第4話 襲撃

 突然襲ってきた男は、更に私の体を壁に押しつけてくる。


「痛い、痛い!! ……ちょっと待ってよ! まず話しをしない?」


 それでも構わず、どんどんと力を込めて私の腕を締め上げようとしてくる。


 まったく話しを聞くそぶりもない。


 ……だがしかし、所詮はそこまでだ。

 

 なぜなら、少し能力を発動させている。どっちかと言えば男の方が焦っているようだ。


「くっ! なんだ!? 拘束できない!!」


 更に力を込めているようだが、今の私には無意味だ。

 自身の周りに重力波を展開し、相手の男に圧力をかける。男は徐々に押し出されながらも抵抗しているが、それももう限界のはずだ。


 相手の手が私の右腕から離れたと同時に、一気に重力波を展開する。


「はっ!」


「ぐあっ!」


 まるで磁石に引き寄せられるように、男の体は急速に宙を舞い、壁に激突した。


 すぐさま私は後ろを振り向いたが男の姿がない。


「あれ? いない?」


 触手のように伸ばした、私の重力波には男の存在は確認できるのに姿が見えない。


「?? どうなってんの?」

「イブキ様、どうやら相手は光学迷彩を着用してるようです」


 光学迷彩! あの周りの風景に同化して、自分の姿を隠す迷彩服のことか。初めて見るが、ほんとに姿が見えない。


 だが、どういう訳か相手の姿が徐々に見え始めた。


 全身黒ずくめで、体にフィットした服を着ている男がそこにいた。その体のラインを見るだけで、屈強な男だと分かるぐらい鍛えられているようだ。

 顔は仮面をかぶっていて人相は分からない。ただ髪形だけは見えていて、短髪の髪を立てていた。


「光学迷彩を着用してるということは……おそらく軍人でしょう。……しかも特殊部隊に属していると思われます」


「!! なんでこんなとこに軍人がいるの?」


 思いがけない相手にびっくりしてしまう。手際の良い動きだとは思っていたが……。でも、なぜ軍人がウェールズ宅にいてるのか不可解だな? 聞いてみるか……?


「あなたは何者? 軍の人間なの?」


「……」

 

 答える気はないか。ならば、ここには長居は無用か……。


「イブキ様。もう既に囲まれているようです」


「うん、分かってるよ。さっき重力波を展開した時に気づいたからね」


 私の重力波はソナーのように反射した物の形や距離を認識できるのだ。おかげで、この家に複数の人間がいることに気づいた。


 目の前の男も合わせると5人か……。


 2人ぐらいなら、なんとかなりそうだが5人は厳しい。私の能力もそこまで万能ではない。こうなったら残された選択肢は……。


「逃げるよ! アル!」

「承知致しました!」


 そんなやり取りを見ていた男が私達を見ている。仮面を被っていて表情は分からないが、何か言いたそうだ。


「逃げても無駄だぞ」


「へぇ〜、大した自信ね。あなた達が何者か知らないけど、理由もなく襲われるこっちの身にもなってほしいわ」


「チッ、もう気づいてたのか」


 どうやら私との会話を長引かせて、時間稼ぎをしようとしてたようだ。


「おあいにく様。私はそんな簡単には捕まらないわ。じゃあね〜♪」


 なんか私が泥棒みたいで納得がいかないが、早くこの場から去ろう。


 リビングから庭へ出る窓を開け、外へ出ると人の気配を感じる。だが姿が見えない。

 どうやら奴等も光学迷彩を着用してるようだ。今は重力波を更に拡大展開しているので、彼らは私に近づけないでいるが……。


「アル、奴等の姿を見えるようにはできないの?」


「おまかせください」


 アルがそう答えた数秒後には、彼らの姿が見え始めた。


「! なぜだ!!」

「おい! 勝手に光学迷彩が解除されたぞ!!」

「くそ! どうなってんだ!!」

「なんなんだ!?」


 見る見る内に、自分達の姿が露わになってしまって混乱している。私の前方に3人、後方の家側の屋根に1人が私の周りを囲む様に立っていた。


「アル、どうやって奴等の光学迷彩を解除したの?」


「簡単なことです。彼らの光学迷彩は通信タイプで、迷彩服から発信された彼らの座標軸を上空の軍事衛星が受信し、その情報を元に辺りの地形や風景を解析して服へと送信し、迷彩服の機能を制御していました。よって、その軍事衛星を乗っ取ってしまえば済む事です」


 ……聞かなきゃ良かった。ちんぷんかんぷんな事はスルーしておこう。


「なっ……なるほどね。よっ、良くやったわ、アル」


「フフ、容易いことです……」


 自身満々のアル。

 思わず胸を張って自慢してるアルを想像して、ほくそ笑んでしまう。


 姿が露わになった奴等をあらためて見ると、私を襲ってきた男と一緒で、全身黒ずくめで仮面を被っている。ただ、1つ違うのが仮面の色だ。

 白、赤、青、黄、緑の仮面だ。なんの意味があるのか分からないが、少し不気味だと思った。

 

 さて、そんなことよりも、これ以上ここには居られないのでとっとと逃げよう。

 

 私は自身の中心から更に重力波を強めていく。ただ範囲を広げるのではなく、まるでバネのように伸ばして、弾性エネルギーを蓄積するようにだ。


 次第に私を中心に地面が揺れだし、家の外壁や庭に生えてる草木などが震えだしてきた。 

 黒ずくめの奴等も強力なGを受けて苦しいはずだ。私が初めて能力に目覚めた時と同じく、巨人の手で押されてるようにね。


 半径10メートルの範囲に展開した重力波の影響で、家の外壁がメキメキと鳴り出した。


 いい頃合いだと思った私は、ここで力を止める。


「それじゃあ、私はこれで失礼させてもらうわ」


 男達は私を逃がすまいと、必死に抵抗しているが無理だ。私の重力波を受けて動けた奴なんていないんだから。


 私は腰を落として迫りくる衝撃に備える。そして、荷重をかけていた重力波の両極を一気に解放した。


 戻ろうとする弾性エネルギーを利用し、私は一気に上空へと飛んだ。


 視界は一瞬にして空となり、幾重もの雲を突き抜けていく。

 

 ゴーグル越しに見える速度計は、約500km付近を示していたが、私はもっと加速させようと能力をフル回転させていった。


 上空5000m付近に到達したところで減速し、のんびり飛行に切り替えた。




「ふぅ〜、えらい目にあったわ」

 

 仰向けで寝転がるように空を眺めた。


「奴等が何者かは気になるところですね。今から調べてみます」


「うん。頼むね」


(奴等はあの家で一体何をしていたんだろう?) 

 

 私は襲ってきた男達のことを考えていた。

 私と同じ目的でウェールズを探していたのだろうか……。

 もしそうだとしても、急に襲ってきた連中だ。ただの人探しで終われそうにはないな。依頼を受けてすぐだけど、これは断った方が良さそうだ。


 そんなことを考えながら上空を眺めていると、何か光る物が見えた。


「――ん? なんだあれは……?」


 よく目を凝らし見ると、それは私の方へと近づいてきてるようだ。


「アル? あれは何かわかる?」


「……はい? なんでしょうか?」


 検索に集中していたのか、ワンテンポ遅い返事だった。


「ほら、あれ、なんかこっちへ向かってきてるんだけど……」


 それはものすごいスピードで、どんどんと近づいてきてる。

 

 アルは索敵モードに切り替えたのか、ゴーグルのインターフェースにその物体をサーチし、拡大して見せてくれた。



「「……んん?」」



 私とアルが、ほぼ同時に唸る。


 それは流線型の物体で、後方から爆煙を上げて突進してくる。



「ミサイルじゃん!!」

「イブキ様ーー! 回避をーーーー!!」



 もう目の前までミサイルがきていた。

 あっ! 間に合わない! っと思った瞬間、ミサイルが直撃し、閃光と爆音を轟かせた。







「ヴァン! 大丈夫か?」

 

 ヴァンと呼ばれた男はどれくらいの間気を失っていたのか、仲間の呼び掛けにようやく気づき、頭を押さえながら立ち上がった。


「あぁ……、大丈夫だ」


 ヴァンが倒れていたリビング内の家具は、イブキの重力波の影響で散乱し、ガラスの破片なども散らばっていた。


 ヴァンは目頭を押さえながら仲間に問いかける。


「すまない、今の状況を教えてくれ」


「あぁ、先ほど大佐に現状報告をしたんだが、空戦部隊を向かわせると言っていたぞ」


 ヴァンは信じられないといった様子で、目頭を押さえた指の隙間から睨みつける。


「あの少女を空戦部隊に任せるなんて、一体何を考えてるんだ? 対人戦に空戦部隊を当たらせるなんて、聞いたこともないぞ」


やれやれ、といった感じで首を左右に振るヴァン。


「……それで、俺たちにはなんと?」


「……現場を直ちに離脱し、命令があるまで待機せよとの事だ」


 そう答えたヴァンの仲間は悔しい表情で、握り拳をつくっていた。

 

 ヴァンは無理もないと思った。

 陸戦部隊では最強を誇る5人が、あの少女の前では何もできずに完封されたのだから……。

 挙句の果てには逃げられてしまっている。


 「分かった。速やかにここを撤退しよう。ところで光学迷彩は機能しているか?」


 部隊のメンバー達がそれぞれ服をチェックしていくと、1人、また1人と姿が見えなくなっていった。


 ヴァンも光学迷彩の機能が回復してるかチェックをしてみるが起動しない。


「チッ、俺のはダメだな。……仕方ない、このままじゃ怪しまれるし、この家にある服を借りて一般人を装うしかないか」


 ヴァンは、被っている赤い仮面を外した。その顔は端正な顔だちで、どの部位も綺麗に整っていた。目は綺麗なブルーアイだが、少し黄色が混ざっている。


「では後ほど合流しよう」

 姿が見えなくなっている仲間に向けて話しかけたヴァンは、2階へ服を探しにいった。


「あぁ、先に行ってる」

 そう答えたヴァンの仲間は、顔と右手の部分だけを見せて手を振った。そして、再び姿が見えなくなり、集合場所へと向かっていった。


 ヴァンは2階へと上がり、しばらく服を探していたが、やがてその手を止めた。


「もうそろそろいいかな?」


 仲間達が出払ったのを見計らって、1階へと降りてきた。


「みんな、悪いな。……これも任務だ」


 そう言ったと同時に、ヴァンの姿が消えて見えなくなった。

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