傀儡の少女
アルザは神官長の中でも、細かく言えば第三神官長という立場にある。第三神官長は外交官の役割を担うが、アルザがこの立場に着く前まで、タデイロンは他国と交流したことが殆どなかった。そのためアルザも、外交官としての役割を果たせずにいる。
そんなアルザに、総神官長から命令が下されたのだ。その命令により、アルザは一人で国内の小さな集落に向かっているのだが。
「ハックシュン! ううう、寒い」
凍えていた。
「そもそも外交官の仕事じゃないし……。集落の管理なんか、第二神官長の仕事じゃん。……まさか、ベリオンさんサボってるのか」
グチグチと独り言を言いながら、小さな翼をはためかせて飛んでいる。そこに家が十軒ほどある集落を見つけた。
「あ、みっけ。多分あの村だなぁ」
村の中心に降り立ち、辺りを見渡す。
「……住民が見当たらない。魔力も感じないし、……ここじゃない?」
それにしては荒れずに管理が行き届いているように見える。
「なんで、魔力を感じないんだろ。……微量すぎる、のかな?」
とりあえず家を訪ねてみようと、アルザは一番近くにあった建物の扉をノックした。
「ごめんくださーい」
と言ったのは何年ぶりだろうか。前世でも言ったことは何度も無かった。
建物内からは声がしない。留守だろうか。それともやっぱりゴーストビレッジなのか。
今度は隣の家を訪ねた。
「ごめんくださーい」
「……はい」
今度は小さな声がした。
声から少し遅れて、扉が開いた。
「どなたでしょうか」
ボーカロイドのような、感情の伝わらない声だ。
「ええっと、僕は……」
そこまで言いかけたアルザは、声の主の姿を見て驚いた。
「あ、あなたは……」
とても小さい体のその少女は、どう目を凝らして見ても。
「人形……」
「はい。私はマリオネットです」
アルザの呟きに、人形の少女は機械的な声色で答える。
「……か」
そしてアルザは、自我を忘れるほどに。
「可愛いいいいいいい!!!!」
その少女に抱きついていた。
「やばい! 生きてる人形だ! 可愛すぎる! うわあああああああああああああああ!」
人形を、少女を抱いて叫ぶ(おおよそ)成人男性の姿はあまりにも悲惨である。
「はい。私はマリオネットのジュリアです」
そんなアルザの醜態に
「僕はアルザ・フォン・ジャヴァウォック! 神官長で! 役目でここに来て! 可愛いよおおおおおおお!」
何とか自己紹介をしたものの、……なんともシュールな光景である。アルザは前世の入鹿障次であった時から人形が大好きだった。ピグマリオンコンプレックスというらしい。
それからアルザが落ち着きを取り戻すまで十分かかった。
「えっと……、ジュリアちゃん、だっけ。他に住民はいないの?」
「この村にはあと三個のマリオネットが暮らしています」
「そう言えば、マリオネットって?」
「マリオネットは禁忌魔法によって生まれた人形生命体。その命は尽きることなく、作った者の命令に従う
「傀儡……か」
アルザの口調は普段通り不気味だが、今は少しテンションが高い。ジュリアは全くもって調子を変えず、イントネーションすらも聞き取りずらい。
異色な会話だ。
「それじゃあ、君たちの主人って、今どこにいるの?」
ジュリアはその質問に、時間を置いてから答えた。
「三十年前、私たちの製造が発覚し処刑されました」
そんな事実でさえ、感情を込めずに話した。
「禁忌魔法……か」
神官になる際、悪魔の法律として禁忌魔法を教わった。悪魔でも行ってはいけないほど危険な魔法。そのひとつが「生物の精製」だ。
生命とは自然的な物であり、意図して作ることは禁じられている。それが、マリオネットでも然りということだ。
「主人を失った私たちは当時の神官長たちの計らいで、こうして廃村で生活しています」
「悪魔って、意外に優しいんだね。……まあ、僕も悪魔だけど」
それでも、とアルザは考えた。
「君たちは、主人に従う為に、生まれたんでしょ?」
「その通りです」
「でもさ」
ジュリアの表情のない顔を眺め、アルザは聞いた。
「今生きてて、楽しい?」
少しの間、アルザの呼吸音すらない静寂に包まれた。
「私たちには、楽しいや悲しいという感情がありません」
「……見たら、そうかなっては思ったけど」
「ですから、今が楽しいかと問われたら、何も答えようがありません」
「そう、だよね」
「しかし」
ジュリアは付け加えた。
「自らの存在価値について、よく考えます。……私たちは何故、必要もなく生きているのでしょうか」
「あ……」
アルザはそれまで気づかなかったことにようやっと気がついた。
何も感じず、何も求めず、何もすることがなく、永遠を生きる。感情が無いにしても、それがどんなに辛いことだろうか。
そしてアルザは、また無自覚にこんなことを呟いた。
「……連れて行く」
言ってから、しまったと思った。自分は何を口走ってしまったんだろうか。
しかし、心から思った事ではあった。
「……君たちの主人って、作った人しか、なれないの?」
「いいえ。契約をすればどなたでも主人となりえます」
「それじゃあ!」
アルザの感情が高ぶる。
「この村のマリオネット、全員集めて」
笑顔でジュリアの手を握り、宣言した。
「今日から僕が、君たちのご主人様」
――――――
「馬鹿者!」
村から戻ったアルザは、総神官長に怒鳴りつけられた。
「集落の様子見という命を与えたはずじゃぞ! 何故住民を連れ帰る!?」
「いやあ……。可愛くて、じゃなくて、可哀想で……」
「可愛くてって!? マリオネットなんじゃから可哀想も何も無いわい!」
「人形にも、五分の魂です」
「だから無いと言うておるじゃろ!」
アルザの後ろには、四体のマリオネット。
「右から人間型のジュリア、獣人型のヴァネロペ、フェアリー型のティオナ、ドワーフ型のソウジロウです」
「聞いとらんわ!」
叱りに叱った総神官長だが、普段無愛想なアルザの笑顔に心を落ち着かせ。
「全く、お主は……」
アルザを許すことにした。
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