第9話 脳みそまで・・・

 季節はもう春に入ってはいるが、夜になるとまだまだ肌寒さが残っていて、少し身震いをした少女は砂浜に胡座をかいて座っている。

 その少女は白と黒のツートンカラーのライダースーツを着込んでいるが、今は上半身の部分だけを脱いだTシャツ姿の『イブキ』だ。

 

 そして、胡座をかいている両足の真ん中にスッポリと丸い筐体が収まっている。その筐体は、イブキが睨みをきかせている視線の先に、ぼんやりと光る二眼を向けている。人工知能搭載の移動型端末『アルフレッド』だ。


 両者の視線の先には全身黒ずくめの青年が腕を組み、イブキとアルフレッドに正面を向いて仁王立ちしていた。全身黒ずくめとはいっても鍛え抜かれたであろう両腕は露出していて、決して見せるためだけの筋肉の付きかたではなかった。また青年のシルエットを見ると、巨大な体躯ではないが簡単にはブレることのない体幹を感じさせるバランスのとれた筋肉の隆起がくっきりと見える。ひとたびその筋肉に勢いよく血流を流し込めば躍動し、存分にその働きをこの青年に与えるだろう。

 

 そうして自慢の筋肉を見せびらかすように、胸を張っている青年『ヴァン・ヴェーヌス』を睨んでいたイブキは苛立っていた。


「おい! いつになったら話すんだ? この脳筋野郎!」

「のっ! 脳筋野郎?」


 目を見開いて驚くヴァン。あたふたと両手をバタつかせて、抗議の声を上げようとするも、イブキの眼力に負けて肩を落として溜息をつく。


「……わっ、分かったから目から光線だすような目で見るなよ?」


「……つまんない」

「面白くないですね」


 イブキとアルはジト目で睨みつつ、冷ややかな態度で応対する。


 少しはお互いの距離が縮まったかな? と思って軽口を叩いたヴァンは、自分が勘違いしていた事に気づく。そして、絶句してしまったヴァンに容赦なく無言の圧力をかけるイブキとアル。

 その圧力を感じたヴァンは、こほんっと咳払いをし、頬を掻いて口を開いた。


「……今から17年ほど前に、北の大国『ジレーザ帝国』に隕石が落下したのは知ってるか?」


「それは知ってるよ。うちの両親がその隕石の調査団の一員だったみたいだけど……」


 アルフレッドから以前に、両親が調査団として派遣されていたことを聞かされていながらも、その事には特に調べていなかったことにイブキは少し苛立った。


「そのとおりだ。君の両親もそうだが、その調査団は各分野における第一人者ともいえる人材を各国から選出し、編成された一団だった」


 当時、ジレーザ帝国からの要請で打診された各国は、世界有数の頭脳を持った人たちを編成し、結集した調査団を派遣した。


「その当時の記事ですが、確かに選りすぐられた人達だったようですね」

 

 アルが唐突に、ホログラムで当時の記事と映像を流し始めた。


「あっ! お父さん、お母さんだ」


 その映像は、調査から帰ってきた調査団が空港内のホテルでインタビューを受けているものだった。様々な人種の人達がインタビュー席に並んでいて、記者からの質問に答えている。その中にイブキの両親が2人並んで座っていた。


 凛々しい顔で記者団の方に、鋭い金眼を向けている男性がイブキの父親『シン・ナガト』だ。この時は26歳ぐらいで、名だたる研究者達は40代から50代の年齢ばかりなので、一際目立ってしまう。そして、この若さで調査団に選ばれることが、いかに異例であるかが誰の目にも明らかだった。

 映像に写る父親が20代にも関わらずすぐに分かったのは、イブキが知る父親が姿を消す頃とあまり変わっていないからだ。40代に入り、短髪の黒髪に少し白髪が見え始めていたが毎朝のランニング、日々のトレーニングは欠かさずしていてスラっと健康的に伸びた四肢とまっすぐに伸びた背筋が年齢を感じさせなかった。


 隣に座る女性がイブキの母親『ルナ・ナガト』だ。父親と同じく黒髪で、映像を通して見ても分かるほど艶のある長髪だ。キリッとした眉毛に、目尻が少し上がったその双眸には碧眼がきらめき、口角の上がったその唇にはうっすらと紅がさされている。透き通るような白肌で、街中で見かければ誰もが振り返る美貌の持ち主であることは間違いないだろう。

 この時の年齢はシンより1つ下の25歳で、とても調査団に選ばれた研究者には見えないが、自身に満ち溢れた表情で記者団の質問に耳を傾けている。


 今、二人はどこで何をしているのだろう?


 何度、この問いかけをしただろうか……。


 何度問いかけても出なかった答えが、今出ようとしているのか……。


 イブキは期待に胸を膨らませながら、ヴァンの次の言葉を待つ。


「その調査団、現地に赴いたのは確かなんだが、結果としては何も見つけられずに調査を終えて帰ってきたようだ」


 ヴァンが映像を見ながら、イブキ達に補足した。


「何も見つからなかったってどういうこと? 隕石は落ちたんでしょ?」


「あぁ、爆心地があったし、確かに隕石が落下してきた痕跡はあるんだが……とにかく何も見つけれなかったようだ」


「……」


 想像を超える範疇の内容で、イブキは困惑する。


「――その時はだけどな」


「その時は? どうゆうことなの?」


 次から次へと想定外の情報を差し出すヴァンに対して、眉根を寄せてイブキは疑問を呈する。


「異常なしと判断した調査団は解団し、終了となったんだが……。君の両親はその後、独自に調査を続けてたようだ」


「……」


 そういえば海外へ出張だとかで数日間、何度か2人で出かけてたことがあった事をイブキは思い出した。


「一体なぜ? 何の調査をしていたの?」


「……それなんだが、実は極秘扱いになっていてな。彼等は調査の記録を残していないんだ」


「残してないって? じゃあ、結局何も分からないってことじゃない?」


 期待はずれの回答に、イブキは怪訝な表情で苛立ちを抑えられない。


「まあまあ、話しは最後まで聞いてくれ。何も分からずじまいだったんだがちょうど1年前、君の両親が行方不明になった事と、君の能力が発現した頃にある変化が起きたんだ」


「ある変化?」


 ヴァンは人差し指を自分の眉根に近づけ、一呼吸置いて乾いた唇を舐める。


「北の大陸の爆心地に突如、黒い支柱のような物が出現したんだ」


「――黒い支柱?」


 黒い支柱と言われ、イブキは様々な支柱を想像してみたがイメージが湧かなかった。


「失礼いたします。――黒い支柱とはこれですか?」


「わっ! なに!?」

 

 アルが突然、話しに割って入ってきたのでイブキはびっくりした。


 ――見せてくれたホログラム映像には、荒野が続く荒地にポツンと、細長い黒い支柱がそびえ立っていた。その支柱は、四角錐の形状で等間隔に節目がついている。地面から生えてきたように飛び出しているが、どうみても人工物だ。時折、映像に乱れが生じるが比較的よく写っているほうだ。


「おっ、おい、アルフレッド君? ……これって、現在の映像か?」


 ヴァンが目を丸くして、その映像を震える指でさしている。


「……はい。複数の軍事衛星を北の大地に向け、撮った映像を元に私が画像処理を施して出力したのがこの映像ですが何か?」


 「マジかよ! 今写ってる場所は強力な磁場の影響で、そんな簡単に撮影が出来なくて苦労してるのに……」


「……確かにそうですね。ですがこの私にかかれば、この程度の画像処理など大したことはないですね」


 アルは「フン!」と鼻を鳴らすような、自信ありげな雰囲気を醸し出す。


 片やヴァンの方は、腕を組んだ右手を顎にかけて何か思案している様子だ。


 イブキとアルが何事かと顔を見合わせていると、ヴァンが『パァン!』と手を叩いた。


「わわっ! 急に何よ!」


 ヴァンの突然の行動に驚き仰け反るイブキ。アルはぴょんっと跳ね上がる。


「よし! 俺が話すより、大佐に会ってもらったほうがいいや!」


「はああ?」「えっ?」


 うんうん、と頷くヴァンは満面の笑みでイブキとアルに向き直り「その映像を大佐に見せてくれよ。そうしたらもっと詳しい話が聞けるはずだから!」


「ちょっ、ちょっと待って! 大佐って何よ! 誰! 誰のこと言ってんのよ!」


「ん? 大佐は俺の上司だ。いろんな事を知ってる人だし大丈夫だ!」


 そうして、ニカっと歯を見せてサムズアップするヴァン。


「なに自分だけ納得してんのよ!」

「そうです! 勝手に決めないでください!」


 イブキとアルが猛抗議するが、ヴァンの耳にはもう届かない。

 ヴァンは能力を発動し、宙に浮き出した。


「ついてこいよ! 基地まで案内してやるよ!」


「「えええええ!」」


 イブキとアルは、彼の脳筋ぶりにただ呆れるしかなかった。



 


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