第10話 基地
――島国国家『ナユタ』は、イブキが住む国である。その国土を上空から見ると、ドーナツを半分に切ったような弓なり型になっていて、その周りを小さな島々が点在している。国土全体を見ると本州にあたる部分は内陸部の殆どが山脈になっていて、海岸沿いに都市が集中している。ただし、その都市部においても僅かな平野部しかなく、海を埋め立てりして土地を広げている。人口もさほど多いわけではなく、経済力としてはどうなのか? 実は世界各国と比較すると上位に位置している。それほどの経済力を持つ要因は、卓越した技術力にあった。様々な分野における良質な製品加工に定評があり、ナユタ産の製品が選ばれることが多い。特に精密な機器、部品づくりが得意で、世界中に存在する工業製品には必ずナユタ産の部品が組み込まれている程だ。そういった繊細な技術力もさることながら、世界的に有名な人材も多く排出できている。その中で特に有名で、多くの功績を残した人物がイブキの両親である。
イブキの両親は、10代の時点で大学レベルの学力があり、飛び級で大学に進学。教授の資格を20代に入ってから取得するなど、破格の才能を発揮している。今でこそ当たり前に広がっている世界中の通信ネットワークの構築に着手したのがイブキの両親であり、超高速インターネットの実現を成し遂げた功績者である。そして、それを実現させる通信機器の開発、製作力もやはりナユタ国の研究者、技術者であり、その人材の流れは今なお続いている。要するに、現在の世界におけるネットワーク社会は、イブキの両親、ナユタ国が作り上げたといっても過言ではない……。
――イブキ達は、ナユタ国の上空を飛んでいた。海岸線の辺りに都市が集中しているため、国土の輪郭が夜中でも分かるぐらいに都市の光が溢れている。ひとつひとつの光には、人の感情があり、家族があり、人生があるように感じる。イブキはこの光を見るたびに、自分はその光の中に含まれていない疎外感を感じてしまってあまり好きではない。その事をアルに話したことがあったが、『私が常に、イブキ様をお守りします』と返してくれた事が、彼女の孤独な心を癒やし、精神の安定に寄与していることは間違いないだろう。
そんな事を思い出しながら、ヘルメット型に変形したアルを被ったイブキの耳元に、小煩い声が入ってくる。
「なあ、もうちょっと遅く飛んでくれよぉ」
「なに言ってんのよ! これでも大分遅いほうよ!」
口を尖らせながらイブキに抗議をするヴァンではあるが、案内をすると啖呵を切ったわりには立場が逆になっていた。
イブキとアルが、ヴァンの提案に猛抗議をして一悶着があり、ヴァンから「身柄の安全は保証する」との言質を取ったがいまいち信用が出来ない。けれども、昼間の軍とのひと騒動の誤解を解くのと、世間に広まってしまったイブキの悪評を払拭するためにも、危ない橋ではあるが渡るしかないとの結論をアルと交わしたのが、つい先ほどの話しだ。
意気揚々と出発したのは良いが、所詮イブキの能力をコピーしただけの劣化能力だ。イブキの飛行速度について行けず、アルのナビゲーションで目的地へ向かっている始末だ。
「まったく……。こいつ、ほんとに軍人なの?」
「まあ、俺の場合は能力者ってことで軍に保護されたもんだからな。軍人とは言えないかな〜」
「保護? それってどうゆうこと?」
軍の目的が分からないイブキは、基地へ辿り着く前に少しでも情報を得ようと思っていた。また、ヴァンの素性も気になっていた。見た目はイブキと同じ年代に見えるヴァンが、なぜ軍に身を置いているのかも……。
「俺は孤児なんだ。孤児院で小さな頃から過ごしてたんだけど、能力が発現してからは軍に保護される形で、今は軍の寮で世話になってるんだよ」
「……そうなんだ」
彼には両親がいないのか……。まずいことを聞いたかな? と思ったイブキは罪悪感を抱いていると……。
「でも、寮のメシはうまいから移って正解だぜ! 特にカレーがめっちゃうまいから、今度食わせてやるよ!」
またサムズアップして、ニカッと笑顔をイブキに振りまくヴァン。
……前言撤回。
イブキは呆れ顔で、ハイハイと相槌を打ってやり過ごす。
「イブキ様、そろそろ目的地に到着します」
アルから告げられたイブキは、前方に注視すると目的の『島』が見えてきた。
ヴァンが指定した場所はとある島だった。こんな小さな島に軍の基地なんてあるのか? とヴァンに疑問を呈したのだが、「まあ、行ってみれば分かるから」と言って、はっきりと答えてくれなかった。なんでも軍規に違反するとかで喋ってはいけないらしいが、基地まで案内する時点で違反してるように思うが……。
海上にぽつんと存在する島であるから、当然の如く周りには灯りなどは無い。真っ暗で視界はゼロに近いにもかかわらず、イブキは何の苦労もなく島の砂浜に到着できた。
アルがゴーグルのインターフェイス越しに見える風景に画像処理を施して、まるで昼間を移動してるように見せてくれているからだ。便利ではあるんだが、少し違和感を感じるのでなかなか慣れない。
ヴァンは訓練を受けているのか、苦労もなく島に降り立っていた。
「ねえ、ほんとにこんなとこに基地なんてあるの?」
「あぁ、もうすぐしたら出迎えが来るから」
そう言って、周辺をキョロキョロし出すヴァン。イブキも同じく見廻していると、一筋の光が見えてきた。
その光はどんどんと近づいてきて、逆光ではあるが人のシルエットが見える距離までやってきた。
「おっ! これは大尉殿自らのお出迎えとは意外だな」
「……大佐直々の命令だからな。そうでなければ部下に任せてるところだ」
ゴーグル越しに見えるからはっきりと分かるが、深緑の軍服姿でやってきた人物は女性だった。軍服と同じ深緑のベレー帽を被り、黒髪を刈り上げた髪型とドスの効いた声なので、軍服越しに見える双丘が無ければ判別できなかっただろう。それ程この女性から感じる圧力は凄まじいものだった。そして、狐のような細い目で突き刺す視線をイブキに向ける。
「その娘が例の……?」
「そうです。この娘が『イブキ・ナガト』です」
ヴァンは胸を張りながら笑顔で応える。
意に返さない軍服の女性はじっとイブキを見ながら、しばらく何かを考え込んでいるようだ。
やがて軍服の女性は踵を返すと「ついて来い」と言い、歩きだした。
「さあ、行こうか」
ヴァンは手招きをして、女性の後をついて行く。
「……」
イブキはその女性に圧倒されると共に、軍人の威圧感に少し困惑していた。
(なんか嫌な感じ……)
「イブキ様、ご安心ください。私がついていますから」
イブキの不安な気持ちを察したのか、アルが励ます。
「うん、大丈夫だよ」
イブキは気を取り直して、ヴァンの後をついて行った。
「灯りを消すがついて来れるか?」
軍服の女性は前を向きながら、イブキに問いかけてきた。何を言われているのか分からないが、アルのおかげで視界はクリアだから問題ないので、「大丈夫よ」と応えた。
「夜中に灯りは禁物なんだよ。結構目立つから、暗い中では灯りなしで行動するんだ」
ヴァンはイブキにそう説明すると突然、軍服の女性が振り返った。
「余計なことを喋るな。黙ってついて来い」
「……はい。すみません」
暗闇でも分かるぐらいに、肩を落として歩くヴァン。そのうしろ姿を見ながらイブキは苦笑していた。
◇ ◇ ◇
砂浜をしばらく歩き、森の中へと入っていく。森の奥に基地があるのだろうか? 様々な想像をしながら、イブキとアルは無言でその行軍について行く。森の中では方向感覚が鈍り、今どこを歩いているのか全く分からなくなってしまう。ましてやこの暗闇だ。イブキは、アルのナビゲーションのおかげでどの辺りを歩いているかようやく分かるのだが、前を歩く二人は迷うことなく進んでいる。この暗闇の中を灯りなしで歩けるのだから、軍人とは大したもんだなと感心してしまう。
やがて軍服の女性が立ち止まり、一本の木の幹を手で触りだした。
(何をしてるんだ?)
イブキが疑問に思っていると木の表皮の一部がスライドし、中にパネルが現れた。
「えっ? なに? すごい」
思わず声に出してしまったイブキは口を手で抑える。
軍服の女性は少しだけ顔を傾け、片目でイブキを見るがすぐにパネルの方に目を向け、近づけていった。
「ピッ」と音が鳴り、スライドして開いていた木の表皮部分が元に戻ると、地面から何かが開き始めた。
「地下通路か……」
イブキはようやく分かった。
基地は地上ではなく、地下にあるのだ。そして、これほど厳重に入り口を隠しているという事は、ここは秘密基地である証拠だ。
イブキは感心して見ていると、軍服の女性は目配せをして降りるように促してくる。イブキはヴァンについていきながら階段を降り始めると、後ろから入り口が閉じる音が聞こえた。と同時に通路に灯りが灯った。おそらくこれも灯りが漏れない対策なんだろう。
しばらく降りて行くと、次第に通路が狭くなっていく。遂には、一人がようやく歩けるぐらいの幅に狭まってきた。
「すごく狭いね……」
「あぁ、この入り口を敵が攻めてきた時に、尻すぼみにしておけば渋滞するだろ? そうすれば時間稼ぎになる。昔から良く使われてる手法だよ」
ヴァンが前をむきながらイブキに説明をしてると、突然歩みが止まる。
イブキは驚き、もう少しでヴァンにぶつかりそうになったがなんとか耐えた。
身を傾けて前方を覗くと、軍服の女性が立ち止まっている。
(あれ? 行き止まり?)
前方には綺麗に削られた石の壁が立ち塞がっている。軍服の女性が石の壁に手をかざすと、壁が横にスライドして奥に空間が現れた。
「あっ! エレベーターか……」
どうやら更に地下へと潜っていくようだ。イブキの驚いている姿を二人は気にすることなくエレベーターに乗り込んでいくので、急いでイブキも乗り込む。
やがてエレベーターがゆっくりと降下し始め、次第にスピードが速くなっていく。
――すぐに降りきるだろうと、イブキは思っていたがまだ止まらない。これはかなり深く潜っているぞと思っていたその瞬間! 視界が一瞬真っ白になった。
「うっ!」
手をかざし、目を細めたイブキがゆっくりと目を開くと、そこには地下とは思えない広大な空間が姿を現した。
「えっ! なに、ここは!? すごい!」
ドーム状の空間に、様々な建物がひしめいていた。現在の高さは4、50メートルぐらいだろうか、目を丸くしてイブキはエレベーターからその光景を見下ろしていた。
「ナユタ国が誇る、最新鋭の技術が結集した基地だ」
軍服の女性は、イブキと同じく基地を見下ろしながら告げる。
「ようこそ、地下要塞基地『玄武』へ」
期待と不安を抱えたイブキを乗せて、エレベーターは降下速度を緩めるのだった。
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