第15話 隠されたファイル
コーヒーカップに、再びコーヒーが注がれる――。
語り終えたレイ・アカツキ大佐はコーヒーの香りを堪能しつつ、それを口に含んだ……。
イブキに出されたコーヒーカップにもコーヒーが注がれるが、ただそれをじっと見つめながらイブキは沈黙していた。
レイの後ろに控えるリサ・キサラギ大尉、ヴァン・ヴェーヌスもただじっと2人の行方を見守っている。
ソファにもたれ、足を組んだレイはイブキの顔をじっと見つめた。
「……どうだ私の話は? 少しは信じてもらえたかな?」
レイの言葉に、ハッと気づいたイブキは話し出そうとするが――喉の乾きをおぼえ、入れたてのコーヒーを一口飲む……。
「少し……びっくりしてる。お母さんが能力者だったなんて……。もしかしてお父さんも?」
「さあ、それは分からんな。ただ――」
誰かがゴクリと唾を飲み込む音がした。
「異能力のことは詳しく知っていたな。まるで知っていたかのようにな――」
「知っていたかのように……」
過去の話を聞く限り、シンとルナの行動と発言には不思議な点が多かった。
レイの能力を出会う前から知っていたこと。そして、リサのこともどういうわけか知っていた……。レイとの別れ際のシンの言葉も、未来を予見するような言い方だった。
「別れ際のこともすごく引っかかるんだけど、誰かから逃げてるような感じだったんですか?」
「――脱兎のごとくだな。とにかく、あの2人にしては珍しく焦っていたな」
イブキはシンとルナと暮らしていく中で、そんな2人を見たことはなかった。むしろ穏やかな生活を送っていたし、誰かから追われるような事などあり得なかった。ごくたまに研究のため海外へ出かけることはあったが、そのほとんどは研究所と家との往復だけだ。
「その後は会ったりとかしたんですか?」
「いや、会ってはいないが……『ホロメール』でのやり取りは何度かしているぞ」
ホロメールは『ホログラムメール』の略で、送信者が自身の姿をホログラム化してメッセージを送る方法だ。
「やり取りとは言っても、相手から送信されるホロメールでの一方通行だ。リアルタイムでは交信できないと言われてな。しかも毎回メールアカウントを変えて送ってくるから、こちらからメッセージを送っても返信がない」
レイは少し不満げな表情で、コーヒーをまた一口飲んだ。
メールだけのやり取りといい、シンはかなり警戒をしていたようだ。だというのに、レイへメールを送信するとは一体どういう内容なんだろうか? イブキは気になって仕方がなかった。
「そのメールって、見せてもらえる事はできるんですか?」
「……」
無言のレイだが……。
「構わんよ、見るがいい」
そう言うとレイは腕にはめていたブレスレットを外した。そしてテーブルに置くと、ブレスレットからレーザーが照射され、人物が浮かびあがってきた。
「あっ、お父さん!」
ホログラム化されたシンが目の前に現れた。
『久しぶりだね、レイ』
当然のことではあるが、これはイブキに向けて送られたメッセージではない。分かってはいるが、つい寂しげな表情をしてしまうイブキ。
「イブキ様……」
アルフレッドが、イブキに寄り添うように声をかける。
「……大丈夫だよ、アル」
時々思うが、アルフレッドはAIにもかかわらず感情があるんじゃないかとイブキは錯覚してしまう。けど、この愛くるしい相棒に何度助けられたか……。
イブキはアルフレッドのことをただの機械ではなく――友達だと思い始めていた。
◇ ◇ ◇
シンからのメールは、たわいもない内容ばかりだった。海外の出張先のことや、研究内容、最近の出来事など、特に重要なメッセージはなかった。
「……これって、本当に一方的なメールですね」
イブキは期待していた内容ではなかったことに嘆息する。
「そうだろう? 何か意味のあるメールなんじゃないかと疑っては見たが、特におかしい点はなかったな」
ソファにもたれ掛かって片肘をつきながら、レイはホログラム化されたシンを見つめている。
イブキも気になる点は無いように思えたが、もう一度見直せば何か分かるかも? と判断するとーー。
「このメール、コピーしてもいいですか? 後で見直したいんで……」
「ん? あぁ構わんよ」
「ありがとうございます。アル、コピーして!」
「はい!」
ピョンっと跳ねたアルフレッドの目が点滅する。
「…………ん? これは?」
「えっ?」
アルフレッドがコピーを始めた途端、何かに反応した。
「イブキ様! 隠しファイルがあります!」
「なんだと?」
レイがギロッとアルフレッドを睨む。
思わずアルフレッドがたじろぎ、イブキの後ろに隠れた。
「ちょっと! アルッ!? 隠しファイルってどうゆうこと?」
「かっ、隠しファイルは、表示されないように設定されたファイルです。ですが、このファイルは通常とは違うファイルになっているようです」
突然ソファから立ち上がったレイが、腕を組んで仁王立ちをすると――。
「ふん! どういうことか説明してもらおうか!」
アルフレッドを見下ろす形から、とてつもない圧を感じる。レイの複雑な心情が伝わってきそうだ。
「レイさん! アルが怖がってる。やめて!」
イブキがアルフレッドを抱き上げて抗議する。
「AIが怖がるだと!?」
レイの紅眼が輝きだした。
リサとヴァンが思わず立ち上がって、レイを宥めにかかる。
「レイ様! 落ち着いてください」
「たたッ! 大佐! ストーップ!」
急にザワついた応接間の異変を察知して、衛兵達も急いで部屋に入ってきた。
「どうしました!!」
「何事ですか!?」
一気に部屋が人でごった返し、収拾がつかなくなる。
「きゃあー! ちょっとやめてー!」
「ぐあぁぁーーーー!! 落ち着いてぇぇーーーー!!」
「痛い! 痛いです!」
「貴様らぁぁーーーー!!!!!!」
◇ ◇ ◇
――数分後、やっと落ち着いた面々がそれぞれの席に着く。
「ふん! 無駄な時間を過ごしたな……。さっさと説明しろ」
一体誰のせいでグダグダになったのか――。
レイ以外の者達は叫びたくて仕方なかった。
「えーっと、隠しファイルの存在が見つかったところからだったよね。アル、説明して」
まだ少し震えているアルフレッドだったが、イブキに撫でられて落ち着きを取り戻した。
「……はい。先程も申し上げたとおり、隠しファイルとは表示されないように設定されているファイルです。そして、このファイルも隠しファイルとして設定されていましたが、通常とは全く違うファイルになっています」
「――――――」
全員が固唾を飲んで、アルフレッドの次の言葉を待つ。
「この隠しファイルは、特定のOS上でしか認識されないファイル形式で作成されているんです」
「特定のOSだと?」
眉根を上げるレイ。
「はい。皆さんもご存知のとおり、OSとは『オペレーティングシステム』、コンピューターを管理する基本ソフトウェアです。このソフトウェアがあってこそコンピュータが動作し、様々なハードウェアの管理、ソフトウェアの管理、そしてファイル管理ができるようになります」
当たり前だろ――と言わんばかりに無言でアルフレッドの話しを聞く面々の中であったがただ1人、リサが疑問を口にする。
「……ということは、今まで保存されていたレイ様の端末のOS上では管理できない――認識され無いという事だから、このファイルの存在に気が付かなかったということか?」
「そういう事です」
……なるほど、カラクリは分かった。じゃあなぜ突然ファイルを認識できるようになったのか?
「ならば認識できるようになったということは、特定のOS上に移動したということか?」
リサの狐目が少し険しくなる。
「えっ? ちょっと待って。移動したってことは……まさか!」
全員の視線が一ヶ所に集まる。その先は――。
「はい。私、アルフレッドのOSに移動したことにより、ファイル認識できたと結論付けられます」
「――――」
その場にいる全員が突然の展開に絶句する。単なるメールにこんな仕掛けがあったとは……。そしてイブキは、さらに疑問に思うことがあった。
「アルのOSで認識されるってことはどういう事? まさか特定のOSって……」
またまた全員の視線が、アルフレッドに集まる。
「私に組み込まれているOSは、ナガト博士が開発した世界でただ一つのOSです。――すなわち私という存在がなければ、そのファイルは絶対に閲覧できないということです」
「「――――!」」
ひとつのピースがはまっていく感触というのだろうか。このファイルが作成された意図が見えてきた。
「ふん! 小癪な真似をしてくれる。シンの奴め!」
レイに一方的に送られたメールであったが、ちゃんと意味があった。そして、アルフレッドがあらためて解析すると、全てのメールが揃って初めてファイルが完成されることも判明した。
「私へのメール、分割されたファイル、アルフレッドの存在によって初めて完成されるファイル……」
顎に手を置き、一つ一つを整理していくレイ。
「それって、まるで……」
ヴァンがイブキを見ながら問いかける。
「イブキがここに来ることを予測してのメールってことじゃね?」
「余計なこと言うな!」
「イテテテテッ!」
ヴァンがリサに頬をつねられる。
イブキがそれを横目に見ながらも、意を決したように頷く。
「とりあえず……このファイルを開いてみます?」
「……そうだな。予測してたかどうかなど、後で考えればいいだけのことだ」
これほどまでに、用意周到に送られたファイルの中身がなんなのか? 開けてはならない内容なのか? ――不安と期待が入り混ざる。
「アル、開いて」
「……かしこまりました」
ファイルを開くと、アルフレッドの二眼からレーザーが照射される。どうやらホログラム動画のようだ。ホログラム化された人物が浮かびあがる。その人物は――。
シン・ナガト、ルナ・ナガトの2人だった。
「お父さん……お母さん……」
『イブキ……元気にしてるかい?』
シンが優しく微笑んでいる。
『やっほー、イブキ。元気にしてるかな?』
ルナが笑顔で手を振っている。
目を潤ませながら、イブキが呟く。
「うん。元気だよ」
イブキの感情とは関係なく動画は続く。
『このメッセージを見ているという事は、レイと合流できたようだね。……レイ、ありがとう』
レイは腕を組みながら、無言で動画を見ている。
『ここまで手の込んだメッセージを作成するには、少し込み入った事情があってね……。その事については、まだ語る時ではないので省かせてもらうよ』
まだ語る時ではない? また未来を予見するかのような発言をするシンに、皆が困惑する。
『今、このメッセージを見てくれているのはイブキとレイ、リサさんもいるのかな? 君達に伝えなければならない重要な事があって、このメッセージを作成したんだ』
重要な事? わざわざメッセージにしてまで伝える事とは何か? 全く予想が出来ない状況の中、動画は進んでいく。
『君達がすでに目覚めている異能力……』
全員がシンの次の言葉に注目する。
『『カルマ』についてだ』
聞き慣れない響きに、絶句するイブキ達であった。
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