王子と騎士

 ヘンゼルが王都を出て二週間。途中町に寄りながらも、ドラゴンの出没する帝国との国境に近づいていた。

「王子! コプ村が見えましたぞ!」

 叫んだのは先頭を行く騎士隊長。四十年騎士を務め、戦争も幾度と経験したベテランである。

「よし。日も暮れてきた頃だ。今夜はコプ村に泊まるとしよう」

 コプ村は国境付近に位置するだけあり、村という割には大規模な集落だ。村には宿屋もあるため、今日は野宿ではなく騎士達にもベッドで休んで貰おう、とヘンゼルは考えていた。

 しかし。

「なに!? 部屋が空いていないだと!」

「ええ。最近は貿易も盛んになりました故、商人が多く宿泊しておりまして」

「ここに居らせられるはヘンゼル王子であるぞ! 商人を追い払ってでも王子のお部屋をご用意しないか!」

「そ、そう言われましても……」

 騎士団長の怒鳴り声に、宿屋の主人は肩を竦めた。

 これではまずいであろう。この国で王子とは権力者ではなくあくまで象徴。王子本人として、ヘンゼルには場を宥める義務がある、と感じた。

「まあ良いではないか騎士団長。商人を休ませるのも、この国の発展に繋がる重要な事なのだ。主人、失礼したな」

 ヘンゼルの言葉に騎士団長は自分の発言を改め、主人は胸を撫で下ろした。

 これで旅をしてから一度もベッドに入らないことが確定した。

「すまないな皆。これからドラゴン討伐が控えているというのに、ゆっくり休ませてやれない」

「いえ、王子のせいではございません!」

「我々は大丈夫です!」

「王子こそ、ゆっくりお休みになってください!」

 騎士達は皆、心からヘンゼルを信頼しているのだろう。ヘンゼルではなく、山田今日という過去の自分が、そう確信した。

「ありがとう。見張りはこれまで通り、交代制でいこう。今夜は四班の担当だ。それぞれ仮眠を取りながら行うように。よろしく頼む」

「了解です!」

 四班の構成員五名が、各自の宗教での敬礼を見せた。

「お言葉に甘えて、俺は眠らせて貰うとするよ。他の騎士達も、夜更かしし過ぎずにしっかり休めよ」

「お休みなさいませ」

「良い夢を王子」

 ヘンゼルは恵まれていると実感した。それも天性のものではなく、ヘンゼル自身が努力して得た信頼だ。

 しかしその努力は、転生という奇跡があってこそ。自分が山田今日の人生を知らずにこの世界に生まれていたとしたら、きっと王家の名に溺れて怠惰な生活を送っていたかもしれない。

 今まで殆ど信じていなかったが、今なら心から思えるのだ。

 神に、感謝を。

 そしてヘンゼルは、ゆっくりと眠りについた。

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