お菓子の王女

 ケンリ国王女のグレーテル・ベルロードは、幼い頃から双子の兄であるヘンゼルをしたって来た。

 幼い兄妹きょうだいにはよくある事だが、「おおきくなったら、おにいちゃんとけっこんする!」を実際に言ったこともある。

 そんなグレーテルは今。

「なんですの? あのよそ者は!」

 非常に怒っていた。

 その相手はドワーフの少女ミナカミ・レイナ。グレーテルはヘンゼルとレイナが前世で友人だった事を知るはずもなく、突然現れては兄に馴れ馴れしくする女に人生最大級の怒りを覚えていた。

「お兄様は私のお兄様ですのに! あの女は田舎ドワーフの分際で!」

 その怒りをぶつけられていたのは、最近就任したばかりの獣人メイド。他種族を差別する事が多いグレーテルだが、獣人はお気に入りという事でグレーテル専属のメイドにされた。

 それが決まったとき、ヘンゼルの執事の一人であるウィリアム氏は一言だけ、こう語った。

「可哀想に」

 さて、ただひたすらに他人の愚痴を聞かされるメイドだったが。

「猫ちゃん、お菓子もって来てくれない?」

「はい! かしこまりました!」

 それ以外では優しいご主人様にご執心であった。

「あの子は可愛いわね。どっかのドワーフとは違って」

「おう。どっかのドワーフってのはどこのドワーフかな?」

 メイドと入れ違いで部屋に入ってきたドワーフの少女、レイナに呟きを聞かれてしまったようだ。

「あ、あなた! なんで私のお部屋にいらっしゃるんですの!?」

「なんでって。いいじゃねえか、女の子同士、さ」

 とは言ったものの、レイナは前世でおっさんだった。つまり、レイナはおっさんである。

「ドワーフなんかと仲良く出来ませんわ。それにあなた、品がありませんもの」

「おっと。陰口かげぐち言ってるお姫様には言われたくないなあ」

「き、聞いてましたの!?」

 グレーテルは今更になって、自分の行動を恥じた。

「別に良いけどさあ。どうせ本人に言わないんなら、いい事話そうぜ」

「いい事、ですの?」

「そうそう。陽口ひなたぐちって言うんだけどな。本人のいない所で褒めるんだよ。ヘンゼルかっこいいーとか、ヘンゼル素敵ーとかさ」

「ヒナタグチ……」

 新しく知った言葉に、グレーテルは兄の姿を思い浮かべる。

「お兄様は真面目で、優しくて、品があって……。あなたとは正反対ですわ」

「ああそうだな! その減らず口に銃弾打ち込んでやろうか?」

「でも……」

「?」

「良いですわね、ヒナタグチ」

 その顔は、グレーテルがレイナに見せた表情の中で、一番心のこもった笑顔だった。

 それに対し、レイナは笑顔で答えた。

「だろ。話してるやつも話題のやつも、みんな幸せだ!」

 犬猿の中かと思われた二人の間に、笑顔が生まれた瞬間だった。

 それを目撃したのは、お菓子を持ってきた獣人メイドともう一人。

「ちなみに陽口は造語だがな」

 話題の本人、ヘンゼルだった。

「お、お兄様!?」

「あちゃー。聞かれちゃったな」

 メイドは三人分のお菓子を机に置き、壁にくっついて様子を伺う。ヘンゼルはと言うと、深刻そうな面持ちだ。

「楽しく会話しているところ悪いんだが、あまり良くない知らせだ」

「良くない知らせ?」

「お父様からですか?」

「いや、コプ村の兵士からだ」

 コプ村は確か、龍を討伐した時に寄った国境付近の村。そこにいる兵士からとは……。レイナは少し違和感を覚えた。

「その兵士は……。たった今、絶命した」

 その言葉に、話を聞いていた三人は驚きを隠せなかった。

「な、なんで……」

 特に、温室育ちで人の死に慣れていないグレーテルには受け止め難い報告だ。

「その兵士によると」

 ヘンゼルは溜息をついて続ける。

「帝国が、コプ村を壊滅させて宣戦布告、だそうだ」

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