鉄壁の少女 イブキ

taizo

第1話 依頼

 やわらかな陽光を浴びながら、私はこの街一番の超高層ビルの屋上で少し遅めの昼食をとっていた。

 

 サンドイッチを頬ばりながら、『アル』から投影されるホログラム映像のニュース番組を見ていた。

 

『アル』とは、私の相棒でAIを搭載した『自立型移動端末 アルフレッド』のことだ。

 外観はソフトボール大の球体に、二眼レンズで白と黒のツートンカラーの筐体になっている。その中身は様々な機能を搭載していて、ホログラム映像もそのひとつだ。

 

 映像から流れるニュース番組には、最近話題になっている原因不明の事件を特集していた。

 突然建物が壊れたり、地響きがしたり、ある目撃者の証言では『黒くて大きな物体』を見ただの、決まってそれは真夜中に起きているらしい。訳がわからねぇと思いつつ、超常現象のたぐいかな? と思っているとアルから突然コールが鳴り響いた。


「イブキ様、社長からですが出ますか? 昼食中だとお断りしましょうか?」


 アルの問いに少し考えるが、こっちからかけ直すのが面倒なので「仕方ないなぁ、繋いで」と告げた。


「かしこまりました」

 

 アルがそう答えると綺麗な女子アナの映像が消えて、サングラスをかけ髭をたくわえた、むさくるしいおっさんに変わった。


「よぉイブキ、調子はどうだ?」

 

 いつもと変わらない出だしの言葉。けれど、微妙な声のトーンで大体わかるんだよねぇ。なんか厄介な話をもってきたんじゃないかと。


 この社長は、様々な仕事を斡旋する企業『ギルド』の社長だ。この企業に登録しているフリーランス達に様々な案件を提供している。

私もそのフリーランスの一人だ。


「調子は上々だけど、誰かさんのおかげで気分が悪くなったわ」

 

 私の皮肉な言葉に、社長はニカッと歯を見せながら「いやぁ、悪いね~。けど、いい話しを持ってきたから機嫌なおしてくれや」


よけいに気分が悪くなってきた。


「手短にいきましょうか。で、話ってなんですか?」

 

 この社長との会話は長引かせたくない。放っておくと何を言いだすか分からないから。

 

 社長は苦笑しながら、手元にある書類に目をやる。

「おまえに仕事の依頼がきてる」

「えっ? 私に仕事の依頼……? ご指名ってこと?」

 指名を受けるなんてめずらしいことだ。通常はフリーランス側が多くの案件の中から自分で選び、受注をするのがセオリーなんだが……。


「そうだ。で、その案件の内容っていうのがだな……人探しだ!」


 えっ? 人探し⁉︎


「人探しなんて時間のかかる仕事は嫌よ! もっと手早く稼げる仕事しか私は受けないわ!」

 

 以前に受けたことがあるけど、あれは散々だった。結局見つけることが出来ずで、報酬も何もなかったんだから……。


「まあまあ、話しは最後まで聞けよ。この案件は一週間限定で、しかも相手が見つからなかっても報酬は出るんだ!」

「なにそれ! マジで言ってんの!?」

 そんな条件の良い案件なんて無いし、しかも私に指名をしてくるなんて一体どんな奴だ?


「報酬は?」

「ざっとこんなもんだ」 

 

 アルからメール着信を知らせるホログラムが表示された。私はそれをタップし、メールに添付されている見積書を確認した。


「……ちょっ! マジでこの額⁉︎」

 私にとって破格の額で、ちょうど自分が稼ぐ1ヶ月の3倍だった。それをたった一週間、しかも相手が見つからなくても受けとれる……。


 う〜ん。正直怪しすぎる。なにかリスクの伴う案件なんだろうとは思うがしかし……。指名してきた相手が気になるところだが……。


「さあ、どうするイブキ? 受けるよな?」


 迷ってる私に社長はたたみかけてくる。社長からしたら、うまい儲け話だから受けたい案件なんだろう。一体何%の利益を乗せてるのやら……。

 

 ……やれやれ。胡散臭い話しだが、金は必要だ。最大限の警戒をして望めば大丈夫だろう。今までそうやってきたんだし、今回も同じことだ。

「わかったわ! この案件、受けようじゃない!」

「おっ! さっすがだね~、イブキちゃん!」

 

気持ちわる! ほんと、この社長は肌に合わない。


「ただし! ちょっとでも危険な目にあったら即キャンセルさせてもらうから、そのつ・も・り・で!」

 社長は何か言おうとしたが、それをさえぎるように通話を切ってやった。


 ――さて、改めて依頼内容を確認してみる。メールに添付されていた資料データに、探し人に関する情報がまとめられていた。


「ある企業の開発責任者? 『ウェールズ』っていう人か……」

 

 バイオテクノロジー関連の開発企業のようだ。顔写真には無表情で撮られた、いかにも科学者のようなメガネをかけた真面目そうな人だ。すこし頬がこけて、やつれた感じの男が写っていた。年齢は42才か……。

 

 あるプロジェクトの責任者だったがある日突然、機密事項にあたる重要文書を保存した記録データを会社から持ち出し、行方をくらましたようだ。

 一体何の目的でそんな事を……。


「アル、この資料を元にネットに検索をかけてみて。場合によっては、ハッキングもOKよ」

「承知しました」

 アルは早速ネットにアクセスし、解析をはじめた。


 スッと立ち上がった私は、肩までおろしていたお気に入りの黒髪をうしろに束ね、ヘアゴムで結んだ。お母さんと同じこの黒髪を私はすごく気に入っていて、サラサラのお母さんの黒髪をよく触っては、うらやましいなと思っていた。


「私の娘だもん。そのうち、あなたも私とおなじ髪質になるわ」

 

 お母さんの言ってたとおり、少しずつ似てきた。


 食べかけのサンドイッチを頬ばりながら、上半身だけ脱ぎ下ろしていたライダースーツを着用する。白と黒のツートンカラーのデザインで結構気に入っているが、体の線がはっきり見えるのがちょっと恥ずかしいけど、仕方がないんだよな……。


 私はビルの屋上の端まで進むと真下を眺める。

 

 吸い込まれそうなぐらい高い、超高層ビルの隙間から吹き上がるビル風を感じながら深呼吸をした。


「アル、おいで!」

 

 アルは私に引き寄せられるように飛んでくる。

 ……っていうよりかは、正確にはわたしが引き寄せてるんだけどね。

 

 アルを両手で抱えると、球体だった筐体はみるみると『液体状』に変化をし、ゴーグル付きの流線型のヘルメットに変形した。

 私はアルをかぶると、ゴーグルのレンズを通して見えるインターフェースの情報を確認する。

 ナビゲーションアプリが既に起動しており、目的地が設定されていた。


「あいかわらず早いね。……とりあえずここに行けってこと?」

 ホログラム化された目的地の3D画像を指でグルグルと動かして見る。誰かの家みたいだけど……。


「左様でございます。ウェールズ氏の自宅になります。」

 なるほど……。一番身近なところから探せってことね。


「……わかったわ。じゃあ、行こっか!」

 

 私はビルの屋上から、バンジージャンプをするように棒立ちのまま身体を傾け、宙に舞う。

 

 知らない人が見たら、自殺者に見えるんでしょうね……。

 そんなことを考えながら、私の身体はとてつもない勢いで引力に引っ張られ加速する。

 やがて黒い大きな弾丸のように加速した私は、意識を全身にむけると、ある変化が起きる。

 

 落ちていく速度が徐々にゆるやかになっていき、やがて完全に空中で静止する。

 地面側に向いていた全身をゆっくりと180度回転し、今度は上空へめがけて一気に加速させていく。

 

 私は遠慮なくグングン加速すると、ゴーグル越しに見える速度計は時速1000Km付近まで到達していた。


 鈍色の分厚い雲へ突入し、一気に突き抜けると眼下に雲海が広がっていた。突き抜けたと同時に、力を抜いた私の身体は放物線を描いて徐々に落下していく。


「この瞬間がたまらなく大好き!」

 私が一人歓喜してると、アルがあきれたように呟いた。


「……イブキ様、あまりはしゃぎ過ぎますと、また暴走してしまうのでお気をつけ下さい。」

「わかってるわよ。まだ半分ぐらいだから大丈夫!」

 やれやれ、といった感じのアル。


 ある日突然、私に奇妙な『能力』が発現した。


『重力』を自由自在に操作できる能力だ。この能力のおかげで、私は空を自由自在に飛べるようになったのだ。


「じゃあ、目的地へ向かうわよ!」

 

 私はこうして依頼を開始したのだった。


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