第7話 対戦

 赤い仮面の男は、体についた砂ぼこりを払い除けながら私の方へ近づいてくる。

 仮面の目の部分から見える青白い光が、私を捕らえて離さない。


 私は今、かなり混乱している。

 

 なぜこいつは私のいる場所が分かったのか。そして、なぜこいつは……空を飛んでやってきたのか。


「あんた一体何者なの? どうしてここが分かったの? どうやって……ここまで来た?」


 仮面男は歩きながら首を回したり、手首を回しながらこちらに向かってくる。まるで準備運動をするように……。


「どうやってここまで来たってか? さっき見ただろ。お前と同じように空を飛んできたんだよ」


「答えになってない! なんでそんなことが出来るかを答えて!」


 私は動揺を隠せずにいた。自分と同じ能力を持っているかも知れないことに……。


「知りたきゃ教えてやるよ。ただし――」


 仮面男は立ち止まって、拳を前に突き出してきた。

 私は唾をごくりと飲み込む。



「俺と勝負して勝ったらな!」



「…………はあ?」


 なっ、何を言ってるんだ? こいつ……。


「なんであんたと勝負する必要があるの!? 訳わかんないだけど……。こっちからしたら理由もなくいきなり襲われて死にそうになるし、挙げ句の果てにはいわれもない疑いをかけられたりして、踏んだり蹴ったりなんだけど!」


 一気にたたみかけて話すと、仮面男はしばらく無言になった。

 すると指で頭をぽりぽりとかき始め、俯きかげんになると今度は顎に手をやって考え込みだした。


 一体何がしたいんだ? こいつは……。


 ようやく考えがまとまったのか、再び私の方に顔を向ける。


「まあ、色々あったみたいだし、気の毒といえば気の毒だが、そういうことも全部ひっくるめて俺との勝負に勝ったら良い事を教えてやるよ」


 だめだ。いくら言っても無駄なようだ。


「……分かったわ。お望みどおり勝負してあげる」


 私は腰を落として身構える。


「へへ、そうこなくっちゃ!」


 仮面男も構えるが、何か格闘術を身につけてるのだろう。空手に似た構えで私の動きを見ている。


 私だってこう見えても格闘術は身につけている。私の能力と組み合わせれば、ほぼ無敵に近いところを見せてやる。


 仮面男はじりじりと近づいてくるが、ある一定のラインからは前へ出ていこうとはしない。


そこから先は私の間合いだと感じているようだ。


 

 対峙する2人。


 

 均衡を破ったのは仮面男からだった。

 間合いを詰めるその素早さは素晴らしいものだった。


 一気に私の目の前まで接近し、右フックを放つ。

 

 

 私はバックステップで右フックをかわす。

 


 だが、すぐに仮面男は私との間合いを詰め、今度は左のフックを放ってきた。


 この左フックはさすがに当たると判断した私は、自身の右側へステップを踏むと同時に手刀で相手の手首辺りを叩き、受け流す。


 

 体勢が崩れた仮面男。


 

 私は自身の右側へ流れた動きを利用して、左中段蹴りを相手の腹部目掛けて放つ。


 

 見事にヒット。



 仮面男は10メートル程吹っ飛んでいった。

 私は一気にたたみかけようと間合いを詰めるが、仮面男はすぐに立ち上がってそれを阻止した。

 

「……そんな華奢な体してるのに、いいもの持ってるな」


「お褒めの言葉ありがとう。あなたこそ、私の蹴りを受けてよく立ち上がれたわね」


 仮面男は片手で腹部を押さえていたが、すぐに構えの姿勢に入った。

 

 仮面の奥の目が光ったように見えた瞬間。



 瞬時に目の前に男が現れた。



(えっ!! 速い!!)


 

 仮面男の突き上げる左拳が私の腹部に迫ってくる。


 避けるには間に合わないと判断した私は、両手でガードしつつ能力を発動。完全に防げたと思ったがインパクトの瞬間――。



「ぐっ!!」


 

 私の体が宙を舞う。



「いっくぜー! オラァァァァ!!」



 宙に浮いた私に、仮面男が容赦なく襲いかかる。

 上中下段をうまくコンビネーションさせた連撃。


 休みなく放つ連撃の全てが……。



 私の『重力波の壁』を貫通してくる。



(――っ!! 間違いない……!!)



 私は宙に浮いたまま耐え続けるしかない。


 

 そして、仮面男は連撃を止め、素早いダッシュと同時にーー。



「オリャャャ!!」


 

 右足に力を溜めた、中段蹴りを放ってきた。


「ぐっ!!」


 私は歯を食いしばって耐える。


 10メートル程飛ばされて、砂浜の上を転げ回り、ようやく止まった。


 久しぶりに感じるこの痛みは、仮面男の強さを私に確信させた。


 私はすぐに立ち上がり、重力波を展開して仮面男の接近を防ぐ。


 仮面男は、重力波の壁に押し戻されるーーと思ったが、一歩、また一歩と前進してくる。


「へへ、今の俺には効かないぜ」


 仮面の奥の目がまた光っている。


「なるほど……。どうやってるのか分からないけど、あんた……私と同じ『重力操作』ができるようね」


「正解だ。どうしてだか知りたいか?」


 仮面男は、舐めたような口調で私に挑発してきた。



 ――むかつく!!



 こういう奴は、完膚なきまでに叩きのめすのが一番だ。


 

 私の真の恐ろしさを味合わせてやる。


 

 私は小声でアルに問いかける。

「どうなのアル? 解析は済んだ?」


「はい。解析は済みました。いつ始めてもらっても構いません」


 私は心の中でガッツポーズをする。


 そして、私は能力の発動を一旦止めた。


「!? おい、何のマネだ? 諦めたのか?」


「ふん! 諦めるわけないでしょ!!」


 私は半身に構え、突き出した左手の手のひらを上にし、手まねきして挑発する。



「かかってこい。秒殺してやるよ」



 仮面男は一瞬呆然としていたが、すぐに気を取り直して構えの姿勢にはいった。


 

 仮面の奥の目がまた光る。



「今言ったことを後悔させてやる!」


 

 さっきと同じく、凄まじい早さで私の目の前まで接近してきた。そして、また左拳を突き上げてきた――が、私はそれをバックステップで避ける。


 仮面男はさらに間合いを詰めて攻撃してくるが、右へ避ける。


 次々と攻撃を仕掛けてくるが、私はその全てを避けていく。


 

 避ける。避ける。避ける。



 仮面男は苛立っているのか、攻撃が荒くなってきた。


 私はその様子を見ながら、ほくそ笑む。


 なぜ私が、この仮面男の攻撃を全て避けれるのか……。


 それはアルが次の一手を予測して、ゴーグルのインターフェースで私に情報を流してくれてるからだ。


 相手の動きを学習し、シミュレーションして1番確率の高い攻撃予測をする。

 

 アルの予測は、ほぼ100%。


 今までほぼ間違ったことはない。まさにAIならではの機能だ。


 さっき、仮面男の攻撃を正面から受けていたのは、アルに攻撃パターンを覚えさせ、学習するためだ。


 そして、私の能力も少し発動させている。


 攻撃の軌道が予測できたら、相手が気付かないわずかな重力波で、軌道をずらしているのだ。こうすることで、私には確実に攻撃は当たらなくなる。


 そうこうしてる内に、仮面男の攻撃がどんとんと単調になってきた。


 

 そろそろ頃合いだな。


 

 アルの予測では、次は左の上段蹴りだ。


 予測どおり、左上段蹴りが来たのを見計らって、私は右回転しながらしゃがみ込み、足払いを仕掛ける。


 見事に足首辺りを捉え、仮面男は大きく体勢を崩し、倒れていく。


 私はそこで能力を発動。仮面男を無重力状態にし、自身はクラウチングスタートの体勢をとる。



「重力操作の使い方を教えてやるわ」



 アルが今度は攻撃予測ではなく、こちらが攻撃するのに推奨する位置を照準カーソルで示してくれる。

 私は陸上選手のように腰を上げ、スタートを切ったと同時に照準された箇所、腹部に掌底を打ち込む。


「ぐふっ!!」


 下から突き上げたので、仮面男の体は上空へと飛んでいった。


 後を追いかけるように私も上空へとジャンプ。


 相手を正面に据えると、空中で固定し、打撃、蹴りの連撃を容赦なく打ち込む。


 仮面男は、なす術がないのか防戦一方だ。


 まあ、私が完全に仮面男の動きを制御し、支配しているから当然だけどね。


 その後も私は連撃を繰り返し、締めくくりに仮面男の首筋にあびせ蹴りをくらわした。


 仮面男はクルクルと回転しながら、砂浜へと落下。

 砂浜の上でも落下衝撃が大きいのか、苦しみもがいている。


 私は仮面男のそばへ、ゆっくりと降下していき、見下ろす位置まで近づいた。

 そして、仮面男の赤い仮面の上に手を添える。


「重力操作の真骨頂を見せてあげる。あなたはどこまで耐えれるかな?」


「はあ、はあ、……やっ、やってみろ……よ」


 なかなか負けん気の強い男のようだ。


「じゃあ、いくよ」


 手の平から重力波を発動。圧力をあたえる。


「5G」


 仮面男を中心に周りの砂が舞い上がる。


「ぐっ!!」


 男の体が少し震える。

「へっ! こっ、この程度かよ!」


 へらず口を叩きやがって。


「当たり前よ。この程度で終わるわけないでしょ」


……いいだろう。一気にレベルを上げてやる。


「12G!」


「っっっっ!!!!」


 明らかに、さっきまでとは違う重力。あまりの違いに仮面男は声を出せない程だ。


「っっ、ぐっ! がっ!」


 ほお……。何か言いたそうだな。

 私はほんの少し、重力波を弱めた。


「何か言いたいようね」


 仮面男は私を睨みつけるような視線を向けた。


「はあ、はあ……。ぜっ、全然、効かねぇなぁ」


 …………。お望みどおり、さらにレベルを上げてやろうじゃないか。



「15G!!」


「っっっっっっ!!!!!!」



 仮面男の周りの砂が一気に固まった。

 さらに、仮面男の赤い仮面にヒビが入り、見事に割れた。


 素顔が露わになった男の顔は、精悍な顔立ちをしていた。苦悶の表情をしていたが、その目は死んではいなかった。

 それどころか、口角を上げて私を睨みつけてくる。


 

 こいつ……。




 私の中で、何かどす黒いものが湧き出た気がしたーー。




「――――よかろう。覚悟はできておるようだな」



(ん? イブキ様? 何をおっしゃって……)



「……では、存分に我が力を味わうが良い」



(?? 喋りかたがおかしい?)





「100G!!」





「イブキ様!! ダメです!!!!」


 

 私は気を失った。

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