信仰の国〔ケンリ国〕

 王子ヘンゼル・ベルロードの朝は早い。

 早朝一番の鐘で目覚め、騎士と共にランニング。朝食の時間まで自室で勉強に励み、食事を終えたらまた騎士と共に剣術の訓練をする。

 多宗教、多種族で構成されるケンリ国において、王族とは国の象徴であり、政治的権限は無い。王子の仕事は国民の理想的な人物像としてかつがれるだけで、普段は何をしても自由であった。怠けて寝ていても、文句のひとつも飛んで来ない。

 しかし彼は違った。常に国民の理想であろうとし、勉学と鍛練に励む真面目な男。それが王子ヘンゼルだ。

 彼がそこまで真面目なのには、彼の前世が影響していた。

 ケンリ国のような多宗教国家日本。そこに暮らしていた山田今日が、ヘンゼルの前世であった。

 日本では子供自身が自らの進路を選ぶ権利がある。だからこそ、儲かる仕事には人が集まる。今日はそんな日本で勝ち残る為、自らを磨き続けて来た。

 その前世が影響してか、未来が決まっているヘンゼル王子に生まれてもなお、自分磨きを欠かさない。まさに理想として、国内外で賞賛されている。

 そんなヘンゼルも、今日で十七歳になる。

 ケンリ国で十七歳は成人。どんなに長寿な種族でも短命な種族でも、十七歳で成人となる決まりだ。

 そんな国で、ヘンゼル王子と双子の妹グレーテル王女は、今日成人するというわけだ。

 世界中が注目していた。理想的な男性として有名なヘンゼルと、歴史に名を残す程と言われる美貌を持ったグレーテルが成人するというのだから、王城には朝から各国からの使者やらアスキトレのテレビ曲やらが大勢集まっている。

「ヘンゼル王子。そろそろお召し物の準備を」

「ああわかっている。儀式なのだからあまり派手な物を選ぶなよ」

「かしこまりました」

 生まれた頃から身の回りの世話をしている執事と会話をし、汗の付いた服を脱いでシャワーを浴びる。

 火と水の魔法石を用いたお湯を浴び、ヘンゼルはふと前世の記憶を思い出す。

 前世最後の記憶は、幼馴染五人との飲み会だった。仕事がある自分は先に店を出たが、そこで黒いローブを着た男に路地裏へ連れて行かれたのだ。

 その後異変に気づいたみんなが追いかけてきたが、ローブの男の力で身動きの取れなかった為声をかけられなかった。

 その後気が付くと、ヘンゼル王子二歳になっていた。

 もう一度、みんなと話せたら……。

 学は家が近所で小さい頃から仲が良かった。

 城は同じ野球好きでよくキャッチボールをした。

 上々は明るくて、何でも相談出来るやつだった。

 彰次とは日本史の話をよくした。

 らいととは馬が合わなかったけど、なんだかんだで気遣いの出来る良い奴だった。

 また、会えたら。

 そんな事を思っていると、ヘンゼルにひとつの案が浮かんだ。

 今日の成人式、確かテレビが来ると言っていた。テレビがあるのはアスキトレとスタギリカ、イブサン、ショージュンの四国だけだったはずだが、もしもこの四国のどこかに、誰かが転生していたら……。

 考えていた所、何者かが浴室に入って来た。

「王子、お召し物をお持ち致しました。準備の方を」

「わかった。今行く」

 執事は服を置くと浴室をすぐに出ていった。

 ヘンゼルはシャワーを止め、体を拭いて服を着た。執事の持ってきた服は注文通り派手ではなく、赤を基調とした簡素な服。この国の儀式にはぴったりである。

 ヘンゼルは軽い足取りで、儀式の行われる大聖堂へと向かった。


 ✳


「これより、王族成人の儀式を執り行う。一同、敬礼!」

 儀式の進行を務めるベレクエーネ王補佐の宣言に合わせ、大聖堂に集う国民、来賓がそれぞれの宗派に合わせた敬礼をする。ヘンゼル含め王族も、王家が信仰するザリナ教の敬礼として右手の平を胸に当てた。

「まず、国王の式辞を」

「本日は我が息子ヘンゼル、娘グレーテルの成人式にご参加頂き、誠に感謝する」

 玉座に座ったままグリートム国王は式辞を述べた。

「この場に集まった貴族、新職者、各国代表者には、心よりのお礼を申し上げたい」

 その後も淡々と式は進んだ。その殆どが位の高い者たちの式辞で、グレーテルは途中から眠たそうにしていた。

 そして、ザリナ教教会のジンルムの式辞を最後に、長かった式はフィナーレを迎えようとする。

「それでは最後に、王女と王子から挨拶を頂きたい。まずはグレーテル王女から、お願い致します」

 呼ばれたグレーテルは眠たそうにしていた目をしっかりと明け、玉座の隣に立った。

「国民の皆様、その他各国の皆様、ごきげんよう。私グレーテルは今日この日成人致しまして、これからも国の象徴として精進していく様に心に刻みたいと思います」

 グレーテルの挨拶は、まるで赤子をあやす様な優しい声で、その場の一人一人の耳に届いた。

「今日この場にいらした皆様に、深く感謝を申し上げます」

 その言葉を終えると、グレーテルは一礼して自分の席に戻る。拍手がなり止むまで暫く時間がかかった。

 そして次は……。

「続いて次期国王となられるヘンゼル王子。お言葉をお願い致します」

 ベレクエーネの声が、これまで以上にしっかりと耳に伝わった。

「はい!」

 はっきりと返事をし、玉座の横に立った。

 王への礼、来賓への礼をし、ヘンゼルは声を放った。

「この度の成人式では、多くの方々にお集まり頂き、誠に感謝しています」

 その場の全員が、時期国王の言葉を静かに心に刻み込んだ。

「私ヘンゼル・ベルロードは王子として、次期国王として、国の象徴という役職に恥じぬ振る舞いをし、この国がより一層輝かしい国になるように心がけたいと思っています」

 あまり長く語る事はないが、流石にこれしか話さないのはまずいだろう。

「私が目指す物は平和。この国も、外交関係にある国々も、皆が平和に暮らせる世の中を目指して行きたい」

 最後の挨拶にあれをぶち込もう。

「今日この場にいらした皆様に感謝申し上げるとともに」

 ヘンゼルは前世の記憶をしっかりと思い出し、

『古き五人の友と、また会えますように』

 そう、日本語で語って見せた。

 その場の皆がキョトンとし、拍手はワンテンポ遅れて聞こえてきた。

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