第158話

「旅立ちって――?」

「何度も言わせるな。人だけではなく全ての生物は親や保護者から旅立つときがくる。それは意志、心の自立である。汝も決めたのであろう? 自分の進む道を――。人に流されるのではなく、自分で自分の足で立ち進む方向を、ならば、それが汝の旅立ちであろう?」

「……そうなのでしょうか?」


 実感がわかない。

 今、何をしないといけないかが分かっただけ。

 でも、魔王さんは、そんな私の見ると一瞬だけ笑みを浮かべて――。


「シャルロットにして、暁綾香よ! 汝は世界最強の魔王たる我の弟子なのだぞ? その我が一人前と認めたのだ! 貴様が臆するということは、我が臆したと取られてしまうではないか!」

「それは飛躍しすぎな気が……」

「ふっ、シャルロットよ。お前が決めることではない。それは魔王たる我が決めるべきことだ。それとも汝は自分が宣言したことを撤回するのか?」


 私は魔王さんの言葉に、そんなことはしないとばかりに頭を左右にふる。

 すると彼は、満足そうに頷いてみせた。


「もう会うことは無いと思うが、これからも達者に暮らすのだぞ?」

「魔王さん?」

「我は魔王だ。そう何度も人間界に来るわけにはいかないからな」

「そう……ですよね……」


 彼の言葉に、私はいつの間にかすごく落ち込んでしまっていた。


「やれやれ……。我が弟子は、手間がやける」


 魔王さんは、そう呟くと座っていた私の両手に一つの箱を乗せてきた。

 それは我からの選別だ。

 

「選別ですか? 今、開けてもいいですか?」


 私の問いかけに魔王さんは頷く。

 すぐに包みを開けて箱を開けると、箱の中には透明な物体が入っていた。

 箱を逆さまにして落とすと、それはうねうねと動く透明な物体だった。

 

「それは、我の特別製スライムだ。魔力を与えれば汝の使い魔になる」


 ブローチかネックレスが貰えるかも知れないと思っていただけに、少し驚いてしまった。

 でも、魔王さんらしいといえば魔王さんらしいかもしれない。


「ありがとうございます。大切にします」

「うむ、そろそろ行くがよい。あまりここに長居はよくないからな。汝のことを心配している者もいるのであろう?」

「――あっ……」

 

 一瞬、エンハーサさんとラウリィさんの顔が頭の中に浮かんだ。


「ふっ――」

「あ、あの……わ、私…・・・」


 魔王さんに何て気持ちを伝えていいか分からない。

 ありがとうございますという気持ちだけでは伝えられない想いがたくさん、たくさんある。

 これが――。

 この語り合いが最後だと言われてしまうと、余計に言葉が胸に詰まって出てこない。


「……笑顔だ」

「――え?」


 私の目を見ながら、魔王さんはフッと笑うと「笑顔だけでよい」と、私に告げてきた。

 魔王さんの言葉に、一瞬呆けていたけど、彼が言った言葉を理解して、私は頭を左右にふる。

 最後なのに、笑顔になんてなれるわけがないから!


「そんなの無理です……」


 どれだけ、彼に助けられたのか分からない。

 多くことを、たくさんの想いを、生きる術をいっぱい教えてもらった。

 

「だって! 突然居なくなったりして! いきなり現れて、独り立ちって言われても、突然すぎて心の整理がつかないです!」

「……」

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