神話世界の救世主

窓雨太郎(マドアメタロウ)

異世界には慣れましたか?

プロローグ

「かんぱーーーい!」

 人の少ない居酒屋に男六人の低い声と、六杯の飲み物がぶつかる高い音が響いた。

「いやあ久しぶりだなぁ!」

 ビールジョッキを一気飲みし、口の周りに泡をたっぷり付けた坊主頭が大声で言った。

「お前ら、今どこで働いてんだよ」

 坊主頭、渡部とべじょうが焼き鳥を三本一気に食べながら質問した。

「俺は大学出てから公務員。今はそれなりに安定してるよ」

 初めに回答したのは整った髪とスーツ姿の、いかにも真面目そうな青年。山田やまだ今日きょうだった。

「俺は高校からそのまま就職して、今は車の整備会社。楽だし好きな仕事だし、割かし楽しんでるよ」

 のんびり答えたのは見た目の印象では清潔感のない男。名前の割に他よりも十年老けて見える橋本はしもとらいとだ。

「僕は大学院で研究を続けてる。まだまだ未知の世界でね、実は今まで信じられてきた説がね――」

 答えた者はやや筋肉質な体に似合わず爽やかに笑う。その笑顔がもったいない程、真白ましろがくは熱心に自分の研究を語り続けた。

「学、その辺にしとけよ。僕の方だけど、実は去年芸能界入りしてね。まだまだ仕事は少ないけど、これから頑張っていくよ」

 これまた爽やかな笑顔で語るものだから憎たらしい青年。森田もりた上々あげるは「城、割り勘はしないよ」と言ってからビールを一口飲んだ。

「僕は……、今研修中。再来年には何処どっかの、でっかいとこで働けるよ」

 最後に答えたのは、髪こそ整えているが目の下にできたくまと疲れた様な語りが不安を煽る入鹿いるが障次しょうじ。普段から私服としている黒い着物が、余計にお通夜の空気を作らんとしている。

「おお。皆夢叶えようとしてんだなぁ! すげえなあ!」

 乾杯から三分。既に焼き鳥の皿が山積みになっている城の大声が、場の空気を明るく戻した。

「んにしても、俺らこのメンバーで、よく今まで飲み友やってこれたな」

「らいと、それは僕が答えよう。僕らは小学校以来の付き合いでありバラバラになった高校以降でもこうして六人で集まる事があったからこそ」

「はいはい。めんどくさい長話はなしねー。お互いわかりあってるから、でいいんだよ」

「わかり……あってる。のか?」

「少なくとも俺は、仕事柄皆のことよく知ってるよ」

「それ個人情報保護どうなってんだよ」

 三時間に及んでグダグダの会話は続き、今日が最初に店を出た頃には上々は酔いつぶれ、彰次は酒を飲まずにソフトドリンクを飲み続けるようになっていた。

「んじゃ明日も仕事だから」

「じゃなー」

 今日が店の扉を閉めたと同時。忘れ物を思い出したかのように彰次が立ち上がった。

「ん? どしたぁ」

「や、やばい……気がする」

「は?」

「みんな……、早くお会計済ませて、今日ちゃんを追いかけないと!」

「はあ? どうしたんだよ彰次」

 彰次に続いてらいとと城が会計を済ませて店を出る。学は上々を起こしてから、急いで後を追いかけた。

「おい、どういう事だよ彰次!」

「分からない。……けど、悪い事が起きてる!」

「確かに、店を出たばかりの今日君に追いつかないのは、些か不思議です」

「彰次も伊達に神様んこと崇める仕事してる訳じゃないってか!」

「気配は……ここ、曲がったところ!」

 彰次の叫びと共に一同は狭い路地に入って行った。

 気味の悪い道だった。気体に溶けた油の臭いが、身体中にまとわりついた。

「なあ、本当にこっちなんだな!?」

「間違いない。今日ちゃんの……気配がする」

「気配……って」

 暫く進むと広い場所に出た。そこには二人の人影。その片方は、……今日だった。

「今日!」

「おっと。おまけが来てしまったようだね。まあいい。我らの世界を救えるのは山田今日、君のみ。他はいてもいなくても変わらん」

 酷く不気味な声だ。今日ともう一人いる、怪しいローブの男が声の主だろう。

「今日、逃げるぞ!」

「無駄だ。貴様らも既に我が術中。共に我らの世界に生まれ、力不足で朽ちるが良い」

 次第に襲ってくる眠気、不安。その場にいた全員が、そのまま倒れ込んでしまった。


 翌日以降、彼らの姿を見たものはいない。

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