職人の国〔アスキトレ〕
鉄鋼を叩く音。油の匂い。貿易船の汽笛。入り組んだ街並み。
昭和の下町のような景観を鉄の足場から見下ろすのは、桃色の髪に茶色い作業着を着た少女。背は低いが胸は大きく、作業着のファスナーが締まりきっていない。
彼女の名はミナカミ・レイナ。職人の国〔アスキトレ〕の町工場に生まれたドワーフである。
レイナはこの街並みが好きだ。そして、父の家業も好きだ。それはレイナの前世の記憶が引き金となっている。
彼女の前世は橋本らいとという男。自動車が好きで、前世では整備工場に務めていた。
「レイナ! ちょいとこっちゃ来てくりゃあ!」
下から声が聞こえた。レイナの父、コウキチだ。コウキチはここ、ミナカミ鉄鋼の社長である。
「今行く!」
レイナは下に向かって叫び、足場を飛び跳ねて降りた。
下の工房では父がテレビを流しながら機械の調整をしていた。
「助かるなあレイナ」
「良いんだよ。好きでやってんだ」
レイナは前世からの癖でまったりと、しかし強い口調で喋る。
「そんじゃあ、その下んとこの調整してくれ」
「はいよー」
コウキチに指さされた機械の下に潜り込み、言われた通りの作業をする。
「レイナは腕がいいなあ」
「まあ、将来は会社継ごうって思ってるし」
その言葉にコウキチは驚いて目を点にしたが、直ぐに満面の笑みになった。
「お前が会社を! いやあ、大きくなったもんじゃな! 成長してたのは乳だけじゃねえってこったな!」
「父さん! それ娘に言っちゃダメでしょ!」
「いやああ! お前がそんな事考えちょったなんてな! はははははは!」
工房内の空気の振動を支配する大きな笑い声の中に、レイナは違和感を感じていた。
そして、その違和感が何なのかも気づいていた。
レイナは生まれてこの方、彼氏がいたことがない。前世が男であったが為に、男性との恋愛が全く考えられなかったのだ。それを気にしていた父は、娘にもついに彼氏が出来たと喜んだのだろう。
少し、悪い事をした気分だ。
ふう、と一息つき、コウキチは告げた。
「お前がそこまで考えてくれるんは嬉しいが、俺もまだ三十年は働けるさ。俺にガタが来ちまったとき、そんときにもっかい考えんばええ」
父の言葉は優しかった。
「あと三十年もありゃあまだ若々しくいられる。仕事手伝ってくれるのは嬉しいけんど、お前ももっと、若い女の子らしくしてれば良か」
そして、温かかった。
「……うん。わかったよ父さん」
また暫く、沈黙が流れた。
その沈黙を壊したのは、ニュースの声を聞いたレイナだった。
流れていたのは隣国ケンリの王子と王女のニュース。彼らはレイナと同い年で、今日はその十七歳の誕生日を世界中で放送していたのだ。
ケンリ国にとって十七歳の誕生日とはすなわち、成人したということ。双子の王子王女の成人を、国王は世界に発信しようと考えたのだ。
今ニュースはヘンゼル王子の挨拶を流している。その演説の最後に言った言葉に、レイナは耳を疑った。
『古き五人の友と、また会えますように』
ヘンゼル王子はそう、日本語で話したのだ。
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