ドラゴン

 成人式から一週間が経った。あれから日本人を名乗る者が現れることは無かったが、王子としてのヘンゼルに転機が訪れたのだ。

「我が息子ヘンゼルよ。勤勉で知識もあり、騎士と共に鍛練もこなしているお前に頼みたい事がある」

 そう告げたのはグリートム国王。

「頼み、ですか?」

如何いかにも」

 玉座に座る父から、命令はされても頼まれる事は初めてだった。

 そんな初めての頼みは、あまりにも唐突なものであった。

「お前には、帝国との国境付近に住むドラゴンを討伐して欲しい」

「ド、ドラゴンをですか!?」

 ドラゴンとはこの世界に住んでいるモンスター。実害は少ないが、無闇に近づくと攻撃される恐れがある。主に火竜、水竜、地竜、闇竜の四種類に別れるが、戦争の国〔グルセア帝国〕との国境付近にいるドラゴンと言えば、伝説級として「龍」に昇格した地龍のはずだ。

「いくら父上の頼みと言えど、私では力も経験も不足しています」

「経験なら旅路で積めば良い。頼む。停戦状態にある帝国との間で何かあれば……。ドラゴンと言えど我が国土に住まう民。それが帝国へ危害を加えてしまえば、戦争になりかねんのだ」

「それは承知しておりますが……」

 剣の振りも形しか知らないヘンゼルには、やはり荷が重い話であった。そもそもそれは王子の仕事ではない。

「騎士の部隊率いて行って欲しい。お願いだ」

 王の顔がみるみるうちに深刻になって行く。ヘンゼルもそれに押されて了承したくはなるものの、それでも自分の経験不足が気がかりであった。

 暫く考え、ヘンゼルはひとつ質問をした。

「今すぐ討伐した方が良いでしょうか?」

「なるべく早い方がいい。しかし経験不足は承知の上だ。経験を積むために時間をかけるのもいい方法だろう。経験の無いまま戦い、お前を死なせては私の心が持たぬからな」

 ヘンゼルの望んだ通りの返答だった。

 その答えで、ヘンゼルは心を決めた。

「わかりました。龍の討伐、私におまかせ下さい」

 輝く笑顔で、そう言い放った。

 旅の準備をしていると、部屋にグレーテルがやって来た。

「お兄様、ドラゴンを倒しに行かれるというのは本当ですか?」

 心配している面持ちだった。

「本当だ。それが俺の役目だと思ったんだ」

「お兄様のお役目は国民の象徴であること! 危険を冒してまで旅に出る必要はございません!」

「いや。俺の役目だ」

 ヘンゼルはグレーテルの肩を掴み、ちゃんと届くように語りかけた。

「帝国との架け橋になる、国民の模範となる役目だ。全うしなければならない。だからグレーテルも、自分の役目を見極めて、しっかりとこなすんだ」

 グレーテルの目には涙が浮かんでいた。無理もないだろう。十七年間、喧嘩もした事の無い兄妹だ。ヘンゼルの記憶でも、四十三年の内の十七年は大切な時間だった。

「お兄様……。必ず、帰って来てください!」

「もちろんだ」

 ヘンゼルは熱く宣言した。

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