魔法の国〔エリアルユウ〕

 深い森の中に、ツリーハウスの並んだ集落がある。住んでいるのはエルフ。長い耳と高い魔力、不老の体と不死に近い寿命が特徴的な種族だ。

 その集落に、一人の幼い少女が住んでいる。

 ジーナ・カト・ラント。十七歳はエルフではまだまだ幼いが、集落では勤勉で有名だ。

 そしてジーナはエルフの魔法使いとして高位の称号「カト」を得ている。

「おーいジーナ。こっちに来てくれ」

 ジーナが一人で本を読んでいると、上の家から声がかかった。

「今行きまーす」

 羽を羽ばたかせ窓から上まで飛び上がる。

 声をかけたのはジーナの父であり師匠、ギーク・ザブ・ラント。「ザブ」はエルフの魔法使いで最も高い位だ。

「どうしました? お父様」

「お前の知識を借りたくてな。以前言っていた物質の三態? だったか。それを詳しく」

「わかりました。では紙とペンを」

 ギークから紙とペンを受け取ったジーナは、物質の三態について小学生でもわかるような簡単な説明で、高校の物理程の内容を伝えた。

 この世界では宗教が主流であり、科学知識を持つものは職人の国〔アスキトレ〕のドワーフと学問の国〔ショージュン〕の学者くらいだ。ましてやここ、魔法の国〔エリアルユウ〕のエルフは魔法使いの種族で、科学とは殆ど無縁である。

 そんな中ジーナは、科学知識を応用すれば魔法の威力を上げられる事に気がついたのだ。

 科学とは無縁の土地で生きてきたジーナが、なぜ科学の知識を持っているのか。

 それはジーナが前世の記憶を持っており、その前世が真白ましろがくという科学者だったからだ。

「いやあ、ジーナはよくこんな事を知っているな。ショージュンに知り合いがいるわけでもないだろうに」

「たまたまですよ」

 そう、ジーナは誤魔化した。

 転生の話をしても納得される自信はないし、納得しても混乱させる可能性もある。だからジーナは、この話を人には話さなかった。

「この、個体から液体に、液体から気体にというのを応用すれば、火魔法と水魔法の組み合わせに有効です」

「蒸発か。確かに使える魔法が増えそうだ」

「昇華も火魔法や土魔法に応用が効きます」

「んー。昇華は難しそうだし、蒸発をマスターしてからにしようと思うんだが」

「それでもいいでしょう」

 魔法ではギークが師だったが、今ではジーナの方が教える事が多くなっている。

「なあ、ジーナ」

「はい?」

 ギークはふと、重い面持ちで聞いた。

「ショージュンに、行ってみないか?」

「……ショージュンに?」

 学問の国〔ショージュン〕は世界中から優秀な学者が集まる国。宗教学、語学、魔法学、科学など、あらゆる分野の学者が集っている。しかし科学に関しては宗教界と魔法界に弾圧され、大した研究ができていないでいると言う噂も広まっている。

「私がですか?」

 思いもしなかった言葉に、ジーナは質問を繰り返した。

「そうだ。お前程の科学の知識と魔法と科学の融合があれば、学問に……世界にまで、大きな景況を与えるだろう」

 確かにこの世界の科学は元の世界より進歩していないようだし、自分の知識があれば世界を変えてしまうだろう。

 しかし、異世界の知識で世界の理を変えてしまって良いのだろうか? という疑念が、ジーナもとい真白学の頭の中にあった。

「……考えておきます」

 今答えを出すのは早いだろう。エルフの寿命を考慮すればそれまでに科学が発展するかもしれないし、もし発展しなかったとしても、ジーナには時間の余裕がある。

 それにショージュンは隣国だ。国土を見れば遠いが、行くのはさほど難しいことではない。

 ギークに科学の知識を一通り教えた後、ジーナは村の外へ出かけた。今夜の夕食にする植物を採るためだ。

 ジーナは見た目は幼いが、エルフの寿命を考えればそれも当然だし、既にエルフとして十七年、前世で二十六年生きている。魔法の腕も確かで、村の住民はジーナの外出を認めているのだ。

 村の外もまだ森で、害のある魔獣は殆どいない。

 ジーナはのんびりと歩きながら、この世界について考えていた。

 エリアルユウは地図の最北に位置するが、転生して十七年、寒さを感じたことが無い。この世界にも太陽があるが日の出、日没の時刻や南中の高さは変わったことが無い。

 これはこの星が星としては珍しく、太陽の公転軌道とこの星の自転軸が垂直に交わっているからだろう。

 またこの世界には様々な種族が存在しており、エルフの他にもドワーフ、獣人、竜人、もちろん人間もいるらしい。エルフと同等の魔力を持つ悪魔は、キリスト教に記されるような悪逆非道の存在と言うよりかは、殺しに特化した力を持つ種族として認識されている。

 十七年、この世界で過ごして得た情報をまとめれば、ここはよくアニメにあるようなファンタジー世界だが、科学も発展しているということ。特に職人の国〔アスキトレ〕では工業が盛んで、銃や戦車なんかも作られているらしい。

 そして前世の記憶。

 最後に会った五人は、共にローブの男の前に立ち、そこで記憶が切れている。酔っていたのかもしれないが、ローブの男に何かされ、この世界に転生したと考えれば筋が通っているかもしれない。

 つまり、あの男が引き金となっているのならばだ。

 この世界に、他の五人も転生してきているかもしれない。

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