第86話 真里姉と望まぬ邂逅


 現れた帝国の兵は私達とは反対側、つまり女帝じょていの背後に回り込むように進み、逆に冒険者は私達の背後に迫ってきた。


 湖面こめんに造られた石舞台いしぶたいの上、女帝と私達は二つの集団に挟まれた形になる。


 控え目ひかえめに言って、これは窮地きゅうちに追い込まれたと言っていいんじゃないかな。


「王様……確かこの洞窟どうくつ、相手の国の人に危害きがいを加えることは出来ないんですよね?」


「その通りだが……逆を言えば、自国には適用されぬことも意味しておる」


「それってつまり」


「あ奴等やつらの狙いは帝位ていい簒奪さんだつか……おぬし、本当に何を考えておる? これだけあからさまな行動、何故事前に止めなかったのだ」


 王様の問い掛けに、女帝じょていは動じた様子もなく淡々たんたんと答えた。


われの国は実力主義をかかげる軍事国家、止める理由など無い。刃向はむかうならば……つぶす」


 自国の兵を相手にしてなお、その言葉に感情らしき物は一切いっさい含まれていなかった。


 潰すといった相手の中に、女帝の弟が含まれているにもかかわらず……。


「我に用があるのは、我の弟……だが冒険者の用向ようむきは、我ではない」


「なんだと? それはどういうっ!」


「王様!」


 王様がいぶかしむような声をあげると、その言葉をさえぎるように冒険者から矢が放たれた。


 幸い寸前すんぜんで気付きかわしてくれたから良かったけれど、気付けなければ確実に当たっていた。


「何故冒険者の攻撃が許される? 冒険者といえど帝国の民であることに変わりは……まさかヴィルヘルミナ、お主!!」


「我では無い。しかし我にしか出来ないことでもない。弟なら可能。民として認めることも、認めないことも」


「それを知っていてなお、とマリアをここに呼んだか……この代償だいしょう、高くつくぞヴィルヘルミナ・フォン・レギオス」


「ならその代償、生きて我に払わせてみるがいい、アレイス・ロア・カルディア」


 言うなり、女帝は迫り来る自国の兵へ、王様は冒険者へと向かって行った。


 またも置いてけぼりな私は、状況がまだ良く飲み込めていない。


 つまり、もう帝国所属の冒険者ではないから、彼等は洞窟の制約せいやくに縛られず、私達カルディアへの攻撃が可能になっているということかな?


 冒険者の数はざっと見て100人を超えていそうだけれど、こちらは私と王様の二人だけ。


 あっ、ネロと空牙クーガーと彼がいるから合わせて五人か。


 これで見掛みかけ上の戦力比は50から20に減った訳だけれど、だからどうしたという話だね……。


 幸い石舞台へと続く細い道は、まだ数人の冒険者しか渡り切っていなかった。


 そんな彼等を一瞬で倒し、王様が立ちふさがるようにして後続こうぞくを食い止めてくれたおかげで、乱戦らんせんになることはけられていた。


 王様が手にしているのは、剣と盾。


 剣の刀身とうしん波打なみうち炎をまとい、防御などお構いなしに相手に手酷てひど火傷やけどわせているようだった。


 盾は攻撃を防ぐと、その威力いりょくに応じた大きさの火の玉を返し、攻撃してきた者を焼く。


 防ぎようのない攻撃と、反撃とついになっている防御。


 攻防一体こうぼういったいというのかな?


 王様一人に、帝国の冒険者は圧倒あっとうされていた。


 決して帝国の冒険者が弱い訳ではなく、むしろ私の眼では追えない攻撃が繰り返されているあたり、かなり強いのだと思う。


 ただ、それ以上に王様が強いのだ。


 武具と防具の性能が高いことは分かるけれど、それを扱う王様自身のレベルやステータスも高いのだろうね。


 私達が王様の後ろで時々支援をしているけれど、無くても問題ないくらいだった。


 やがて幾度いくたび攻防こうぼうて、冒険者が私達から距離を取り始めた。


 いや、取らざるを得なかったという感じだね。


「たわい無い。帝国を捨てここへ来た貴様らの覚悟と力は、こんなものか?」


 ここで挑発ちょうはつ出来る王様は、さすがと言ったらいいのかな。


 けれど不気味ぶきみな程、冒険者達に反応は無かった。


 気になって注意深く観察してみると、ある共通点が見つかった。


 それは、表情の欠如けつじょ


 全員ではないけれど、多くの冒険者の目はどこかうつろで、女帝とは違った意味で感情が見えなかった。


「さすがはカルディア国王、アレイス・ロア・カルディア様。大変見事な腕前うでまえにございます」


 パチパチと、場違いな拍手はくしゅの音が鳴り響く。


 相手をめながら、そのじつどこか馬鹿にしたような態度……物凄く既視感きしかんを覚えるのだけれど。


 最前列にいた冒険者のき上がるように現れたのは、あのヴェールで顔をおおった女性。


 その現れ方が、もう正体を隠す気がないことを物語っていた。


「貴方にも出来れば会いたくなかったんですけれどね? メフィストフェレスさん」


 ヴェールで見えないはずなのに、口が三日月みかづきのように笑っている気がした。


「さすがは厄災やくさい退しりぞけし英雄えいゆう、マリア様。よくぞ私の正体にお気付きになられた」


 女性の口調が途中から男性のものに、容姿ようしが一瞬にして変わる。


 ヴェールは仮面に、喪服もふくのような服は包帯ほうたいへと変わり、頭の上にシルクハットが現れる。


 それら全てが黒で染められており、双眸そうぼうだけが変身前の唇と同じく血のように赤かった。


「メフィストフェレス……その名、聞いておるぞ。いつぞやは、随分ずいぶん余の民が世話になったようだの」


「礼には及びませんよ、アレイス・ロア・カルディア様。私はただっ」


 目にもまらぬ速さで王様がメフィストフェレスに肉薄にくはくし、剣を振るう。


「くっ!」

 

 けれどのその剣はメフィストフェレスを覆う包帯によって防がれ、逆に王様は体ごとからられてしまった。


「王様!」


「心配には及びません、マリア様。私にアレイス・ロア・カルディア様に危害を加えることは、許されておりません。ただ……彼等の凶行きょうこうを止めることもまた、許されてはおりませんが」


 ちらりと、メフィストフェレスの目が冒険者に向けられる。


「……目的は何ですか?」


聡明そうめいな女性ですね、マリア様。ここに一つ、扉を用意致しました」

 

 指をパチンッと鳴らすと、突然黒い扉が現れた。


「この扉の先は、ただ広いだけの空間へと繋がっております。マリア様が扉を開けそちらにおもむいたならば、彼等もまたそれに続きましょう。しかし扉を開けずこの場にとどまる場合、彼等もまたこの場に留まることでしょう」


 つまり、この場に留まれば王様の命の保証は無いってことだね。


 そして私に、これだけの冒険者を相手に王様を守るだけの力は無い。


「……全員、なんですね? 私が行けば、ここにいる全ての冒険者が続くんですね?」


「ええ、全員でございます。そしてその場合、その後如何いかなることがあろうとも、彼等がアレイス・ロア・カルディア様に危害を加えることは無いと、お約束致します」


「よすのだ、マリアっ!」


 王様が叫ぶけれど、どちらを選んでもは変わらないと思うんだ。


 それなら、私が選ぶ選択肢は一つしかないよね?


 ネロと空牙を見れば既について来る気満々まんまんで、勢い良く振られている尻尾しっぽは『みなまで言うな』と言っているかのようだった。


 彼は……困惑こんわくしていた。


 まあ、無理もないよね。


「戻っていても、良いんだよ?」


 私がそう言うと、彼は何かを伝えようと口を開き、けれど言葉には出せずといった感じで、顔をうつむけた。


 それでも顔を上げた彼は、黙って私の隣に立ってくれた。


「ありがとう……じゃあみんな、行こうか」


 出来る限りの準備を終えた後、私は三人と一緒に扉の中へと足を踏み入れた。

 

 途中、すれ違いざまにメフィストフェレスが短くげた。


 それはこれから起こることを示唆しさした、演目えんもくの名前。


 その名は不吉ふきつにもこう聞こえた。


 ”死の舞踏しのぶとう”と。

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