第5話 疾風迅雷
轟音と共に金属の焼け焦げる臭いが、私の鼻を突く。
襲ってきたミサイルは、爆発と共に多くの金属片をばら撒きながら地上へと落下していった。
「イブキ様! お怪我はありませんか!?」
「……うん。なんとかね」
ミサイル着弾の瞬間、重力波を最大出力にして助かった。普段どおりにしていたら、どうなっていたか……想像もしたくない。
「上空から突然ミサイルが飛んできたけど、どういうことか分かる?」
「はい! 今、索敵してみましたがレーダーに引っかかりません。おそらく『ステルス戦闘機』でしょう」
「えっ? 戦闘機! まじっ!?」
私は周囲を見渡すが、それらしき物体は確認できない。
「ん? 戦闘機らしき物は見えないけど、ほんとにそうなの?」
「戦闘機も光学迷彩で、こちらから見えないようにしてますね。実は先ほどから軍のシステムに侵入して、戦闘機の透過を解除しようとしてるのですが、うまくいきません。やはり軍の最高機密だけにセキュリティが万全です」
アルが手間取るなんて珍しい。
ならば私のやり方で、相手の姿を捉えてみせる。
私は重力波を広範囲に広げた。これは攻撃を防ぐというよりかは、相手がどこに潜んでいるかを探る時に使う方法で、私を中心とした全方位約1kmが有効範囲だ。今は空中に浮いてるので、能力の配分の関係での範囲だが、地上ならもっと広げることも可能だ。
目を閉じて意識を集中していると、展開している重力波の範囲に入ってきた様々な気配を察知し始める。
そのほとんどが雲の存在だが、一つの塊が他の雲よりも早く流れている。時より旋回しているようにも感じる物体。
「アル! 発見したよ!」
「了解致しました!」
アルは私の『目の動き』から戦闘機の位置を把握する。そして、座標を確定させてからの解析は一瞬だった。
みるみるうちに戦闘機の機影がハッキリと見えてきた。
「解除できました!」
「よくやったわ!」
その戦闘機は真っ白で、素人目で見ても分かるような洗練された機体だった。
そして、きびすを返すように旋回させてから離れていった。
「ありゃ? 離れていくね。諦めてくれたのかな?」
「そうだといいんですが……」
しかし遠くの方で、キラリと何かが光ったように見えた時、嫌な予感がした。
「イブキ様! またミサイルです!」
アルがミサイルを拡大表示して、ゴーグルのインターフェースで見せてくれた。
「諦めてないじゃん!」
涙目になった私は、もう逃げることしか頭にない。
私はすぐさま、広範囲に広げていた重力波を元に戻し、こちらに向かってくるミサイルに手をかざす。私はミサイルの速度を落とし、完全に静止させてから広げていた手の平を一気に閉じると、ミサイルはくの字に曲がって爆発した。
「イブキ様! もうこれ以上相手を刺激してはいけません!」
「何言ってんの! これは正当防衛よ! 正当防衛!!」
戦闘機はまた私の方へと、ものすごいスピードで迫ってきていた。
だが、よく見ると新たに2機増えている。
「アル! 逃げるよ!」
「イブキ様! 相手は戦闘機です! 超音速ですぐに追いつかれますよ!」
アルはこんな時までもっともらしいことを言うから、時々腹が立つ。
「はあ!? 上等じゃない! 追いつけるもんなら追いついてみなさいよ!」
私は自身の中心に力を集め、腰を落として構えた。
ドンッ! と音を立てて、初速からトップスピードまで一気に加速させ音速を超える。
衝撃波が私を襲うが、重力波が壁となって守ってくれるので大丈夫だ。
チラッと後ろを見ると、当然だが戦闘機はついてきている。
「さあ、追いつけるかな?」
私はまず高度を上げるため上昇していく。空気の薄い高度は、空気抵抗が少なくてスピードを上げれるからだ。
私になぞるように3機の戦闘機もついてくる。
私はグングンと上昇していく。
途中で分厚い雲を突き抜け、衝撃波の影響でぽっかりと穴が開くと、その雲は露散して消し飛んだ。
目指すは高度1万メートル。そこで勝負だ。
「イブキ様、高度が高いので顔を全て覆います」
「いいよ」
流線型のヘルメットに変形していたアルは、私の顔を完全に覆い隠すために顔の側面部分を拡張し、保護してくれた。
振り返ると3機の戦闘機はまだついてきていた。
私との距離も詰めてきている。
編隊を組んで飛んでくるその動きは、常に訓練を積んできた彼らの自信をうかがえる。
私は前へ向き直り、一呼吸した。ゴーグルのインターフェースには高度1万メートルと表示された。
「いっくよー! アル!」
「はい……。くれぐれもお気をつけてください!」
更に加速させるために、前方に集中する。私が空を飛ぶときは前へ進むイメージではなく、むしろ重力操作で前方から自分を引っ張る。要するに引力のイメージだ。そして自分の体を無重力状態にすることも同時に行ってるので、なかなか難しい重力操作になってくる。
だが、私もあの戦闘機を操作してる彼らと同じく、自分に自信をもっているから負けるわけにはいかない。意味もなく襲ってきた奴らに、私を捕まえることなんて出来ないことを思い知らせてやる。
速度はマッハ3を計測。
私は更に加速させるため、私を守る重力波の形状を変化させていく。重力操作をしていても、やはり空気抵抗は無視できない。
重力波の先端を針の先のように尖らせ、限りなく空気抵抗をゼロに近づける。正直この重力操作は非常に難しい。重力操作の配分を少しでも間違えると、最悪私自身の体に荷重がかかり、押し潰されるだろう。
だが、そうならないようにアルがナビゲートしてくれている。ゴーグル越しにカーソルのマーカーをつけてくれ、私の行く先を示してくれる。
これのおかげで重力操作の支点、要するに私を引っ張る引力の支点をマーカーに合わせれば、進む軸がブレなくて済むようになるのだ。
速度はマッハ4を計測。
まだ3機の戦闘機はついてきているが、私との距離は変わってはいない。彼らも極限まで戦闘機の性能を引き出してるのだろうか? それともまだまだ余裕があるのか?
ここから先は私にとって未知の領域だが、更に重力波の先端を尖らせ引力を強める。
マッハ4.5。
視界がかなり狭まってきた。心臓の高鳴りが激しくなってきてるように思う。けれども速度は緩めない。そして、一瞬たりとも気を緩めることも許されない。
マッハ5。
とうとう私にとっての新記録だ。もう私の視界にはマーカーの小さな点しか見えない。だが、アルを信じてマーカーの示す方向へ只々進んでいく。
その時だった。
私の視界一杯に、突然夜空が広がった。
いや、夜空というよりかはこれは……。
……宇宙?
時間がゆっくりと流れる感覚といっていいのか、宇宙空間をふわふわと浮いている感じだ。
突然の出来事に戸惑う。
「アッ、アル、これってなんだと思う?」
私の問いかけにアルは答えてくれない。っていうよりか、私の頭部にいてるはずのアルがいない。
私は自分の頭を両手でさわりながら辺りを見回すが、どこにもアルはいなかった。
(私は今どうなってるの? ここは一体……)
360度どこを見ても宇宙のようなこの空間を不安な気持ちで見ていると、1ヶ所だけ何かの気配を感じた。
それは目に見えない高密度な物体が渦を巻いているようだった。
私は直感でそれに近づいてはいけないと感じ、離れようとしたのだが……。徐々に引っ張られていく。
私は重力操作で逃れようとするが能力が発動せず、どんどんと引き寄せられる。
(!! なぜ発動しないの!?)
必死にあがく。あれに取り込まれると終わりの予感がしてたまらない。けれど、私の意に反して勢いが収まらない。
(くそ! こんなとこで終わってたまるか!)
他に方法がないか必死に考えながらあがいていると、右手に違和感を感じた。
右手を顔の前に持って見てみると、ジグソーパズルのようにピースがはめられた模様に変化していた。
(なっ! なにこれっ!?)
次の瞬間、そのピースが1枚ずつ剥がれて得体の知れないあの渦に吸い込まれていく。
(うわぁ!!)
私は右手を押さえて、剥がれるのを止めようとするが止まらない。
(やめて! お願いだからやめて!!)
どうしようもないこの事態に私は懇願するしかなかった。
「私はまだ死ぬ訳にはいかないんだ! お父さん、お母さんを探さないといけないんだ!」
誰かに向かって叫んでも、ピースは剥がれていく。やがて両足、両手が消え、胴体も消えかかってきた。
(あぁ……だめか……)
涙があふれ、天を仰いだその時。
見慣れたマーカーの点が見えた。
「!! アルフレッド!!!!!」
そこだけが、暗闇の中で唯一明るくなっていた。
私は意識を集中する。すると、能力が発動した。
「いける!!」
無我夢中でマーカーの点を目指して加速する。右側の視界が消えていくが、諦めずに突き進む。
左側の視界も消えかけた瞬間。
真っ青な青空が目の前に飛び込んできた。
「イブキ様!! イブキ様!! 目を覚ましてください!! イブキ様ぁぁぁ!!」
耳元で騒ぐアル。どうやら意識が飛んでしまっていたようだ。
「……アル? 私は一体……」
「イブキ様!! よかった!! 意識が戻った!!」
大喜びのアル。
爽やかな風が私の頬を撫で、潮の匂いを感じた。
上空の青空を見上げるように飛行していた私は下を見ると、やはり海の上を飛んでいた。
「アル……一体どうなってたのか説明して」
それからアルは、事の顛末を説明してくれた。
超音速で飛行中に突然意識が無くなり、しばらく無意識の状態で飛行を続け、マッハ6まで到達したこと。
戦闘機は途中までついてきていたが、諦めて引き返していった。おそらく隣国の領空に入るのを恐れてだと思う。
その後、アルはひたすら私に呼びかけてくれたそうだが、全く意識が戻らなかったので、そろそろ電気ショックでも与えて覚まさせようとしてたらしい。
「……なるほど、分かったわ」
「意識が戻られて本当に良かったです……」
それにしてもかなり疲れた。どこかで一休みしたいところだ。
よく見ると、前方に島が見えてきた。
「あの島で一休みしよう」
「承知いたしました」
私はへとへとになりながら、島を目指すのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます