第14話 笑顔の行く先

「レイ様!」


 ――レイは再び倒れていた。リサが呼びかけるが反応がない。


「レイ様! 目を開けてください!」


 リサは後悔した。もう少し早く駆けつけていれば、こんな事態になっていなかったのに……。

 リサは再度呼びかけながらレイの体を揺すっていると、遠くからモーター音が近づいていることに気づいた。

 再び緊張感が走ったリサは、刀の柄に手を伸ばした。


 ――ものすごいスピードで近づいてきているのが、2つの光の動きで判別できる。


(あれはバイク?)


 リサが思ったとおり、2台のバイクが目視できる距離まで迫ってきた。そして、そのバイクのスピードが緩まる気配がない。まるでレースをしているように、先頭のバイクの後ろに2台目のバイクがピタッとくっついている。


「なんだあのバイクは? こっちに来るのか?」


 みるみるうちにリサの目前にまで近づいてきた2台のバイクのうち、後ろについていたバイクが横へ移動し追い抜こうとする。そのバイクは引っ張られるように先頭を走っていたバイクと横並びになると、そのままリサの目前を駆け抜けた。

 轟音が後から耳に届くぐらいのスピードで駆け抜けた2台のバイクは、横滑りしながら停車した。


 ――ライダーの1人がヘルメットを脱ぎ、長い髪を振り乱した。


「やったあー! 私の勝ちー!」


 満面の笑みでサムズアップしているのは、ルナ・ナガトだった。


「どうやら体重差で追い抜かれたようだな」


 冷静な面持ちで、はしゃぐルナを眺めているのはシン・ナガトだ。その発言を聞いたルナは、急にムスッとした顔で頬を膨らませた。


「体重差ですって? 違うわよ! スリップストリームよ! 私のテクニックよ!」

 ルナはシンの方へ大股で歩きながら猛抗議している。


「君は気づいていないのかい? 最後の直線で僕は余力を残していたんだよ? 必ず僕の後ろにつくと思っていたからね。僕の計算では、ほんの少しの差で先にゴールしていたんだが……」

 シンは頭を捻りながら納得がいっていない様子だ。

 

「何言ってんのよ! 私のテクニックよ!」

「いやいや、体重差だよ」


 シンとリサが言い合いになった。それを見ていたリサは呆然としながら、ただ見ているしかなかった。


「おっと……ルナ、こんなこと言い合ってる場合じゃないよ」


 シンはルナの唇の前に指を立てて、言葉を遮った。

「んーーもう! またそうやってごまかす!」


 ルナは顔を真赤にしながら猛抗議をするが、半ば諦めた表情でレイの元へと近づいていく。

 ルナがレイに近づこうとするのをリサが制止する。


「何者だ! レイ様に近づくな!」

 リサの狐目には、警戒と不安の色が灯る。


「大丈夫ですよ。私達は味方です。リサ・キサラギさん」

「っ!!」


 後ろを振り向くと、シンがリサの背後に立っていた。


(いつの間に私の後ろに? それに何故名前を……?)

 リサは全身が総毛立ち、冷や汗が出てきた。

 

 その脇を軽快に通り抜けたルナがレイの様子を伺う。


「ふむふむ……。もう少し遅かったら危険だったかも。でも、もう大丈夫よ」


 ルナの手がレイの額の辺りを触れると、手から淡い光が灯りだした。


「!? なっ、何をしてる!」


 リサが止めに入ろうとするところをシンが目の前に立ちはだかる。


「大丈夫だよ。よく見てごらん?」


 シンに促され目を凝らしてレイの様子を見てみると、体の所々にあった傷が消えていき、顔色も良くなっていた。


「こっ、これは一体?」

「ルナは怪我を治す能力があるんだ。ヒーラーとでも言えばいいのかな?

「怪我を治す? ヒーラー?」


 リサは聞き慣れない言葉を聞き困惑するが――。


「――要するに、あなた達も能力者ってこと?」

「……そういう事になるかな」


 歯切れの悪い返事をするシンであったが、とりあえずリサは納得した。



◇ ◇ ◇



「――ふぅ。……何とか回復できたわ」


 額の汗を拭いながら、ルナは安堵の表情をシンとリサに向けた。その表情から、思っていたよりも重症だったことを窺わせる。しかし、レイの顔の血色は良くなっていて、さっきまでの状態が嘘のように体中の傷も全て消えていた。


「うぅ…………。私は一体……?」

「レイ様! ご無事で良かった!」


 リサは涙目になりながら、レイの前で跪いた。また、周辺で倒れていたレイの配下達が次々と意識を取り戻し始めた。


「レイ、君の能力は本当にすごいね。君が回復すると、支配下にあった人々も回復するとは……」

 レイの能力により、支配下に置かれた者達も同様に回復している姿を見て、シンは驚嘆していた。


「……どうやら私はお前達のおかげで助かったようだな」

 レイの燃え上がるような紅眼に輝きが戻ってきた。


「いえいえ、間に合って良かったですよ」

 満面の笑みを返すシンは、ルナにもその表情を向ける。


「ルナも大変だったね。ありがとう」


「まっ、まぁ、私にかかれば? どんな傷でも治せるってゆうか? あ、あたりまえってゆうか?」


 シンに背を向けたルナだったが、照れているようだ。


「ふふ――さて、積もる話しもあると思うが、まずはここを離れましょう」

「……そのようだな」


 近づいてくるパトカーのサイレン音に気づいたレイは、配下達に指示を出す。


「皆の者! 勝ち鬨を上げたいところではあるが、まずはここを離脱する。大儀であった!」


 レイが片手を挙げると、配下達の歓声が湧き上がった。


「解散!」


 レイの号令とともに、配下達は一斉に散らばっていった。


「では行くとしようか」

「あの〜、あそこに倒れている人はどうするの?」


 ルナが指を差した相手はカンザキだ。完全に気を失っている。


「ふん! 警察に任せておけ。こいつはしかるべき場所、しかるべき時に裁かれる男だ」


 レイの言葉にリサがほんの少し顔を歪めたが、すぐに元の表情に戻した。

 そしてレイはシンのバイクに、リサはルナのバイクに乗るとその場から走り去った。



◇ ◇ ◇



「……署長、これは一体どういうことでしょう?」

「私に聞くな――さっさと片付けてしまえ」


 現場に着いた警官達は、辺り一面が廃墟と化している事に驚いていた。消防隊も加わり、あちこちで崩壊しているビルの瓦礫を片付けたり、燃えている車の消火を始めていた。


 署長は数名の部下を引き連れ、何かを捜し始めていた。


「――ん? こいつか?」


 署長は目の前に倒れている男を発見した。


「おい、こいつだ。照合しろ」


 一人の警官が手に持っている端末を倒れている男に向けると、端末の画面上で解析が始まった――。


「……間違いないです。カンザキです」

「よし、連れて行け」


 手錠をかけようとした警官に、署長が制止する。

「金属はだめだ。こいつは異能力者で、金属を自由に操れるそうだ。こいつを使え」


 署長が差し出したのは一束の縄だった。


「あと、目隠しもしておけ。視覚で金属を認識させない方がいいそうだ」


 指示を受けた警官達が、手際良くカンザキを拘束していく。


「よし、さっさと連行して例のところへぶち込んどけ」

「了解しました!」


 カンザキを拘束した警官達は、急いで護送車へと向かった。


 ――警官達を見送りながら、署長は嘆息する。

「まったく……。余計なことに巻き込まれちまったぜ」


 サイジョウ議員とは署長が管轄する地域の出身議員ということもあり、色々と便宜を図ってもらっている間柄だ。

 そんな関係性もあって、カンザキのことやシンのことを二つ返事で承諾したが、今になって後悔している。


「俺の立場や地位が脅かされなかったらいいけどな……」


 自分が失脚する姿を想像してしまった署長は細い目をさらに細め、舌打ちをした――。



◇ ◇ ◇



「――ここまで来れば、ひとまず大丈夫でしょう」


 スラム街を抜け、郊外に差し掛かった場所でシン達はバイクを停車させていた。


「? シン、ここはどこだ?」


 レイは怪訝な表情で周りをうかがっていた。

 辺りは薄暗く人気の少ない路地だ。ぽつんと光る一つの淡い光を見ると、『Bar 黒鳥』と書かれたネオン看板が置かれていた。近づくと地下へと降りる階段があり、シンがレイに目配せをした。

 

「レイ――実は君に会わせたい人がいる。いいかな?」

 突然の提案にレイの眉が一瞬動いたが――。


「……ふん。いいだろう」

「レイ様!」


 リサがすぐさま間に入ろうとするが、レイが手で制した。


「私の判断だ。なにか不満でも?」

「! すみませんでした……」


 リサは後ろにさがっていった。


「見苦しいところを見せたな。行こうか」

「いえ。では、ついてきて下さい」


 シンが先頭に立ち、レイ、リサ、ルナの順で階段を降りていく。

 眼下の階段を降りた先には、古びた扉が灯りに照らされていた。ドアノブの金属の掠れ具合から多くの人を迎え、見送った歴史を感じる。


 ――シンが扉を開けると店内の生暖かい空気が開放され、シン達の顔を撫でた。


「いらっしゃいませ」


 店内は案外広く、カウンターと10席分のテーブルが並んでいた。カウンターの奥には、所狭しと多くのボトルが並べられている。

 店内にはマスターと男性客が一人しかいなかった。シンはその客のところへ向かった。


「お待たせしましたか?」

「いや、時間通りだ」


 カウンター席に座っていた男性は立ち上がって顔を見せた。年齢は40代半ばぐらいだろうか。身長はかなり高く、シンが少し見上げるぐらいだから190センチはありそうだ。体躯もがっしりとしている。顔つきはナユタ人特有の目が一重で唇が薄く、鼻もそれほど高くはない。少し白髪が混じっているからだろうと思うが、それがなければ30代に見えてもおかしくないだろう。


「そこの2人が例の?」

「はい。レイ・アカツキ、リサ・キサラギです」

 シンが勝手に紹介しているのを見て、リサが不機嫌な顔をした。

 そんなことはお構いなしに、2人の目の前へ寄ってきたその男が手を差し出してきた。


「『シゲル・サイジョウ』だ。国会議員をしている」

「! 国会議員だと?」


 レイが意外な目でシンを見た。


「ふっはっは。こんなガタイのでかいおっさんが、国会議員だなんて誰も思わんわな」


 サイジョウは屈託のない笑顔で笑った。


「君の祖父さん。イゾウ親分に大分世話になった者だ」

「オヤジに?」


 レイはサイジョウをじっと見た。


「ふん! 貴様のことなぞ、オヤジから聞いたことはないがな?」

「俺との関係はあまり世間に知られてはいけないからね。……秘密にしてくれてたんだろう」

「都合の良い話しだな……。シン、私にこの男を会わせた理由はなんだ?」


 レイの紅眼がシンを見据える。


「彼はこれからのあなた達の面倒を全て見てくれるそうです」

「面倒を見るだと?」

「そうです。今、あなた達は身の置き所がない。サイジョウさんは組長さんへの恩返しの意味も込めて、あなた達を引き取ると仰っているんだ……」


 リサは沈黙を守りながら、レイの答えを待っている。レイは腕を組み、目をつぶっている。


「ふん! 腹の探り合いは嫌いだ。本音でいこうじゃないか。要は私と、ついでにリサの能力が必要ってことだろう?」


 不毛なやり取りは面倒だとばかりに投げかけるレイ。


「それに、交渉をするなら私は対等の立場でないと納得がいかん! ……取引をしようじゃないか」

「取引だと?」

 サイジョウはレイの突然の提案にも冷静な顔だ。ルナはテーブル席に座り、2人のやり取りをニヤニヤしながら眺めている。


「そうだ。貴様と私との契約だ」

「条件は?」


 レイは一歩前へ出て、両手を腰にあてたままサイジョウを見上げる。反対にサイジョウはレイを見下ろす。


「私らの能力を使うかわりに、私らに『権力』を与えろ。今すぐでなくても構わん。然るべき時に与えてくれたらいい」

「ほほぉ。で、どんな権力を望むんだ?」


「この国の武力だ」


 サイジョウは苦笑したが……。

「くくく……。ふっはっはっは! さすがは親分の孫娘だ。おもしろい! いいだろう!」

「ふん! 取引成立だな」

「俺の条件は聞かないのか?」


 レイは、にやりと笑った。

「ふん! 政治家が私らの能力を利用するんだ。大体の想像はつく。好きにすればいい」


 これ以上の問答は無用だと判断したレイは表へ出ようとした。だが、シンが呼び止める。


「レイ、待って。まだ一つ残っている」

 その場にいる者達全員がシンに注目した。


「罰則を決めてないよ。それも決めておかないと、対等とは言えない」

「……罰則か。たとえば?」

 サイジョウが問いかける。


「まずはこの僕が立会人としてあなた達2人の間に立ちます。そして契約条件において不服、もしくは不正申立てがあった場合、僕が調査をします。不正が発覚した時は即時に契約不履行とし、罰則を与えるものとする。その罰則は――」


 張り詰めた空気がこの場を支配する――。


「死をもって償うものとする」


「おっ! おまえ! なんてことを!!」

「リサ!!」


 思わずリサが飛びかかるところをレイが手で制する。


「どれだけ私に恥をかかせる気だ!」

「しかしレイ様!」


 パシッ! と乾いた音が響く。レイがリサの頬を叩いた音だ。


 目を見開いて驚くリサ。頬を押さえながら俯き、震えだした。

「……すみません」

「――私がこの程度の条件で死ぬわけがないだろ」

 呆れ顔で踵をかえすと、シンへ向き直るレイ。


「度々すまんな、続けてくれ」

「いえ、私からはこれ以上のことはありません。……ではこの条件でいいですか?」


 契約を結ぶ2人に最後の確認を促す。立会人の役割を担う、シンにとっても重い契約だ。自身の判断によって、彼等の命を左右するのだからーー。


「ふん! 異論はない」

 当然だとばかりにレイは応える。


「俺もそれで構わんよ」

 目を細めつつ、冷静なサイジョウ。


 国会議員と17歳の少女との奇妙な契約がここに成立した。だが、2人の視線が一瞬交差するが、言葉を交わすことは無かった。


 

 ――緊張感漂う話し合いが終わり、ひと段落ついた空気の中、ルナが一人そわそわしていた。


「シン、そろそろ時間が迫ってきてるわ」

「……うん。そのようだね」


「? なんだお前達? 別の用事でもあるのか?」


 時間を気にするシンとルナからは、焦りの表情が見える。普段は2人のペースというか、穏やかな空気が流れているのだが、今はなぜか切迫した空気をレイは感じていた。


「レイ、すまないがここでお別れだ」

「ごめんね、レイ。もっといろんなことを話したかったんだけどね……」

「なんだ? どうしたんだ急に?」


 引き止めようとするレイの言葉を遮るように表へ急ぐ2人。


「サイジョウさん。また落ち着いたらあらためて連絡します」

「あぁ、構わんよ。例の件を進めておいてくれ」

「分かりました。進捗状況は後日、書面にて」


 会話をしながら急いで出ていくシンとルナ。その後を追いかけるレイとリサ。


 階段を登ると、そこにはシン達が乗ってきたバイクが置かれていた。


「2人とも遅いぞ。もう時間がない――急げ」

 シンとルナを急かすのは、バイクのインパネから投影された白虎だった。


「待たせたな。急いで離脱する」

 急いでヘルメットを被る両者を横目に、少し不機嫌なレイが腕を組んで仁王立ちする。


「お前達、何をそんなに急いでるんだ?」


 ヘルメットのバイザーを上げたシンがレイを見つめる。


「レイ――サイジョウさんとの事はすまなかった。君をだますような形になってしまって――」

 予想外のことだったのだろう。少しキョトンとするレイ。


「――ふん! どうせお前のことだ。何か考えがあってのことだろ?」

「そう言ってもらうと助かるよ。――どちらにしても、君とサイジョウはいずれ会う運命なんだ。僕はそれを少し早めただけだよ」


「お前があの罰則を提案したのは、簡単に契約を破れないようにするためだろ?」

「――その通りだ。僕はあの契約を簡単に反故にしてもらいたくないんでね。数年後には、この国を変えるぐらいの成果が出てると思うよ」


 ――時々思うが、シンは未来を知っているかのような発言が多い。レイは心に秘めていた疑問をぶつけた。


「お前は一体何者なんだ? はっきりと言うがカンザキのことも、あのサイジョウのことも全て知っていて、お前が仕組んだんじゃないのか?」


「それは――」

「シン! もうほんとに時間がない! 急いで!」

 ルナが戦々恐々とした声で叫んだ。バイザー越しからでも分かるほどに何かに怯えている。


「レイ、最後に一言だけ――いずれ僕とルナの子供が君の前に現れる。その時、その子を助けてやってくれ」

 またまた予想外のことに目を見開くレイ。

「おっ! おい! どういうこと――」

 空気を切り裂くようなモーター音と共にバイクが飛び出した。結局レイの問いは置き去りにされ――ただ呆然と見送る。


「シン……」


 ほんの僅かな時間だったが、彼等からたくさんの事を教わった。彼等がいなければ、過分な能力のせいでいずれ自分の精神は崩壊していたかもしれない。

 

 そのことに感謝をしつつ、次の再会を期待するレイ――。


 腕を組み、仁王立ちで浮かべたその顔は――――17歳の少女の笑顔だった。

 

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