第2話 アルフレッド

 ウェールズの自宅にやってきた。

 そこは、都心部より少し離れた閑静な住宅地にあり、昼下がりということもあってか人通りは少なかった。


「あの赤い屋根の家がウェールズの自宅です」

 

 アルが示した家は、赤い屋根以外に特徴的な外観はなく、ごく一般的な2階建ての家だった。上空からゆっくりと下降しながら、家の玄関前に降り立った。

 

 門扉のすぐ横が駐車場になっているが、車は停まっていない。ただ、ピンク色の小さな自転車が置いてあるだけだった。どうやら小さな女の子がいるようだ。

 

 家のチャイムを鳴らし、しばらく待ってみるが反応はない。

「……誰もいてない?」とは言いつつも、門扉を開けて玄関のドアノブを回してみると……。

 

 カチャッ。


「開いてるじゃない」


ゆっくりとドアを開け、中を覗いてみる。


「ごめんくださーい」

 

 …………反応は無い。


「お邪魔しますよー」

「イブキ様! 勝手に入ってはダメですよ!」

「大丈夫、大丈夫」

 アルの静止を無視して、ニコニコしながら中へと入っていく。


 廊下を奥へ進むと、そこはリビングだった。室内はきれいに整頓されていて、掃除が行き届いているのが良く分かる。リビングの中央あたりに、膝の高さぐらいのテーブルがあり、それを囲むようにソファーが置かれていた。

 

 リビングに入ると左手がキッチンになっていて、カウンターにはホログラムで投影された写真が並べられている。写真にはウェールズと女性、女の子の三人が写っているが、おそらく奥さんと子供だろう。

 

 私は思わず、自分の家族の事を思い出していた。


 ウェールズと同じく、私の両親も科学者で、その分野では名の知れた二人だった。非常に仲の良い両親で、私にとって誇りであり、何より深く愛してくれていた。

 

 幸せな毎日だった。


 けれど……。あの日を境にその幸せは――


「うっ!」

 ピシッとガラスにヒビが入るような、鋭利な痛みが頭の中を走る。

 

 いつもこうだ。昔のことを、特に『あの日』のことを思い出すと必ず頭痛が起きる。一体何があったのか。何故、私にはこの『能力』が発現したのか……。


 ある日突然、両親がいなくなってしまった。当時16歳の私を置いて行方が分からなくなったのだ。

 両親がいなくなった日、いつものように自分の部屋で眠りについたのだが、目覚めるとなぜか自宅にある研究室にいた。




 

(あれ? なんでこんなところで寝てるんだろ?)

 

 研究室は台風でも通ったかのように、研究用機材や紙類などが散乱していた。研究室にある、手術台のような寝台で寝ていた私は起き上がろうとすると、なぜか体が重たくて思うように動かせない。それに頭痛もするし、風邪でもひいたのだろうか?

 

 ようやく体を起こし立ち上がろうとすると、とてつもなく体が重たくて、うまく立ち上がれない。


「めちゃくちゃ体が重たい……」


 一歩、二歩と何とか歩けたが、まるで強力な引力に引っ張られてるようだ。次第に立っていることが辛くなり、床に横たわってしまう。


「これは……きつい!!」


 大きな巨人の手で押し潰されてるような圧迫感を感じ、耐えられなくなった私は思わず叫んでしまった。


「もうやめてー!!」


 その瞬間! 圧迫感が無くなり、体が軽くなった! そのかわり今度は体が浮き始めた!


「!? なっ! なんなのこれ! 体が浮いた!!」


 私は訳が分からなくなり、しばらくバタバタと空中でもがいていた。

 そのうちコツを掴んだのか、じっと静止できるようになり、落ち着きを取り戻してきた。


 これは、この部屋がおかしいんだろうと思ったが、室内にある道具、紙類が押し潰されたり、浮いたりしてないのに気づくと、ふと思った。


「これって……私が浮いてる?」


 しばらく考え込む。


 自分の意思で浮いているのなら、元に戻すのも出来るかもしれない。そう思った私は心に念じてみる。


(元に戻れ!)


 すると、ゆっくりと重力を感じ始めて、床に足が着くと普段通りに立つことができた。


「やった! 元に戻れた!」


 ようやく普通に歩けるようになった私は、研究室を出た。家の中は真っ暗で誰もいないようだ。部屋の電気を点けようと、ホームセキュリティシステムに呼びかけても応答がない。


「停電?」

 窓から外を見ると、他の家も電気が点いていなかった。どうやらこの辺り一帯が停電のようだ。


 自分の部屋に戻ると、自室にあるイヤホン型の携帯端末から両親に電話をかけてみる。

 ホログラムで呼び出し中画面が表示されるが、圏外で繋がらないと表示された。


「電話が繋がらない……どこにいるんだろう?」


 不安に押し潰されたそうになりながら、両親が帰ってくるのを待つことにした私はベッドに横たわった。 

 まだ頭痛が治らず、しばらく目を閉じていたが、眠気が襲ってきたので私はそのまま身を任せることにした。目覚めた時には、いつものようにお母さんが起こしに来てくれると思いつつ……。



 目が覚めると時間はもう昼を過ぎてしまっていた。


「寝過ぎちゃった……」


 起こされてないということは、お母さんはまだ帰ってきてないのかな? それに学校も無断欠席してしまった……。

 私は自室を出て、二階からの階段を降りると一階はシーンと静まり返っていた。


「おかしい。一体どこへ行ったんだろう……」


 携帯端末から電話をかけてみるけど、今も圏外で繋がらない。

 私は益々不安になり、涙が出そうになったが堪えた。

 昨晩から様々な可能性を想像していた。そのどれもがネガティブなことばかりだったから、涙を流すことはそれを認めてしまうようで嫌だった。

 

 それからはメールを送信したり、何度も電話をかけたりしたが結果は一緒だった。そうしている内に夕方になり、途方に暮れていると家のチャイムが鳴った。


「帰ってきた!?」


 私は急いで玄関まで行き、ドアを開けるとそこには女性が立っていた。


「あっ、イブキさん? 今日は無断欠席だったから気になって見にきたのよ」

「先生……」

 学校の担任の先生だった。私は先生の顔を見た瞬間、感情を抑えることが出来ず、その場で泣き崩れてしまった。


 その後は先生に事情を話し、警察に通報してくれたり、私を一旦引き取ったりもしてくれた。


 程なくして警察や両親の職場の人たちの協力も得て捜索をしたが、有力な情報を得ることが出来ず1ヶ月が過ぎた。


 引き取り手のなかった私を、担任の先生がなんと学校を卒業するまでの2年余りの面倒を見てくれることになったのだ。幸いにも、両親の資産がそれなりにあったので学費等の心配はなかったが、さすがに生活費を捻出する程は無かった。

 

 私は、生活費はバイトをして何とかしようと思っていたけど、先生は「そんなこと気にしなくていいの! 先生が生徒を働かせてどうするのよ」と言って断られた。

 

 それからは先生の家に居候することにはなったが、毎日学校帰りには実家の様子を見て、両親が帰ってきてないかの確認は怠らなかった。そして、自分に発現したあの『能力』に関しても調べていった。

 

 しかし、学生が調べられる範囲なんてたかが知れたものだから、何も分からなかった。なによりも1番辛かったのは、両親がいなくなった日のことを思い出すと激しい頭痛が起きることだった。

 

 まるでプロテクトがかかったかのように、記憶を抑制された原因を調べるため、数多くの病院で検査をしたが結果は原因不明だった。

 

 やがて私は絶望感に苛まれ、抜け道のない長いトンネルを彷徨っていた。

 

 そんなある日、自宅にある研究室を整理していると、偶然にも地下室に繋がる階段を見つけた。


(こんな地下室があったなんて……)


 恐る恐る階段を降りると、そこには透明のケースに大事に飾られてる物があった。

 丸い物体のようだけど……。

 ケースの前にプレートが貼られている。そこには、こう書かれていた。


「アル……フレッド?」


 アルとの初めての出会いだった。

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