団欒

 ケンリ国王城内にある談話室で、この国の王子ヘンゼル・ベルロードと隣国アスキトレの技術者ミナカミ・レイナはテーブルを挟んで会話をしている。

「それじゃあ、アスキトレは工業が発達しているだけで、科学の研究はしていないと」

「そうそう。研究はショージュンの役割で、私達は造るのが仕事。技術レベルは日本で言えば高度経済成長のあたりくらいかな」

 二人はどちらも転生者で、ヘンゼルは山田今日、レイナは橋本らいとという日本人だった記憶を持つ。この会話も日本語で行われている。

「にしてもらいと、一人称が私で定着しているな」

「し、しょうがねえじゃんか。十七年女やってきたんだからなあ」

「それよりも長く男だったじゃないか」

「慣れの問題だよ。小学校から中学校まで受験英語習っても、一回アメリカに住んじまえばネイティブな英語喋れるみてえな感じだ」

「口調は変わらないがな」

「うるせえなあ」

 ヘンゼルの冷やかしに、レイナは彼を睨んでみせた。

「お前だって龍を前にして諦めたじゃねえか。らしくねえよ」

「あれは完全な力の差があった。それに俺は名探偵コロン以外のアニメを見たことがないからな。チートなんて知らん」

「あっれー。おかしいぞ? 勤勉な今日ちゃんが、いくら興味ないとは言っても知らない事を「しょうがない」なんて言うなんてなぁ? なああぁ?」

「興味があっても調べようともせず、たまたま知っていた事をあたかも学んだように語る誰かさんよりはよっぽどマシだと思うがな」

「んだと?」

「女になっても格好つけた喧嘩腰は直らないみたいだな」

 前世から仲が良かったとは言えない二人は、少し話すとすぐに睨み合う。しかしその経験の分、喧嘩に発展しないように自分を抑える力もついている。

「前世で城が言ってたけどよ、喧嘩する程仲が良いってこの事だってな」

「あいつのような熱血漢は、意見が食い違っても分かり合えると考えるタチだ。スポーツマンとは面白い考え方を持っている」

「お前それ、全国のスポーツマン敵に回すぞ」

 さっきメイドが持ってきたコーヒーを、レイナはごくごくと飲み干し、ヘンゼルは一口ずつ優雅に飲む。格の違いがよくわかる絵面だ。

 とそこへ、談話室に一人の少女が入ってきた。

「お兄様!」

 ヘンゼルの妹、グレーテルである。

「どうした? グレーテル」

「どうしたもこうしたも、これ以上他国の貧民と馴れ合うのはおやめ下さい! 王家の血が泣きますわ!」

「差別は良くないなグレーテル。それに彼、……彼女は俺の友人だ。話くらいしてもいいだろう」

「そう言って、妻にでもするおつもりなのでしょう!? ドワーフなんかと結婚だなんて、汚らわしいですわ!」

「また差別的な言葉を……。悪い癖だぞ、グレーテル」

 グレーテルは文句を言いながらも、二人の間の椅子に座って執事に紅茶を注文した。

「お兄様はいつもいつも、差別がどうのこうのと。ドワーフの貧民が汚らわしいのは事実ではありませんか。なぜお兄様はそこまで平等にこだわるのです?」

 これはグレーテルにとって、素直な疑問であった。元来、この世界の人間は他種族に厳しく、多種族国家のケンリ国でも、人間以外の種族を差別する者は多い。

 しかし転生者でもあるヘンゼルは、こう考えている。

「差別とは他者を認めない事。逆に捉えれば、自己の過大評価だ。常に謙虚であり、向上心を持つことこそが王家、象徴としての義務だ。平等も然り。違うか? グレーテル」

「しかしお兄様……」

 グレーテルが反論しようとすると、レイナが口を挟んだ。

「私が言うような場面じゃないかも知れませんがね、お姫様。ドワーフって思ったよりも綺麗好きで、仕事柄汚れも多いんで、一日に三回は服を着替えて洗濯するんっすよ」

「い、一日に三回?」

 ヘンゼルも初耳であり、前世で清潔感に欠如していたらいとの口から聞いた事で、更に驚きが隠せなかった。

「だ、だから何ですの? 貧民ではないですか」

「あんたらがたらふく食えるのは、私らみたいな貧民がせっせこ働いてようやっと納めてる税のお陰だって自覚してくだせえ」

 レイナはグレーテルを睨みつけた。

「何が言いたいんですの?」

 しかしグレーテルは未だ勝ち誇った顔をしている。

「……ヘンゼル王子、あんたの妹って教養ないの? ちょっとマリーアントワネットっぽいよね」

「不出来な妹で本当にすまない。まさかお前に謝るはめになるとは」

 ヘンゼルは心底屈辱そうに頭を抱える。

「……いや、あんたが悔やんでるのは俺に謝ってることだよね多分」

「不出来な妹が……。お前よりはまともだと思ってたのだが」

「すっごい失礼だね!? 今日ちゃんそういうところ変わんないな!」

 レイナが机を叩き、カップの中身が揺れる。そこに丁度よく、執事がグレーテルの紅茶を運んできた。

「ありがとうセバスチャン」

「え、あの執事さん、セバスチャンって名前なの? セバスチャンって執事本当にいるんだ」

「いや、グレーテルが勝手に呼んでいるだけで、本名はレイヴンと言う。十年前までは騎士として活躍していた凄い方だ」

「はえー。すっげ」

「セバスチャンの方が執事っぽくてよろしいですわ」

「人の名前はしっかり呼べ」

 レイナから見たグレーテルの印象は、よく言えば素直だが悪く言えば我儘。お嬢様とはこんな物かと、前世で見たアニメを思い出す。

 窓の外を眺めて一息つく。排気ガスに塗れた場所で十七年生きてきたので、レイナにとってケンリ国の街並みは「異世界に来た」と初めて感じる景色だ。

「……レイナ様にはこの国がどう見えておりますか?」

 ふとセバスチャン……ではなく、レイヴン氏が聞いてきた。

「どう見えているって……?」

「どのような国に見えるか、という事です」

 そのままではないか。

 しかし、強いて言うなら。

「……芯は強いけどすぐに折れそう、って感じっすかね」

 その答えにレイヴンは、「そうですか」と呟くだけだった。

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