第13話 少女達の初陣

 ――スラムの中心街にあるスクランブル交差点は、異様な雰囲気に包まれていた。

 

 交差点の中心に一人の男が立ち、その男の周りを大勢の人達が取り囲んでいた。ざっと見た限り千人はいるだろうか。取り囲んでいるのは大半がレイの能力で配下になっている人達で、各々が手に武器を持ってレイの到着を待っていたーー。


「待たせたな!」


 交差点中に響き渡る声は、レイの良く徹る声だった。配下の者達はレイの到着に歓声を上げた。その声に応えるように手を挙げつつ、レイは交差点の中心に立つ男を睨んだ。


「――やっと出てきたか、『カンザキ』」


 カンザキと呼ばれた男は口角を上げ、不敵な笑みを浮かべていた。

 銀髪で顔は細長く、目も銀色の瞳をしていた。細い体で肌が白く、手足が長くて全身を黒のスーツで身をかためていた。そんな男ではあるが、獰猛な雰囲気を感じたレイの配下達は近づけないでいた。


「……あぶり出されたといった方が正解じゃないのか? お嬢様?」

「貴様がこそこそ逃げ回らなければ、こんな手間をかける必要はなかったんだよ! チンピラが!」


 怒りを露わにするレイ。対象的に冷静を保ち、余裕ある態度をみせるカンザキ。

 両者の感情がぶつかり合う中、周囲の者達も武器を構える。金属バット、木刀を持つ者や、銃を構える者までいた。


「こんだけ物騒な奴等、よく集めたなぁ。サツはどうなってんだ? 気づいてねぇのか?」

「警察はすでに気づいてる。ただ、この場所から半径2km範囲内は封鎖してやった。私が許可した奴以外、誰も入ってはこれない」


 レイは配下を使い、半径2km範囲内の住人を全て外へと出した。そして、防護柵を張り巡らせて警察の侵入を阻んでいる。レイは能力をフル活用し、今の状況を作り出したのだ。


「くっくっくっ、なるほど……。金網デスマッチみたいなもんか? おもしれぇじゃないか」


 カンザキは恍惚な表情でレイを見て笑った。


「金網デスマッチ? そんな生優しいものだと思うなよ?」

 

 怒りの形相でカンザキを睨むレイの紅眼は、ユラユラと揺らめいていた。

 レイの配下達も、じりじりと距離を詰めて戦闘態勢に入りつつあった。


「さっそく試合開始ってとこか?」

 カンザキは首をまわしたり、手首をまわしたりして準備運動を始めた。


「かかれ!」


 レイの号令と共に、配下達が一斉に駆け出してカンザキに襲いかかる。

 

 響き渡る怒号と地響き。


「ちっ! 準備運動もさせてくれねぇのかよ」


 舌打ちをし、不快感を露わにするカンザキ。すかさずジャケットの内ポケットに手を入れ、何かを取り出した。それは手の平に乗せた少量の砂だった。


「さあ、試合開始だ」


 カンザキの目が輝く。


 カンザキは手の平の砂を息で吹きながら自身の体を回転。勢いよく吹き出た先端の砂粒が一瞬で巨大な岩に変化した。


「!!!!!!」


 砂が次々と巨岩に変化していき、レイの配下達を飲み込んでいく。

 辺り一帯を埋め尽くす巨岩と衝突音。レイの配下達の悲鳴や怒号が入り混じり、一気に場は大混乱となった。


 ――その光景をレイは憤怒の形相で睨む。


「ふん! やはり能力者か……」


 カンザキがいた場所の地面が隆起し、一本の岩柱が出来上がった。その岩柱にはカンザキが立っていて、またもや恍惚な笑みを浮かべていた。


「くっくっく、な~んだ異能力のことを知ってるんだ……。怯えた顔を見たかったんだけどな~」


 残念な表情でレイを見下ろすカンザキ。

 仁王立ちで腕を組み、蔑むような目でレイはカンザキを睨みつけた。


「私を子供だと思って侮ると痛い目を見るぞ? 貴様のことなどお見通しだ」


 カンザキは薄っすらと口を開き、裂けて見えるぐらいに口角を上げて笑い出した。


「くっくっく、強がったところで俺には敵わないぞ? 現にお嬢様のお仲間が半数近く死んだと思うんだが?」


 カンザキは周辺一帯を指差した。100を超える巨岩が隙間なく敷き詰められていた。ほとんどの人が巨岩の下敷きになり、絶命していることだろう。


「見てみろよ、この光景を……。愚かだよな〜お嬢様は――これだけ大勢の人間を死なせちまったんだからよ〜」


 レイは周囲を見渡し、やがて顔を俯かせていった。


「俺を捕まえようとしてたのかどうか分からねぇが、そのためにこれだけの人間を巻き込んだのは大きな罪だよな~」


 肩を震わせるレイ。


「どう落とし前つけるんだ~? お嬢様?」


「ハーッ、ハッハッハッハッ!」


 突然笑い出したレイ。すると、レイの配下達も一斉に笑い出した。

 その笑い声に反応して、怪訝な表情を見せるカンザキ。


「なっ、なに笑ってんだぁ? 気でもふれたか?」


 腹を抱えて笑うレイと配下達。


「いやぁ、貴様の自身たっぷりな言い方に堪えれなくなってな――周りをよく見てみろよ」

「はぁ?」


 レイが指を差した方向は、積み上がった一つの巨岩だった。カンザキがその巨岩に注目しているとグラグラと揺れ始めた。


「! なんだぁ?」


 巨岩は大きく揺れ始め、やがて縦にヒビが入ると音を立てて割れ、弾け飛んだ。そして、下敷きになって死んだと思われていたレイの配下達が次々と這い上がってきたのだ。


「なっ! いっ、生きているだと!」


 その他の巨岩も次々と崩れていき、下から配下達が這い出てきた。なかには勢いよく巨岩が放り投げられ、飛び出す配下達もいた。


「どっ、どうなってんだ!? これは……?」


 カンザキは目を見開き、少し青ざめている。


「ふん! 私の支配下に置かれた者は、私が与えた加護によって究極の防御力を誇る――要するに無敵だ」


 下敷きになっていた配下達は全員が無傷で復活していた。巨岩を持ち上げている者もいて、まさに超人と化していた。


「ちっ! てめえも能力者か!」

 

 カンザキは苦虫を噛み潰したような顔つきで叫んだ。


「今頃気がついたか……。だからお前はチンピラなんだよ! 愚か者が!」


 レイは親指を下に向け、カンザキを挑発する。

 カンザキは眉間にシワを寄せ、歯を剥き出しにして憤怒した。


「この小娘が! ちょっと遊んでやる程度に思ってたが、てめえも能力者なら話しは別だ! ケガ程度で済むと思うなよ!」


「ふん! 最初っから言ってるだろ? 生優しいものじゃないって……。覚悟しろ! カンザキ!」


「殺す!!」


 カンザキの叫びと同時に地面がまたしても隆起し、壁が形成された。そして多くの巨岩が宙を舞いだした。


「……貴様の能力はなんだ?」


「俺の能力だぁ? 俺の能力は土や鉄といった鉱物類や金属類を自在に変化、操作できることだ。ファンタジー風にいえば土属性の魔法使いみたいなもんか〜?」


 得意げに自分の能力をひけらかすカンザキに嘆息するレイ。


(なんでこんな奴に厄介な能力が発現したんだ?)


 レイはあらためて配下達に指示を出すと、各々が戦闘態勢をとっていく。それが合図と捉えたカンザキは、宙に浮いた無数の巨岩群をレイ達に向けて発射した。


「死ねぇぇぇぇ!!」


 勢いよく発射された巨岩群はものすごいスピードでレイ達に迫る。

 レイの配下達はいち早く反応し、超人的な動きで破壊、もしくは切り落として応戦した。


「カンザキ……。貴様が犯した罪がどれだけ愚かなことだったか思い知らせてやる」


 レイは紅眼をさらに輝かせ、カンザキへ向かい打っていった。



◇ ◇ ◇



 ――警察署内が慌ただしくなっていた。

 電話が鳴り止まず、ホログラム投影された市民への応対に四苦八苦している女性警察官達。ホログラム映像に映し出されたスラム街の地図を使って、現場の警察官達に指示を出している警察官。入口付近にごった返した市民の対応をしている警察官など、多くの人達でひしめきあっていた。


「…………これは何か大事件でもあったの?」


 ぽかーんと口を開けながら周りをキョロキョロと見るルナ・ナガトの姿がそこにあった。


「おそらくレイだろう。計画を実行したようだな」


 ルナの背後から肩にポンと手を置き、話しかけたのはシン・ナガトだった。


「もうなの? ちょっと早すぎない?」


「そうだね……。僕たちが思っている以上に状況は早く進行しているようだ」


 シンは警察署内の状況を見ながら少し考えていたが、やがて踵を返して外へと向かった。

 ルナもシンに続いて外へと体を向けた。


 外でも多くの市民でごった返していた。レイがスラムの中心街を封鎖し、戦闘をしている影響がスラム街全域に及んでいるためだ。


「これは早く現場に行かないとまずいな……」

「レイが暴走しそう?」

「うん。レイの能力で統率されていた市民がこれだけ混乱しているということは、それだけコントロールが効かなくなっている証拠だ」


「ナガトさん!」


 ふいに名前を呼ばれたシンとルナは声の聞こえた方向へ振り向く。するとそこには警察服を着た小柄な男が立っていた。


「署長さんか……。どうしましたか?」

「どうしたもこうしたも、この騒ぎはレイ・アカツキの仕業ですか?」


 署長と呼ばれた男は、この騒ぎに対して嫌気を差しているようだ。


「どうやらそのようです。レイが計画を実行したようですね」

「計画? 復讐でしょう、これは……」


 署長は嫌悪感を顕に出し、舌打ちをした。


「数ヶ月前、スラム街を裏で牛耳っていたヤクザ『アカツキ組』がたった一人の男に解散させられたのは知っているでしょう? アカツキ家の人間はほとんどが殺され、唯一生き残ったのが組長イゾウ・アカツキの孫娘レイ・アカツキだ。どうせ元構成員達に担がれて、大義名分を掲げての復讐でしょうが!」


 署長は一気に捲し立てると、顔を真っ赤にしていた。


「署長さん、落ち着いてください。この件はどうか私に任せてください」


 シンは頭を下げたが、それでも見下ろしてしまうほどに署長の身長は低かった。


「ちっ! 政府の――しかもサイジョウ議員からの要請でなければ、あんたらなんかに任せないんだけどな!」


 署長は吐き捨てるように愚痴をこぼした。


「だがな! スラム街にはスラム街のやり方がある。あんたらの邪魔はしないが、こちらのやり方でやらせてもらうからな!」


 署長はそうやって啖呵を切り、のしのしと歩いて去っていった。


「…………」

「……お疲れ様。私、何度会ってもあの人苦手だわ〜」


 ルナは、あっち行けと手を振って舌を出した。


「さて、早く現場へ向かおう」

 

 シンはルナを促すと、停車させていたバイクの方へ早足で向かった。銀色にカラーリングされたバイクが2台停車していた。


 シンがバイクに跨がるとインパネが自動点灯し、ホログラムが投影された。そこには白銀の虎が映し出された。


「なんだシン? もう出発するのか?」

「そうだ、白虎。事態が急変した。急いで移動したい。」


 横たわっていた白虎はスッと立ち上がり、長い尻尾を揺らめかせながらあくびをした。


「せっかく一眠りしようと思っていたのにな」

「A Iに睡眠など必要か?」


 白虎と呼ばれた白銀の虎は、バイクに搭載されたAIだった。


「もうシンったら! 白虎に失礼よ」

「いいんだよルナ。どうせいつもの事だから……」

 白虎は嘆息しながら、黒い瞳をシンに向けた。


「急いでいるなら『プロモード』のセッティングでいいな?」

「勿論だ」


 シンが応えると同時にバイクの車高が下がり、ハンドルやシート、ステップの位置も動きだす。前傾姿勢でのポジションに変化したバイクのエンジンを始動すると、小気味良い始動音がした。


「このEVバイク、シンが開発したバイク?」


 同じく変形した2台目のバイクにルナも跨がる。


「企画、立案しただけだよ。あとは技術者達が設計、開発をしたんだが、お互いにアイデアを出し合いながら作り上げた感じだね」

「ふぅ〜ん」


 シンはバイクのボディを触りながら、満足気に話している。


「ルナはどうする? 君もプロモードか?」


 ルナが跨がるバイクにも投影された白虎がルナに問いかける。


「当然よ♪」


 当たり前だと頷き、ルナはヘルメットを被った。


「ねぇねぇ、シン? 久々にバトルしない?」

「ん? バトルか? ……いいだろう」

「そうこなくっちゃ♡」


 シンはヘルメットを被り、ハンドルを握りしめた。


「たしか、僕が1つ勝ち越してたよね?」

「むむむ! 悔しいけどそのとおりよ!」


 ルナの乗るバイクのモーター音が高鳴る。

 シンの乗るバイクもアクセルを回すごとにモーター音が鳴り響く。そして、ヘルメットのバイザーを下ろすと視線を前に向けた。


「さて、行くとするか」

「負っけないわよーー!」


 バイザー越しに見えるARのスタートシグナルが、レッド表示を示していた。両者がアクセルを吹かすと、その高いモーター音に気づいた市民達が振り返る。

 レッドシグナルが2灯目、3灯目と点灯していくと、シンとルナはさらにアクセルを開放していく。耳を塞ぎたくなるほどのモーター音が鳴り響き、最高点に達する。

 

 レッドシグナルの5灯目が点灯し――。


 両者のバイクの前輪が少し浮き、轟音と共にものすごいスピードで発進していく。ものの数秒でバイクの姿は小さくなっていき、ヘッドライトの残像だけが残っていた。



◇ ◇ ◇



「はぁ! はぁ!」


 息遣いの荒いレイ。


「ふぅ! ふぅ!」


 全身にキズを負ったカンザキ。


 カンザキの周りを囲むレイの配下達。だが、その数はあきらかに減っていた。


 周囲一帯を見回すと地面は抉れ、車は大破して炎上している。所々で火災が発生し、崩壊しているビルもあった。


「はぁ! はぁ! こっ、こんな小娘ごときに手こずるなんて! 吐き気がするぜ!」

 カンザキはレイを睨みながら唾を吐いた。


「はぁ! はぁ! それはこっちのセリフだ! 貴様ごときに時間をかけ過ぎたわ!」

 レイもカンザキを睨みながら、立っているのがやっとの状態で中腰になっている。しかし、目の輝きは失っていなかった。


 レイの配下達は追撃の手を緩めず、再び攻撃を開始しようとするのをレイは手で制した。

「……待て。こやつに聞きたいことがある」

 レイは息を整え、歯をくいしばりながら仁王立ちになった。


「カンザキ……。なぜ、あれだけ多くの仲間を殺したんだ?」

「あっ? 仲間? 組員のことを言ってんのか?」

「そうだ」

 カンザキは荒い息を吐きながら、また唾を吐いた。

「はっ! 反吐が出るぜ! ふざけんな!」

 歯を剥き出しにして憤怒するカンザキ。


「義理人情だの、仁義を通せだの、いちいち俺のやる事にイチャモンをつけてきやがって! ヤクザのやる事に正当性なんか必要ねぇんだよ!」


 カンザキが叫ぶと、彼を中心とした地面に亀裂が走り、周辺一帯が大きくめり込んだ。


 その光景に眉一つ動かさないレイ。だが、その拳は強く握りしめられ、血が滴り落ちていた。


「貴様……。ただそれだけの理由で、あれだけの殺戮を行ったということか?」

「あいつらの言いなりになって、シノギを減らすなんてクソ食らえだ!」


 怒り狂ったカンザキは、亀裂が入った地面から無数の破片を浮かせた。その破片を回転させ、弾丸の様に先端を尖らせた。


「ひひひっ! もうお遊びはお終いだ。この石の弾丸で撃ち抜いてやる!」


 残り少ないレイの配下達が、レイを守るように立ちはだかる。

 レイは腰を落として構えた。まるで狼が獲物を狙うかのように――。


「カンザキ! きっちりと落とし前つけてもらうからな! 覚悟しろ!!」

 

 レイの紅眼が輝く。


 カンザキが無数の石の弾丸を円状に並べ、車輪の様に回転させ始めた。

「蜂の巣にしてやる! 死にやがれ小娘ぇぇぇ!!」


 回転した石の弾丸はマシンガンのように射出された。放たれた無数の弾丸が目に見えないスピードでレイに襲いかかる。

 レイの配下達は手をかざし、障壁を展開した。障壁に弾かれる弾丸の金属音が響く。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁ! 死ねぇぇぇぇぇぇ!」


 カンザキの眼の輝きが銀色から白色光へと変化していく。


 耐える配下達。


 だがやがて一人、また一人と倒れていく。

「ぐぅぅぅぅ! カンザキぃぃぃぃぃ!」


 レイの配下達が残すところ5人となった。


「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねぇぇぇぇ!」

 カンザキは半狂乱になって叫んだ。


「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 レイの紅眼がさらに輝いたその時、眼と鼻から大量の血が吹き出した。

 同時に残りの配下達はバタバタと倒れ、障壁が消えてしまう。無数の石の弾丸は配下達を通り越してレイに襲いかかる。


「蜂の巣になりやがれぇぇぇぇぇぇ!!」


 カンザキが歓喜の叫び声をあげた瞬間――――。


 一筋の光がレイの前に届き、閃光を放った。


 「なっ! なんだあれは!!」


 無数の弾丸は全て弾かれ、閃光を放っていた光の中に人影が見えてきた。その人影は光り輝く刀をもった狐目の少女だった。


 カンザキは目を見開き呆然としていたが、すぐに我に返ってその少女を睨みつける。


「てめぇ! 何もんだ!」


 少女は長い黒髪を後ろに束ね、サムライのような道着を着ていた。一瞬カンザキを見るが、すぐさまレイの元へ駆けて行き、倒れているレイを抱き上げた。


「レイ様! 大丈夫ですか!」


 目を閉じていたレイは、うっすらと目を開く。

「リ……、リサ……?」

「そうです! リサです! あぁ……良かった。間に合った……」


 リサは安堵の表情を浮かべ、道着の袖からハンカチを取り出し、血で汚れたレイの顔をそのハンカチで拭った。

 だがレイはその手を払いのけ、リサを睨んだ。


「リサ、……この件には関わるなと、……言っておいたはずだ。……なぜ帰ってきた」

「レイ様……」


 レイはリサから離れ、自力で立ち上がる。


「はぁ、はぁ、……これはアカツキ組がカンザキへの……落とし前をつける闘いだ。リサ、……元の場所へ帰れ」

 レイは足を引きずりながら歩きだした。リサはすぐに立ち上がり、レイの前へ向かうと跪いた。


「レイ様! 私の主はあなたです。主の赴く戦場に付き従わないなどありえません! どうかレイ様の元で戦わせてください!」


「……」


 リサの狐目には、淡い青の光が宿っていた。


「…………。もう元には戻れなくなるぞ? それでもいいんだな?」

「はっ! レイ様の赴くところどこまでも!」


 リサは歓喜の表情で頬を紅潮させた。


「ならばこの戦、リサにとって初陣だ。見事勝ち鬨を上げてみよ!」

「はっ!」


 リサはすっと立ち上がると、カンザキを見据えた。


「待たせたな」


 リサは手に持つ光刀を構え、カンザキをじっと見つめる。

 カンザキは、ドス黒い生気のない目でリサを睨んだ。


「てめぇぇ……。なにもんだ?」


「リサ……『リサ・キサラギ』だ。よもや忘れたとは言わせんぞ?」

「キッ! キサラギだと!」


 カンザキはリサの姓を聞いた瞬間、全身が震えだした。


「ななっ、何なんだお前は? 奴とどんな関係が……」


「『キョウシロウ・キサラギ』は私の父だ。随分と世話になったそうじゃないか……カンザキ?」

「!!!!!!」


 声色は穏やかに聞こえるが、見つめる狐目は釣り上がり、嫌悪の視線を向けていた。


「そそそっ、そんなわけがねぇ。奴の家族は全員殺したんだ。おまえなんかいなかったぞ?」


 そうは言ってみたものの、目の前にいる少女の狐目はたしかにキョウシロウと瓜二つ。

 カンザキは自分がとんでもないミスを犯したことに気づき、心臓が高鳴る息苦しさに嗚咽した。


 リサは構えを霞の構えに変えると、目を青白く輝かせた。


「覚悟しろ……カンザキ!」

「うわぁぁぁぁぁぁーー!」


 カンザキは半狂乱でそこら中の岩や金属の破片、車の残骸など、おおよそ自分が操作できる鉱物類を全てリサに向けて放った。


 リサの目の輝きがさらに増すと光刀を一閃。


 カンザキが放った岩や残骸は、一振りの斬撃で全てを細切れにした。


「!!!!!! なっ! 何をしやがった!?」


 カンザキは声を震わせて、何が起きたのか分からず後ずさっている。


「私の剣は光速、ゆえに誰にも剣筋を捉えることはできない」


 リサは光刀を鞘に納めると、居合いの構えをとる。


「我が父の想いを踏みにじった貴様の愚行を、この私が成敗してやる!」


 リサが腰を落とすと、青白い炎が彼女の周りを覆い尽くす。


「まっ! 待ってくれぇぇぇぇ!! 俺はあの男にーー」


 カンザキは、その後の言葉を発することは出来なかった。目の前にいた少女は一瞬で消え、どこに行ったのかわからない。ただ、腹のあたりに衝撃と痛みだけが走っていた。やがて自分の目線が斜めに傾いていくうちに、カンザキは思った。


(――あっ、真っ二つにされた?)


 それからは意識が遠のき、真っ黒な世界がカンザキを支配した。


 


 リサはカンザキの背後にいた。光速でカンザキに居合い一閃を放ったのだ。


「峰打ちだ。お前には本当の地獄を味わってもらうからな」


 リサは光剣を鞘に納めると、レイの元へと駆け寄っていった。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る