第3話 邂逅

 一体これは何だろう? 透明ケースから取り出し、触ってみると背面にあたる所を触った瞬間、一部分が点滅し始めた。


「わわっ! 何か押しちゃった!?」

 

 ピッ! という電子音が鳴り、二眼レンズが白く点灯すると、人間の黒目のように黒点が浮かび上がってきた。やがて、私と目が合うと……。


「はじめまして! 私は『自立型移動端末アルフレッド』と申します! どうぞ、お見知り置きの程よろしくお願い申し上げます!」


「しゃっ! 喋った!!」

 

 私は思わずその球体を放り投げ、尻餅をついてしまった。

 球体はぴょんぴょんと飛び跳ねながら地面に着地した。

 

「イブキ様でございますね! 初めてお会いできた事を至極光栄に思います!」


 少年のような愛くるしい声だが、かしこまった口調とのギャップを感じてしまう。


「えっ! 何で私のことを知ってるの!?」


「私はイブキ様のご両親に『創造』していただいたAIです。イブキ様のことは、ご両親から伺っていましたし、イブキ様にお仕え申し上げる事をプログラムされていますので当然のことであります。」

 

 当たり前だと言わんばかりに、このAIは宣言している。


「お父さんとお母さんが私に……」


 堰を切ったように、胸の奥で詰まっていた想いが一気に噴き出した。

 目から溢れ出た涙は、拭うことが出来ないほど流れ、嗚咽した私は泣き叫んだ。

 

 なぜお父さん、お母さんは突然いなくなったの!

 急に訳の分からない能力が身に付いて、誰にも相談できないし……。

 なぜ私がこんな目に合わないといけないの!!

 

 誰も答えてはくれなかった。


 泣き叫んでいる私を見ながら、このAIはしばらく一言も喋らなかった。




 

 落ち着いてきた私は、顔を上げてAIを見た。


「落ち着いたようですね、イブキ様」


「……うん」


「ご安心ください。これからは私がどこまでも付き従いますので、何なりと仰ってください」


「……ありがと」

 このAIって感情があるのかな……?


 しばらくの間、AIと会話をしていると色々なことが分かってきた。

 両親が私のために、このAI『アルフレッド』を製作したこと。私の身の回りの世話ができるように、私の様々な情報がインプットされていることも……。


 なんかまるで……自分達がいなくなることを想定してるようで、少し悲しくなる。


「なるほど……。大体は分かったわ。じゃあ、まずあなたの名前はアルフレッドだったね?」


「はい! そのとおりでございます!」


「名前が長くて呼びにくいから、『アル』って呼ぶことにするからいいわね!」


「はっ! はい! 承知致しました!」

 

 なんだ? 今の間は……。


「あと、早速だけど一つ調べて欲しいことがあるの」


「はい! なんなりと仰ってください」

 私は遠慮なく指示を出した。


「お父さん、お母さんがどこにいるか探して?」


「承知致しました!」


 私は、アルに一縷の望みをかけてみた。

 ネットワーク上を駆け抜けているアル。さっき話した内容だと、あらゆるセキュリティを潜り抜けれるそうだ。いわゆるハッキングってやつ?

 その気になれば、一つの国の防衛システムも乗っ取れる! って言ってたけど、私の両親はなんて物を作ったんだとツッコミをいれたくなる。


「イブキ様、終わりました」


「! おっ、終わった? で、どうなの?」


 ドキドキしながら、回答を待つ。


「あいにくご両親の痕跡が分かる情報は見つかりませんでした」


「……そお。やっぱり分からないか」

 難しいだろうなと思っていたけど、やっぱり悔しさは拭えなかった。


「ただ、少し気になることがあります」


「ん! どうゆうこと!?」


 どんな些細なことでもいい。手掛かりになるのなら、どんな情報でも欲しいのが現状だ。


「ご両親のことを調べれば調べるほど、制限がかけられているように感じられます。それも意図的にです」


「意図的に?」


「はい。秘匿されている可能性が高いです。ご両親のことが掲載されている記事や写真などが所々削除されてたり、ブロックがかけられたりしていて、まるで存在自体を消そうとしているような気がします」

 

 存在を消す? そこに一体なんの目的があるんだ?仮にそうだとしても一体誰がそんなことを……。


「分かったわ。とにかくその事についてはじっくりと調べる必要があるから、また今度にしましょう」

 

 正直少し疲れた。アルフレッドというAIと出会ったことだけでも驚きなのに、自分の両親が良からぬ陰謀に巻き込まれてる可能性なんて聞かされたら、思考が追いつかない。


「あともう一つだけよろしいでしょうか?」


「えっ! まだあるの?」


「は、はい! イブキ様の能力についてなんですが……」

 私の能力のことか。とりあえず聞いておくだけ聞いておこうか。


「なにが分かったの?」


「北の大陸に隕石が落下したことがあるのですが、その調査団にご両親が参加されてます」


「へぇー、そうだったんだ。初めて聞くよ」

 

 何の研究に携わってたのかは知らないけど、そんなこともしてたんだ。


「隕石ということは、我々の住む星には存在しない成分や微生物、もしくはウィルスなども隕石内に含まれてるかもしれません。人間にとって害になる物がないかの調査をするために調査団が結成され、ご両親が選出されたようです」


「なるほど……。それは分かるんだけど、その事と私の能力になんの関係があるの?」


「はっきりとした因果関係は証明できませんが、その調査団が派遣されたのが17年前です。ご両親が結婚された年でもありますが、お母様がイブキ様を妊娠された年でもあるのです」


「まあ、そのタイミングならそうなるよね。……って、だからどういうことなの!?」

 

 アルがなにを言わんとしてるか良く分からなかったので、ついつい声を荒げてしまった。


「同じタイミングということは、その隕石とイブキ様の能力が関係しているかもしれないということです!」


「!!!!」


 隕石と私が!? 何を根拠にこのAIは言い出すんだ?


「いや、いくらなんでも……それはないでしょ」


「ご両親は17年前の隕石落下事件の調査と研究を今だに続けていました。あくまで可能性ではありますが、まずはその辺りから調べてみるのが良いかと思うのです」


「ん〜、可能性ねぇ」


 研究者なんだから、当たり前だとは思うんだけど……。


「まあ、そこも含めてまた考えましょう」


 私は話しを一旦切り上げたかったので、強引に終わらせた。


 


 この出会い以降、アルとは常に行動を共にすることになる。


 勉学はもちろんのこと、社会の成り立ちから現代の仕組み、護身術などあらゆる分野のことをアルから学んだ。


 やがて私は両親のこと、自分に備わった能力のことを調べるにはやはり資金が必要だと判断した。

 

 担任の先生を説得して、すぐに仕事斡旋企業『ギルド』にフリーランス登録し、学校帰りや休日を利用して働きはじめた。

 

 ギルドの社長は最初、私の能力を見て度肝を抜いていたが、逆に宣伝になると思ったのか大歓迎で迎えてくれた。世間も驚く大ニュースになると予想はしてたので、自分の正体は隠してもらうことにした。

 

 予想通り、働き始めた当初は異質な者を見る目が多く、人々の反応を気にしていたけれど、逆に目立つほうが両親が気づいてくれるかもしれないし、両親のことを知る人が現れるかもしれない。

 

 そんな風に思い始めたら、まったく気にならなくなっていた。ましてや、ギルドの広告塔になってれば、ギャラも貰えるしね。


 そうして私はフリーランスとして、多くの案件をこなし、少しずつ成長していったのだ。





「イブキ様? どうされました?」


「ん? あぁ、ちょっと昔のことを思い出してたんだ」


 アルの呼びかけで我に帰った私は、思考を元に戻す。


「どうも自宅には手掛かりはなさそうだね」


「はい。ですがホームセキュリティが解除されていたのはなぜなんでしょう?」


 言われてみればそうだ。宅内に人の気配がない場合、自動ロックがかかるのがデフォルトの筈だからな。


「ロックが解除されてどれくらい経ってるの?」


「30分ほど前です」


 相変わらず答えが早い。……ってゆうか20分前?


「30分前って、ついさっきじゃない」


 私達がここへ着く前に住人が出かけたのか?

 鍵もかけずに……?


 次の瞬間! 背中を押される衝撃と同時に右手を掴まれ、そのまま壁に押しつけられる!


「――っ! 誰だ!!」


「命が惜しかったら、おとなしくしろ!」


 野太い男の声が耳元で聞こえ、腕が折れそうになるくらい手首を捻られる。

 

 そして壁に押しつけられながら、私は拘束されようとしていた。

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