ヘンゼル王子に会いに王都へ行ったが、とんだ遠回りをしてしまった。

 ガルルンバが示す地図を眺める度、レイナはどんどん苛立っていった。

「王子がドラゴン退治に行くなんて聞いてねえよ!」

『情報ガ入ッタノデ王都ヘ行ッタノハ無駄デハ無カッタヨウニ思イマス』

「それでも! 王子が向かってるドラゴンの住処すみかって、王都に寄るよりも近い道があったんだろ? そう考えるとイライラしてしょうがねえ!」

『レイナサンノ口調ハ、ドワーフノ女性ノ中デモ特ニ荒ッポイデス』

「それは今関係ねえだろ!」

『男性ノヨウデス』

「うるせえよ!」

 実際に前世が男性だったのだから、それを分かっている上で「うふん♡」とかやっていたらと考えると、我ながら気持ちが悪い。ただでさえレイナの前世である橋本らいとは年齢にそぐわないおっさんヅラだったのだ。

「こっから王子が向かってる場所の間にある、コプ村だっけ? そこまであとどんくらいだ?」

『コノママ走行ヲ続行シタ場合、三十二時間ト五分、ト言ッタトコロデス』

「あー。明日の夜かあ。こりゃあ、王子様がかっこよくドラゴン倒したあとになっちゃうかなぁ」

『次ノ町ニガソリンスタンドガアルヨウデス。燃料残リ僅カ』

「ガソスタも寄んのか。うげぇ。金かかるなぁ」

 ただでさえ少ないお小遣いでの貧乏旅。科学主流ではないケンリ国内での給油は値段がアスキトレの倍以上ある。果たしてレイナは無事帰宅できるのだろうか……。

「お、前方に集落発見」

『距離カラ推測スレバ、ミツイデノ町デショウ。ガソリンスタンドハあの村です』

「っしゃあ! 残りのガソリン使ってぶっ飛ばすよぉ!!」

『無駄ナ資源消費ハ地球温暖化ノ原因トナリマス』

「そんな事気にすんの!?」

 異世界でも環境問題は重要視されているようだ。

 ミツイデで給油を済ませたあとも、レイナの旅は順調だった。

「いやあ。ガソリンの値段安くて助かったぁ。まさか予備タンクに入れても財布が余裕なんてな!」

『ミツイデハ我ガ国トノ貿易路トシテ活用サレテイル町デス。ガソリンノ輸入額モ安ク済ンデイルノダト推測シマス』

「ガルルンバ。それ多分王子がドラゴン退治しに行く話聞いた辺りから気づいてたんじゃない?」

『私ハ高性能AIデスノデ』

「高性能だと人工知能でも人を馬鹿にすんのな」

『訂正ヲ希望シマス。レイナサンハ人デハナク、ドワーフデス』

「いいよ細かいな!」

『コプ村到着マデ、アト二時間ト三十五分』

「お前まだ嘘ついてたのか!」

『テヘペロ』

「ここまで感情もなく可愛くもないテヘペロを、私は初めて聞いたよ」

 しかし、ここまで早いならばもう少しで王子一行に追いつくのではないだろうか。

「……休みたいな」

『アト二時間ノ辛抱デス』

「今までずっと運転してたしAIにはわかんないかもだけど、運転って一時間以上するだけでも結構キツいもんだよ?」

『私ニハ自動運転機能ガ』

「あんならさっさと言えよ! じゃあ私は休んでるから後よろし――」

『アッタラ良イナ、ト思ッテマス』

「ねえのかよ!」

 レイナは離しかけたハンドルを握り直した。人工知能は嘘つき。はっきりわかんだね。

 それから二時間半、レイナはなんとかコプ村まで運転しきった。既に真っ暗な時間だ。

「疲れたあ!」

『王子ノ姿ハ見エナイヨウデス』

「私ちょっとどっかの店行って聞いてくる。ついでに飯も食ってくるわ」

『オ気ヲツケテ』

 レイナは車を降りると、真っ先に目に入った宿屋を訪ねることにした。

「さーせん」

「おや。旅のお方ですか。ご苦労さまです。……が、今夜は満室で」

「いや、泊まるんじゃなくてね。聞きたいことがあるんすよ」

「はて」

「この村に王子様来ませんでした?」

「ヘンゼル王子ですか? それなら昨晩ここをお訪ねになられ、今朝旅立たれました」

「あちゃー。一足遅かったか」

 レイナが頭を抱えると、主人はレイナの服装を見て尋ねた。

「見たところドワーフの……アスキトレの技術者様でしょうか?」

「そうそう。ごめん、ガソリン臭かったかな?」

「いえ。しかし女性おひとりで王子を探す旅ですか?」

「まあね」

 主人はそれを聞くと、決まりの良くなさそうな表情をみせた。何か都合の悪い事でもあるのだろうか。

「宿泊の必要はないとおっしゃいましたが、まさかこれから王子を追いかけるので?」

「まさか。車中泊っすよ」

「なるほど。技術者様ということは、馬のいらない車ですか」

「そうそう。自動車って言うんだけどね〜」

「ほう、自動車と」

「これがね、かっこいいんだよ」

「か、かっこいい?」

 主人が首を傾げるところを見逃さなかったレイナ。瞬間、レイナの目に光が宿る。

「まずな、車っつったらスポーツカーが一番かっこいいよな! みんなフェラーリだとかGTRとかが良いって言うけど、やっぱり私は」

「ぎ、技術者様! どうか落ち着いて!」

 その晩、日が昇るまで主人はレイナから異世界の知りもしない車の話を聞かされたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る