第85話 真里姉と女帝


 王様と一緒に向かったのは、”メメントモリ”から少し離れた山のふもとにある、ぽっかりと大きく空いた穴だった。


「ここは”誓約せいやく洞窟どうくつ”。この中ではレギオスがカルディアに危害きがいを加えること、またその逆も出来ぬようになっておる」


「それもいにしえの技によるものなんですか?」


「おそらくの。というのも、この洞窟は”メメントモリ”よりもさらに古くから存在しており、どのように造られたのか、記録が残っておらんのだ」


 洞窟の前にはレギオスとカルディアの兵が並び、牽制けんせいするかのようににらみ合っていた。


 その二つの列の間を、先に着いていたらしい女帝じょていを含む三人が進み、洞窟の中へと消えて行く。


 最後尾さいこうびを歩くのは、あの喪服もふくのような服を着た女性だった。


 その顔が、一瞬だけこちらを向く。


 揺れたヴェールの隙間すきまから真っ赤なくちびるのぞき、にたあっと笑っているように見えた。


「っ!」


 それを見た瞬間、私は背筋せすじが凍り思わずそばにいた彼のそでを掴んでしまった。


 私のことを心配するように、彼が視線を向けているのは分かる。


 けれど、私はあの女性の姿が見えなくなるまで、どうしても目が離せなかった。


 警戒とは違う。


 多分これは、恐怖。


 それも、どこかで感じたことのある…………。


 女性の姿が洞窟の奥へと消え、王様も続いて歩き出す。


 王様の後を追いながら、私はある物をこっそり彼に手渡した。


「これは……」


「君に持っておいて欲しいんだ。私では扱えないけれど、君ならもしかしたら、ね」


 少なくとも、私より彼の方が扱える可能性は高いはずだし、何も無いよりはましだと思う。


 御守おまもりみたいなものかな?


 いや、私がただ気休きやすめを求めているだけなのかもしれない。


 まあ、どっちでも構わないか。


 何事もなければ、それで良いのだから……。



 洞窟の中は私の予想と違い、岩をいて造ったかのような、酷く人工的な感じのする場所だった。


 ごつごつした岩肌いわはだ露出ろしゅつしていたり、湿った地面が広がっている訳でもなく、ただなめらかに削られた、石の空洞くうどう


 その表面にぎ目は一切なく、トンネルとも違い、まるで近未来の構造物か何かのように思えた。


 中に明かりらしい物は何も無いのだけれど、どうやら石自体がうっすら緑色の光を発しているらしく、進むのに困ることはなかった。


 ただいくつも別れ道が存在し、目印になるような物もないため迷いやすいように思う。


 ちらっと後ろを振り返ると、それまで見ていた光景との違いのなさに愕然がくぜんとし、私はあわてて王様の背中を追うことに専念した。


 もしも王様とはぐれてしまったら、私一人では地上に戻れない自信がある。


 最悪、空腹からの死に戻りでなんとかなるだろうけれど……。


「それにしても王様、よく迷わず進めますね?」


「これは王や、王にじゅんずる者に叩き込まれる知識の一つなのだ。そして国同士での決め事は、基本的にこのような場所の最奥さいおうで行われる。ここではモンスターこそ出ぬが、一度迷えばなかなか外に出ることは出来ぬゆえ、気を付けるのだぞ」


 王様の忠告に、私は激しく首を縦に振った。


 そして進み続けること、数十分。


 幾度いくどとなく道を分岐ぶんきくだって行くと、やがてこれまでとは違う青白い光が見えてきた。


 それは近付く程に明るさを増し、眩しさを覚える頃には広い空間が現れていた。


「うわぁ……」


 その不思議な光景に、私はそれまでいだいていた緊張感を一時いっとき忘れ、感嘆かんたんの声をあげていた。


 空間の中央、そこには青くんだ水がたたえられており、その上に長い年月ねんげつをかけて造られたと思われる、石灰岩せっかいがんのテーブルが広がっていた。


「ここが”誓約の洞窟”の最奥。湛えられた水の形から”ラクス・ラクリマ”、”なみだみずうみ”とも言われておる」


「綺麗な場所ですね」


 水面すいめんに目を向けると、石の発する光が透明度の高い水の中で無数に反射し、その結果、湖全体を青く輝かせていた。


 石灰岩のテーブルへと続く細い道を進むと、地面に突き立てた剣の柄頭つかがしらに両手を置き、目を閉じて微動びどうだにしない女帝の姿があった。


 王様と共に近付き、互いの距離が2m程になった時、その目がすっと開かれる。


 間近まぢかで対面した女帝は、美女と表現したことが間違いに思えるほど、整った容姿ようしをしていた。


 少なくとも美女の前に、とかとか、そういう常人じょうじんには付けられない言葉が必要だと思う。


 アイスブルーの長い髪は後頭部の少し上でたばねられており、身長は170cmを超えているかな?


 腰は驚く程細く、それなのに胸の豊かさときたら……。


 思わず自分と見比べてしまい、私は内心ないしん大きなダメージをった。


 長い睫毛まつげおおわれた切れ長の眼はつや凛々りりしさをね備え、同性の私でも思わず見惚みとれてしまう程だった。


「さて、そろそろ本当の狙いを聞かせて貰えるのであろうな、ヴィルヘルミナ・フォン・レギオス」


 女帝の容姿に一切気を取られることなく、王様がたずねた。

 

われ英雄えいゆうと呼ばれる者に会い、話をしたいと伝えたはずだ、アレイス・ロア・カルディア」


戯れ言ざれごとはよせ。徹底てっていした合理主義者のおぬしが、冒険者一人に会うためにここまで事を大きくするものか」


「我は戯れ言を好まない。目的にいつわりはなく、そしてもはや目的はたされた」


「なんだと?」


 ちらりと私に向けられた、女帝の視線。


 その視線はゾッとする程冷たく、人に向けていいものとは思えなかった。


「我の強さと比較する価値も無い弱者じゃくしゃ。期待外れだ」


「ほお、の国の英雄を弱者だと? 期待外れだと? 随分と面白おもしろいことを言うではないか、ヴィルヘルミナ・フォン・レギオス!」


「我は事実を口にした。そして我に面白さなど無い、アレイス・ロア・カルディア」


 一触即発いっしょくそくはつな二人と、置いてけぼりの私。


 弱者と言われても私は別になんとも思わないから、喧嘩けんかはしないで欲しいなあ。


 私は自分を強いと思ったことはないし、相手は実力主義の国の頂点にいる人なのだから、私が弱く見えても仕方がない。

 

 実際、大規模アップデートにともないレベルの上限が30から引き上げられたにもかかわらず、私のレベルは20のままで、イベントが終わってから一つも上がっていないしね。


 困り果てた私は、一つ気になっていたことを聞いてみることにした。


「そういえば、他のお二人はどこに行ったんですか? 洞窟に入る時は三人でしたよね」


 私の言葉に王様も興味を持ったのか、女帝に向けられていた圧力が少し弱まる。


 それを受け、女帝も圧力をおさえたようだった。


 王様と私が答えを待っていると、げられたのは意外な一言ひとことだった。


「我は知らない」


 …………ん?


「でも一緒に入りましたよね、この洞窟に。知らないってことは……」


「我の後ろを歩くのは自由。我の弟と、弟の言う婚約者こんやくしゃならそれを止める道理どうりもない」


 いやいや、それで途中で姿を消すとか明らかに怪しいでしょう。


「お主それは……」


 王様は何かをさっしたらしく、さっきまで抱いていた怒りも忘れ、女帝をあきれたような目で見ていた。


 そして王様が察した何かは、ぐに現実のものとなった。


 最初に現れたのは、いや、聴こえてきたのは無数の足音。


 それが入り口の方から響いてきて、やがて実体となり帝国の兵の姿になった。


 先頭を歩くのは、私がやぐらで遠くから見た男の人で、女帝の言葉を借りるなら彼女の弟。


 そして彼が率いる兵とは別の集団が、後に続いてきた。


 その集団は装備もバラバラなら、兵とは違い規律きりつがあるようにも見えなかった。


 無理もないか、だって兵じゃないからね。


 その正体は、帝国の冒険者。


 そこには出来ればもう会いたくなかった、レオン達の姿もあった。

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