Real Real Real

Episode 6

「お風呂、入ってくる」

　目の前の幸せに耐え切れなくて腰を上げると、当たり前のように手を取られた。

「え？ 一緒に入ろう、よ」

「！？」

「なんで！ 俺は今１分１秒でも長くありありに触れていたいの！ しかも、」

　繋いだ手を辿るようにして有に密着する。

「やっと想いが通じ合った日だっていうのに、ありあり、素っ気なさすぎる」

「そ、素っ気なくなんか」

　どうやら透は、俺が思うよりもずっと拗らせていたらしい。結局、言いくるめられて透と浴室に向かった。いくら事務所の用意したマンションだとは言え、浴室に男２人が入ると手狭に感じる。

　── そりゃ、そうだ。男が２人で入るなんて想像して作ってないよ

　互いの裸体は撮影で今までにも何度か見てきたから何ともないが、透にとっては違うらしく ──

「んー……やっと直視できる」

　そう言って、有の身体をさらりと撫でる。

「な、何」

　透は、何もしないという意思表示に両手を上げる。そのままシャワーを手に取り、流れ出る水が温かくなるのを待つように俯きながら話し始めた。

「ありありって、鍛えてるから腕とか脚まわりが筋肉質なのは感じるけど、すごく細いよね。細すぎて折れそう……って、ありありみたいな人のことを言うんだけど自覚ある？」

「そんなこと……」

「いやいやいや、ありあり、めっちゃ軽いよ！ もしかして食が細いのかな？」

　シャワーを浴びながら独り言のように呟く透。食べ物の話を出されてギクリとした。そういえば倒れた日から何も食べてない。自分の食生活の儚さは知っていたがそれでも食べなかったことはなかった。アイドルは割と、体力勝負だ。

「……ちょっと、ご飯食べてこようかな」

「何その心変わり」

　透は笑ってシャワーを有に向けた。

「わっ、と、何すんだっ、」

「俺のヌード、しっかり見といてよ」

　そしてまた茶化すように笑う。透はいつだって、有の不安をいち早く察知するのだろう。頭の上からシャワーを浴びる透の姿を、ぼんやりと見つめた。

　── 美形だなぁ、透は。

　透は国宝級のイケメンだと思う。いつも激しいダンスばかりしているからつい、その整いすぎたスタイルに目が行きがちだが、こうして見る横顔はメンバー１の美形だ。かわいらしい話し方や、ミステリアスな私生活も透のアイデンティティだと思うけれど、やっぱり見た目も重要であることに変わりはない。

　自分の顔も、決して嫌いではない。アイドルになる及第点ではあると思う。でも、透のように目鼻立ちがしっかりした顔に生まれたかった ── なんて、贅沢だろうか。

「何、考えてるの？」

　ふわふわと透を見て考えを巡らせていると、いつの間にか髪の毛を洗い終えた透がこちらを見つめていた。透の栗色をした長めの髪の毛がするりと艶を帯びている。

「いや……顔が良いな……と」

　透は驚いたように有を見て、それから微笑んだ。

「そんなの、当たり前でしょ？ 俺たち以上に美形なカップル、日本中のどこを探してもいないから、安心して。ありありに見合う男は俺しかいないよ」

　透を褒めたつもりだったのに、更に褒め返されたようで恥ずかしくて顔を隠した。

　今、自分はきっと酷い顔をしているだろう。透はこうやって、些細な言葉で有を喜ばせてくれる。今、自分はきっと世界で１番の幸せ者だろう。だってもう、嬉しくて、嬉しくて、堪らないんだ ──

「ありあり？」

　透が不安そうに覗き込んでくる。咄嗟に離れようとしたが、思い留まった。言葉で伝えないと ── いつまでも伝わらないんだ、透にばかり不安がらせる訳にはいかない。

「と……透が……まるで僕のことしか考えてないみたいに言うから、嬉しくて、そんなの贅沢なのに、透は僕にはもったいないくらいなのに……」

　精一杯に紡いだ言葉は不安定で、伝えたいことがあやふやだ。透に届きますように ── 僕も同じくらい透が好きだよ ── って、伝わりますように。

　透は少し固まってから、有に抱きついた。

「あっは、何、ちょーかわいーんだけど」

　濡れた透の髪の毛から、少し冷たくなった水が頬を伝う。透と今までにないくらい密着していることに動揺しているのか、自分の心音すらも聞こえる気がした。嗅ぎ慣れたシャンプーの香りで肺が満たされる。そのとても長い数秒は、有を未だかつてないほどドキドキさせた。透が呟く。

「ありあり、当たってるの分かる？ 俺さ、ありありのこと大好きだから、あんなこと言われたら勃っちゃうの」

　腹の辺りに、当たっているのを感じる。有には初めての経験だった。顔を真っ赤にすると、透は有の少し湯気にあてられて湿った髪の毛をくしゃくしゃと撫でた。

「だから同じベッドで寝るのも辛かったし、撮影中は有のこと見ないようにしてた。自分マジですごい精神力だと思った、俺」

　そう言って笑った。あまりにも嬉しそうに笑うから、そんなに我慢させていたんだな……と思って、悲しくなった。

「ずっと怖かったんだ、ありあり見て勃ってるのバレて、寄るな！ 気持ち悪い！ とか言われる日がくるかも……なんてね、だから」

　言葉を切って、耳元で囁く。

「こんなに赤くなって照れてる有が見られて、俺ってば本当に幸せ者」

　背筋がビクンと揺れて、耳を抑えて透から離れた。そうでもしないと、その場に崩れ落ちてしまいそうだった。透の一挙一動に、耳まで真っ赤になってしまう。女の子の扱いに慣れている ── そう考えると少し嫉妬心もあるが、それが全て自分に向けられていることに、速くなっていく胸の鼓動。他のメンバーのファンサービスを聞いても、こんなに恥ずかしくなったことはない。

　大の大人が全力で恥ずかしがっているのを見た透は、「はい、シャワーあげる、ありありの番だよ」と何事もないように話してから少し、悪戯げに笑った。有は躊躇いがちにシャワーを受け取って、訊ねる。

「透……それ……どうするの」

「あー……大丈夫！ ありあり見ながら１人で抜いておくから！」

「いや！ 全然大丈夫じゃないんだけど！」

　無駄にテンポの良い押し問答が続いた。結局、洗い終わる頃にはスッキリした顔の透がこちらを眺めていた。手についた白濁を落としながら、明日の話をした。自分のペースが当たり前のように透に乱されていくのが、どこか心地良かった。

「明日は朝はゆっくりだけど、ほら、打ち合わせがあるからまた」

「そっか、じゃあ外でお昼にしよう」

「いいね」

　浴室を出て手軽に身体を拭いて外に出ようとすると、透に酷い顔をされた。

「あ……ありあり……もしかして……自然乾燥派……？」

　スキンケアは怠らない。だが、髪の毛にはそこまでの執着はしない。それがいつもの有だった。確かに今まで風呂の時間が被ることなんてなかったから、見たことがなかったのだろう。

「ちょ、駄目！ まさかこんなところで派閥が違うとは……ありありの、さらさら黒髪、てっきりちゃんと手入れしてるものかと」

　そう言うと、有の頭にバスタオルをふわりと被せて、わしゃわしゃと拭き始めた。

「えっ！ とお……ちょ……子供じゃないんだから、自分でやるよ、」

「だーめ！ 俺がしてあげたいの」

　こうして他人に何かをされたことは、あまりなかった。幼い頃の記憶を辿っても、あまり良いことは思い出せない。あらかた拭き終わると、「こっち」とソファに誘導されて、ぼんやりとしている間にドライヤーがセットされていく。こんなところにコンセントがあったことに驚いた。

「はい、座って。ありあり」

　ドライヤーの熱気と音に、透の声が掻き消される。髪の毛を優しくさらさらと梳かす男らしい指が、気持ち良い。何も考えられず、透に身を任せる。眠たくなって、世界の音が遠のいていく ──

「 ── 」

　さっきまで髪を梳いていた柔らかな指が、有の唇に優しく触れる。次は頬 ── 睫毛 ── 前髪 ── 耳 ── こそばゆくて「ん」と顔を背けると、ふわりと空気が揺らいで、耳元で「ちゅっ」とリップ音がした。

　木馬に揺られるような浮遊感は、有を静かに眠りの世界へと誘った。