第8話 ヴァン・ヴェーヌス

 波の行き交う音が聞こえる。


 心地よい音だ。


 私はしばらく目を閉じたまま、波の音を聞いていた。


 目を開かずに、このままでいられたらいいのに……。


 仮面男との闘いが、否が応でも頭に浮かんでくるが……。



  ――途中からの記憶がない。


 

 私が重力波の圧力をかけて、男の素顔を見て、ニヤリと笑っている顔を見た瞬間から……。


 目を開くと、もしかしたら……。


 

 ――恐怖と不安。



 しかし、耳を澄ますと誰かが砂浜を歩く音が聞こえる。



(誰だろう?)



 私は意を決して目を開けてみた。



 満天の星空が、眼前に降りてきた。



(綺麗だ……)


 しばらくの間眺めていると、私の側に気配を感じる。


 横を振り向くと、アルが私をみつめている。


「……アル。私は……」


「イブキ様……。心配しました。お目覚めになって良かったです」


 私は体を起こすと、頭が重たかった。まだ少し頭痛が残ってるようだ。



「よお、目が覚めたか。大丈夫か?」



 私は声がした方へ、ゆっくりと振り向く。


 仮面男が腰をおろし、砂浜に座っていた。


 私は男の姿を見て、ほっと胸を撫で下ろす。


「ん? なんだ? 胸でも痛いのか?」


「なっ! だっ、大丈夫よ……」


 私は思わず声がうわずってしまった。


 それにしても、この男はなんなんだ?

 思った以上に体に傷は無く、ピンピンしている。

 結構殴る蹴るをして、瀕死状態にまでしたと思うんだが……。


「あっ……、あんたこそ、大丈夫なのかよ……」


「ん? 俺か? 俺は大丈夫だ、ほれ!」


 そう言うと男は立ち上がって、スクワットをし始めた。


 ……本当に大丈夫のようだ。


「イブキ様、本当に大丈夫ですか? 他に痛むところはないですか?」


「あぁ、大丈夫だよアル……あっっ!!」


 私は今さら気がついた。アルが球体に戻ってるってことはーー。


「アル! なんで元に戻ってるの! 素顔丸出しじゃんか!」


 慌てて自分で顔を隠した。


「イッ、イブキ様……。それがですね……」

「アルフレッドくん! その辺は俺から説明するから、君は黙ってていいよー」


「ちょっ! なにアルのこと気安く呼んでるのよ!」


 ほんとにこいつは一体何者なんだ?

 アルもこいつと打ち解けてる感じだし……。


 私が気を失ってる内に、なにがあったんだ?


「アル? これは一体どういうことなの?」


「へへ、まあいいじゃねえか。とりあえず自己紹介な」


 こいつ……。強引な奴だな。


「俺の名前は『ヴァン・ヴェーヌス』だ」


「……私は、…………イブキだ」


「あぁ、『イブキ・ナガト』だろ? 知ってるから大丈夫だぞ」


「えぇぇ!! なんで知ってるの!?」


 また声がうわずってしまった。


「その辺も含めて、今から説明してやるよ」


 ヴァンと名乗った男は、私と目線を合わせるように対面で座り始めた。


 アルも私の横に並び、佇んだ。


「まずは俺のことからだな。……気づいていると思うが、俺は特殊部隊に所属している軍人だ」


「やっぱりそうなのね。……そして、私と同じ能力者?」


 ヴァンはうなづいた。


「そのとおりだ。俺も君と同じく、突然能力が発現した。ちょうど1年前だ……」


「その言い方だと、私のことは調べあげてるって感じね」


「あぁ、かなり早い段階で軍は君のことをマークしていた。どこかのタイミングで接触を図ろうと考えいる」


 私と接触? 軍は私をどうしようとしてるんだろう……。


「ところで、あなたの能力ってなんなの? 重力操作が出来てたけど、まさか私と同じ能力?」


 ヴァンは、自分の眼を指差した。



「俺の能力は、この眼だ。『千里眼』っていうそうだ」



「――千里眼? アルは知ってる?」


「……はい。千里眼は遙か遠く先を見通せたりできる能力です。さらには透視能力だったり、過去と未来を見れる者もいたようですね」


 へぇ〜、便利そうな能力だが……。


「でも、その能力で私と同じ重力操作が出来るっておかしくない?」


「俺の千里眼には、通常の能力とは別にオリジナルの能力が備わっているんだ……。それは、相手の能力を『複製』することだ」



「「複製!?」」


 思わずアルと一緒に叫んでしまった。


「そうだ。相手の動きを見たり、体感する事で自分の能力に変えることが出来るんだ」


 ……なるほど。


 それなら合点がいく……にしても便利すぎないか、その能力は……。


「君の能力が使えたのは、そういうことだ。そして、居場所が分かったのも千里眼で君を追跡したってわけだ」


「ははっ……驚きだよ。便利な能力だな」


 私が称賛の声をあげると、ヴァンは苦笑した表情を浮かべる。


「意外とそうでもないんだぜ。制約が色々あって、いざという時に役に立たない事が多いんだ」


「制約?」


 能力に制約なんて、私には無いけど……。


「あぁ……まず魚のように泳ぐことは出来ない。人間は肺呼吸だからな。また、鳥のように飛ぶこともできない。翼がないからな」


「あっ、なるほど。人間の枠を外れることは身体上、無理ってことか……」


 そういう事なら納得がいく。


「そういうことだ。人が行使している能力なら、大抵のことは複製できる。……だが、これにもまた制約があるんだ」


「えっ! そうなの?」


 私はがっかりするような声をあげてしまった。

 ヴァンはさらに苦笑しながら、頭をポリポリとかいている。


「あくまで複製だからな……。やはりオリジナルには到底およばない。さっき、君と同じ能力で戦ったが結果は見てのとおりだろ?」


 言われてみれば確かにそうだ。

 

 最初は相手の攻撃に戸惑って防戦一方だったけど、冷静になってからはヴァンの重力操作は私には通じなかったな。


「なるほどね。……まぁ、あなたの能力については分かったわ。……それじゃあ、本題に入るけど今回の一件はどういうことか説明してくれるんでしょ?」


 私は軍が介入してきているのは偶然ではないと思っている。

 私と接触しようとしてたみたいだし、何か思惑があるに違いない。


 するとヴァンは、急に真剣な眼差しを私に向けてきた。


「その前に……まずは君を突然襲ったことを謝らせてくれ。……すまなかった」


 ヴァンは頭を下げて、私に謝罪の意思を示してきた。


「なっ! なによ突然……。調子狂うじゃない……」


 急にそんな態度を取られると、緊張しちゃうじゃないか……。


 ヴァンは下げていた頭を上げると、今度は満面の笑みを浮かべていた。


「いや〜、好奇心とはいえ俺が襲い掛かった後、君は空へ逃げてしまって……。そのあと空戦部隊に襲撃されたんだろ?」


 くうせん? 戦闘機のことか……。


「ん? んんっ? ちょっと待って? 要するに、あなたが襲い掛からなかったら何もここまでの騒ぎになってなかったってこと?」


「まあ〜、結果的にはそういうことになるかな! ははっ!」


「……」



――脳筋だな。こいつ……。



「イブキ様? 拳を強く握っていますが、どうされました?」



 おっと! 危うくこの『脳筋』を殺るところだった。



「よくぞ止めてくれたよ、アル……」


 アルはコロンと首を傾げるように筐体を傾けた。


 私は立ち上がってヴァンの胸倉を掴み、見下げるようにして睨んだ。


「そのことに関しては、あとでじっくりと聞かせてもらうわ! とにかく、今回の一件でなぜ軍が絡んできてるのかを教えて!」


 ヴァンは苦笑しながら、両手をあげて降参のポーズをとる。


「まあまあ、落ち着いてくれよ。ちゃんと話すから、……ねっ、この手離して?」


 まったく。調子の良いやつだ……。


「ふん! じゃあ、さっさと話して!」


 私は胸倉を掴んでいた手を離し、その場で座り直した。


 ヴァンは掴まれていた胸の辺りを気にしながら、服を整えた。


「さて……改めてだが、ウェールズの件は軍もマークしていた事案でね。我々も彼の行方を追っているところなんだ」


「軍が? なんで?」


「それは……。君の両親のことも関わってくることになる。……非常にね」


 私と私の両親、ウェールズ、そして軍。

 やがて、この個々の点が繋がり、私の人生を大きく変えていくことになる……。

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