒並み成績が良かったが、俺の方がわずかに上だった。同じ「山」が入ることもあって、職場では冷やかしを受けることも沢山あったが、その多くは「山寺は山本を追い越すことができず、可哀そうだ」といった山寺に対する中傷めいたものだった。
本人がそれをどう思っていたのかは知るところではないが、少なくとも持ち上げられた自分は悪い気はしないし、俺自身も山寺が惜しい逸材であるということに異論はないのでそのままにしておいた。
____あの女に出会ったのはちょうどその折だった。
佐々木美怜、ちょうど務めていた商社の真向かいにある総合病院で看護師をしている女だった。肌が異常に白く、瓜実顔の美人だった。手足が細く小柄で、何の邪気もなくよく笑った。
よくブランドものの服を好み、出費も派手そうに思えたが、それさえ除けば素晴らしい女に違いなく、もし出会うタイミングさえ早ければ自分の恋人にしてやったくらいの美人ではあったが、残念ながら山寺の彼女として紹介を受けた。
なんだか調子が狂うようになったのはこの頃だった。栄養失調、睡眠不足、成績不良。要因は沢山あったように思えたが、何かにつけて俺に会いたがる佐々木美怜の影響が一番大きかったような気がする。
邪気のない、純粋な女と見受けられたのは最初だけで、そのあとは徐々に性悪女の本性を現すようになっていった。例えば、手作りのお弁当を差し入れとしてわざわざ二つ持ちこんだり、俺の話を聞くたびに顔をほころばせてみたり……。ある時は三人で食事に行った帰りに何気ない風を装って、山寺の知らぬところで腕を絡ませてきたり……。
今となっては危険な女として一歩退くこともできるが、当時のうぬぼれも手伝って、山寺には悪いとは思いながらも、この女はどうやら山寺よりも自分に興味があるらしいと気づいた。この時期、自分にうぬぼれていたこともあって、この女が自分にしてくるわざとらしい好意も優越感に浸る一つのスパイスにしていた。
だから、美怜が早々と山寺に見切りをつけ、俺と恋仲になったのは別におかしなことではなかった。遅かれ早かれいずれはそうなっていただろうことだ。悪いなと山寺にそのことを報告し、その焦燥した面持ちを見て初めて悪いことをしてしまったと胸が痛んだ。
だがその後俺の昇進が決まり違う部署に配属されたこともあって、山寺と込み入った話をする都合もつかず。それを皮切りに山寺と話すことはなくなっていった。
山寺から離れ、俺のものになった美怜はどんどんと欲にまみれて言った。いつも食事に行く場所はもっと豪華なレストランがいいと駄々をこね、プレゼントはブランド物でないと受け取らなくなった。
そんな美怜の変わりように最初は嫌気がさしたものの、願いをかなえるたびに大きく目を見開き笑顔を見せる彼女に満更でもなくなってしまった。そんな我儘に付き合っていくうち、少しずつ貯金は削られていったがその分満たされてもいた。
そんな調子で美怜の主管のもとトントン拍子に結婚の話が進んだ。風のうわさで山寺が親戚の保証人になっていたため借金を肩代わりせざるをえず、首が回らなくなり会社を辞めたと聞いた。聞くところによれば会社にまで取り立て屋が来たという。
なんだかいよいよ山寺に合わせる顔がないと思いながら他人事のように同情していた矢先、自分の身にも同じことが降りかかった。
親父が亡くなったのだが、その際に隠していた想像以上の借金の存在が明らかになったらしい。当面は母がパートをして今まで稼いだお金を当てるから心配せずとも好いと連絡が来たが、どう考えてもそんなお金では解決できそうもないと踏んだ俺は自分から美怜に別れを切り出した。
借金があると告白した男には未練がないらしく、美怜はあっさり別れを受け入れ去っていった。その後は今までの貯金を借金にあてどうにかやりくりできたのだが、母が心労たたって倒れ、その介護のために会社を辞めざる得なくなった。こうして五年間は日雇いなどの薄給で食いつなぐ日々を送っている。
__そんな俺に、話があるとは。
儲け話とは聞かされたが、まさかあの山寺が俺に金を工面するとは到底思えなかった。
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