芸術の国〔イブサン〕

 世界中の生物が集まっているのではないかと思う程の観客が、広場に設けられたステージに注目する。湧き上がる歓声と群集の視線。それらを浴びているのは、五人組の少女たちであった。

 三人のエルフと二人のドワーフで結成された「ピリオド」は、現在この国で人気を誇るダンスユニットだ。

 背の高いエルフと胸が可哀想なドワーフが歌を歌い、他のメンバーは激しいダンスをする。人気の理由は、平均年齢十九歳とエルフやドワーフの中では幼いにも関わらず、都市不相応の歌唱力と身体能力を持っていることだ。

 そしてダンスの三人の中でも特に注目を集めるのが、ダークエルフの少女ナミク・ロン・ガーゼフ。

 ダークエルフは褐色の肌と銀色の髪を持つエルフで、つい数百年前までは「悪魔のなりぞこない」と言われ差別を受けてきた種族だ。現在でも一部からは軽蔑視される。

 ナミクはそんなダークエルフという種族でありながら、その圧倒的なダンスで国中から人気を集めている。

 ここは芸術の国〔イブサン〕。絵画、書道、華道、舞踊などの芸術が盛んで、エルフ、ドワーフ、小人が特に多い国だ。

 ステージ公演は夕方に終わり、夜まで打ち上げをしてからナミクは母と共に自宅に帰った。

「ただいまー」

「おぉ! おかえりナミク!」

 現代建築のリビングから、画家である父が返事をした。

「お疲れ様〜! こっちおいで! 可愛いなあナミクぅ」

 ……この父は娘が大好きだ。

 長命なエルフの中では十七歳のナミクはとても幼い。可愛がるのも当然であるとは言える。

「パパ。ナミクは疲れてるから明日にしてあげて。ナミクはもう寝なさい」

「はーい」

「ナミクぅ……。おやすみ」

 母に一喝され、父は一気に落ち込んだ。

 ナミクは階段を駆け上がり、急いで自室に入った。

「……元気じゃないかママ」

「全く、あの子ったら」

「また、空想の彼か……」

 部屋に入るとナミクは照明を付け、机の引き出しから数枚の絵を取り出す。どの絵にも一人の男が描かれており、全て同じ人間だ。

「はあああ。会いたいなぁ」

 絵を眺めながらナミクは呟いた。

 部屋の壁にもその男の大きな絵が飾られており、部屋にいるのではないかと錯覚させられる。

 描かれている男は華奢で目の下のくまが目立ち、絵によって服装は異なるがどの絵も暗い印象を与える。

「どこにいるのかなあ?」

 絵を胸に抱き、窓の外を見上げる。

「会いたいなぁ。障次」

 ナミクが絵の男の名を呼ぶ。……絵の男はよく見れば、異世界の住人である入鹿いるが障次しょうじである。

「障次も転生してるのかな?」

 ナミク・ロン・ガーゼフ。彼女は異世界からの転生者で、前世は芸能活動をしていた森田もりた上々あげるという男だ。

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