戦争の国〔グルセア帝国〕

 戦争の国と呼ばれる〔グルセア帝国〕は、その呼び名の通り戦争に強く、戦争によって築かれた国である。

 代々ベニーゼル家の嫡男が皇帝として治めて来たが、今代で大きな問題が起こった。

 それは、先代皇帝が男児を産む前にこの世を去ったことだ。唯一いた娘は当時まだ幼く、女皇帝とする事もできなかった。

 国を治める者が、実質居なくなってしまったのだ。

 それから十年。娘は二十歳を超え、一人の男の一声で女皇帝として君臨した。

 名はヴィーリア・カラ・ベニーゼル。悪魔の血を薄く引いたドワーフだ。

「ヴィーリア様、ご報告致します」

 人間の兵士が玉座の前で膝をつく。

「隣国ケンリのヘンゼル・ベルロード王子が、国境付近に巣を作っていた地龍を討伐しました」

「地龍?」

 玉座には座らず、その後ろにある個室で兵士の報告を聞くヴィーリア。個室はカーテン一枚で仕切られており、声はよく聞こえる。

「はい。三十名程の兵士を引き連れて討伐に赴いたものの苦戦。その後現れたドワーフの援護により、討伐を果たした。との事です」

 兵士がここまで詳しく状況を知っているのは、帝国は国境付近にいくつもの見張りを配置しているからである。

「へえ。ドワーフが援護したのね。少し誇らしいわ」

 ヴィーリアの透き通った声が、兵士の胸を打つ。

「とどめを刺したのは誰? 王子? ドワーフ?」

「ヘンゼル王子です」

 個室で誰にも見られる事無く、ヴィーリアは人差し指を軽く舐めた。

「ふふ。素敵ね王子様」

「は、はい。……自分も、今後精進し――」

「欲しいわ」

「……え?」

 ヴィーリアの言葉に、兵士は戸惑った。

「欲しいわ。信仰の国の王子様」

「……それでは、使いを送りお見合いの交渉を」

「奪い取りたい」

 その言葉に、兵士は再び戸惑う。

「王子様を、国ごと奪い取りたい」

「しかし、ケンリ国とは停戦協定を結んでおりまして」

「そんなの関係ないわ。私が結んだ協定じゃないもの。疲れたお父様が酒の勢いで結んでしまった失態よ」

「しかし、現に協定が」

「勝てばいいじゃない」

 兵士はもはや戸惑いから平常に戻れないでいた。

「勝ってしまえばルールなんて無かった事にできる。それが戦争では無くって?」

 ヴィーリアはカーテンを開け、兵士に命令を告げた。

「ここに全兵士を呼びなさい!」

 服が乱れたままのヴィーリアの姿に、兵士は更に戸惑う。

「ケンリを奪い取るわ! 戦争を始めましょう!」

 そしてここに、世界史上特に最低な原因で、戦争が始まろうとしていた。

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