第12話 スラム街
アカツキ大佐からの手痛い挨拶が一段落して、一同は大佐の執務室隣りにある応接間へと通された。
応接間には高そうな黒い革張りのソファーがあり、対面になるように置かれていた。
「どうぞ、座ってくれ」
アカツキ大佐より促され、イブキはソファーに腰掛けた。アカツキ大佐もソファーに腰掛け、足を組んだ。
キサラギ大尉とヴァンは大佐の後ろに控える形で、テーブル席に座った。全員が座ると同時に部屋をノックする音が聞こえ、「失礼いたします」とメイド姿の女性が入ってきた。
「ありがとう」
アカツキ大佐はメイドを労いつつ、出されたコーヒーの香りを楽しみながら一口飲む。
「相変わらず君の淹れたコーヒーは美味しいな」
「ありがとうございます」
メイドの女性は少し頬を赤らめながら、お辞儀をして退出していった。
「さて、積もる話しもあるだろうが、ひとまずゆっくりしてくれ」
イブキも出されたコーヒーを一口飲み、唇を湿らせた。
「聞きたいことは山ほどあるけど、順を追って説明してもらえるのかしら?」
「……そのつもりだ」
アカツキ大佐はもう一口コーヒーを飲むと、口内に残る風味と香りを楽しみながら、目を閉じている。
「まずは私と君の両親、すなわちナガト博士との出会いから始めないといけないな」
イブキはごくりと唾を飲む。
「ちょうど15年前だ。今の君と同じ17歳の時に、シン・ナガト博士、ルナ・ナガト博士と出会った」
手に持っていたコーヒーカップをソーサーに置くと、アカツキ大佐は語り出した。
◇ ◇ ◇
――ナユタ国の首都『ラクシャ』は上空から見ると、蜘蛛の巣状に区画整理されている。
中央に向かう程、国にとって重要な機関が集中しており、その周りを囲むように企業がひしめくビジネス街、商業区画が配置され、更にその周りには住宅街があり、海に近いほうへと工業地帯が配置されていた。
様々な区画が整備されている中で、一番外側の区画には貧困層が暮らすスラム街が形成されていた。多くの犯罪の温床となっていて強盗、殺人、暴動などが頻繁に発生し、地元警察もお手上げになるほど無法地帯と化していた。
だが、ある日を境にそのスラム街の様子が変わっていく。
元々スラム街には、数多くの犯罪グループが存在し、グループの縄張り争いや合併、解散などを繰り返す権力争いが絶えなかった。
その数多くの犯罪グループをまとめ上げ、ひとつの組織を立ち上げた人物が現れたのだ。その人物の正体を探ろうと地元警察が捜査を始めるが、辿り着くことが出来ず手を焼いていたところにある人物が訪ねてきた。
その人物は政府より派遣されたシン・ナガトだった。シンは地元警察と連携し、犯罪グループをまとめ上げた人物を探し出し、やがて出会うことになる。
場所は雑居ビルの一室。何回かの交渉を経て、グループ側から指定された場所だった。シンは交渉の中で、「君の秘密を知っている」と仲介人を通して伝えたことが決め手になったようだ。仲介人の案内で会談場所の雑居ビルに辿り着くと、何度かの身体検査を受けてようやく会談となった。
招かれた部屋は少し薄暗かったが、心を落ち着かせるような仄かな香りがした。
「――はじめまして。シン・ナガトといいます」
会釈をして、顔を上げたシンは目の前でイスに座っている人物を見る。紅髪のロングヘアー、相手を睨みつける紅眼は狼のように見えた。そして、その人物から発せられる気迫はシンの全身の毛を逆立たせていた。
「――あんたがシンか。私はレイ・アカツキだ。……よろしくな」
そう名乗った人物は女性だった。しかし、どうみても少女と言ってもいいほどに幼さが残っていた。にもかかわらず、この声の気迫に押し潰されるような感覚は、とても少女のものとは思えないほどだ。
「レイさんか……。良い名前ですね。それに……この声の気迫はお祖父様ゆずりと言っても良いでしょうね」
シンの言葉にレイは眉根を上げ、怒りの形相でシンを睨みつける。
「貴様……。私の秘密を知っているなどとほざいているが、もしやそのことではないだろうな?」
レイは、シンに向ける圧力を強めていく。レイの周りに控えている従者たちの顔は青ざめていき、中にはその場には立っていられないほどに足が震えている者もいた。
シンは涼し気な顔で、閉じていた目をゆっくりと開いた。
「いえいえ、それよりももっと重要なことです。……あなたのその『能力』のことですよ」
レイはシンのその言葉を聞き、口角を上げると不敵な笑みを浮かべた。
「なるほど……。それはおもしろい。さっきから気になってたんだよ。なんであんたは私の言いなりにならないのかをね」
イスから立ち上がったレイは、シンの目の前まで歩いていくと、両手を腰に置いて仁王立ちで見上げる。
「思ってる以上に背高いな、あんた……」
シンは笑みを浮かべると、レイの前で跪き視線を合わせた。
「聞いてもらえますか? 私の話しを……」
少し斜め上に視線を上げたレイは、腕を組みながら呟いた。
「……聞いてやろうじゃないか。おまえの話を……」
シンは満面の笑みを浮かべて、レイの手を取る。
「レイさん、ありがとう……」
シンとレイはこの出会いをきっかけに、お互いの交流を深めていくことになる。
「ルナ・ナガトといいます。よろしくね」
数日後、ルナとの出会いも遂げたレイは少しずつ彼等と打ち解けていった。
◇ ◇ ◇
「君の能力は、眷属がいる限り常時発動してなければならない。これがどれほどの負担か理解してほしい」
近年、異能力を持った人達が世界中に現れ始めたことを知り、シンは調査と研究を進めていた。そんな時にスラム街の変化を知り、能力者が関わっていると察知したシンはレイに接触を図ったのだ。特にレイの能力は強力な力を持っていることが分かった。
レイの能力は『従属』。その能力下に置かれた者は配下となり、眷属となってレイの命令に絶対服従することになる。その効果範囲は広大で、スラム街を支配できる程の範囲まで伸ばせることができていた。だがその反面、強力すぎるが故に能力者自身の精神力、生命力を著しく奪っていく。ましてや配下となった者達を維持するために、常時能力を発動していなければならない。
レイは17歳という若さでその能力に目覚め、使いこなしていること自体が尋常ではない。だからこそシンとルナは、その反動が危険だと常々危惧していた。
「レイ……。スラム街に住んでいる人達はもう犯罪を犯さないと思うわ。あなたのおかげで彼等はちゃんと働くようになったし、犯罪の愚かさにも気付いて反省していると思うの。そろそろ解放してあげたらどお?」
ルナはレイの身体のことを常に気にしていた。いくら能力者として優秀とはいえ、若い故に精神的に未熟な部分がまだまだある。強力な能力だけにコントロールが必要なのだ。
「奴等はまだまだダメだ。この程度で改心できるなら犯罪など起こさない。まだ私の管理下に置いておくよ」
レイはスラム街の犯罪者達を能力で従わせているのには目的があった。その目的を成就するまで解放出来ずにいるのだ。
「奴が動き出すまで、この能力は絶対に解かない! 奴を裁くのは、この私だ!」
シンとルナとは親しくはなったが、レイの目的は話さなかった。この目的はあくまでレイ個人の問題であり、彼等を巻き添えにしたくなったのだ。
突然発現したこの異能力に対して、不安を持ったままレイは使い続けていた。そんな時に異能力のことを知るシンとルナに会うことは、その不安を取り除くのに有効活用できるのでは? 当初はそんな打算的な考えで交流を始めたのだが、次第に情が移ってしまったのか最も信頼できる存在に変わっていった。
「レイ様! 奴が姿を現しました!」
配下からの報告に、レイの紅眼は更に鋭さを増して輝きだした。
「やっと現れたか! 案内しろ!」
レイは配下を連れ、颯爽と向かうのだった。
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