第84話 真里姉とメメントモリでの戦い


 隣国りんごくレギオスとの戦争が決まってから、戦いにそなえ私達はレベル上げに専念せんねん……とはならなかった。


 何故なぜなら私達というか、私の役目は女帝じょていと会うことで、そもそも戦いに参加する必要が無かったからだ。


 肩透かたすかしをくらった3人は、気の毒になる程ガッカリした様子だったけれど、勝手に参加を決めたのもこの3人であることを思い出し、私は同情する心をポイっと捨てた。


 ちなみに『幼聖教団ようせいきょうだん』の人達は、私達の分まで戦うと言ってとても張り切っていた。


 冒険者の主力として期待している、と王様から言われたのも影響しているかな?


 では私達はというと、戦いに参加しない代わりに大量の生産を依頼されていた。


 少しでも兵の力を高め、万が一の時に備えたいと言われては断ることも出来ず。


 実態じったいはカンナさんがまた暴走し、一人で引き受けてしまったのだけれど。


 もうね、クランマスターはカンナさんでいいんじゃないかな?


 一瞬そう考えたけれど、それはそれでろくなことにならなそうで、私はその考えをポイっと捨てた。


 結局Mebiusの世界では一週間、ほぼ料理漬けの日々を送ることになってしまった。


 料理は私が好きで始めたことだけれど、こんなに料理ばかりしているとジョブの意義を見失いそうになるね。


 それでも一つだけ良いことがあって、なんと彼が料理の手伝いをしてくれるようになったのだ。


 必要なお皿を並べてくれたり、片付けを済ませてくれたり、目立たない行為だけれど、私はとても助けられた。


 なお、彼は私にその行為がバレていないと思っているらしい。


 けれど調理場には二人しかいないのだから、隠し切れるはずがないよね。


 そんな不器用ぶきような彼を、私は微笑ほほえましく思った。



 そんな感じであわただしく日々が過ぎていき、戦争当日。


 王都おうとを出発して辿たどり着いた”メメントモリ”。


 その場所を一言で表すなら、巨大なチェスばん


 盤面ばんめんにあたる地面には、正方形に切り出した大理石だいりせきのような石材せきざい隙間すきまなくき詰められている。 


 現実のチェス盤では、隣接りんせつするマスの色が同色にならないよう、白黒交互に色分けされるのに対し、”メメントモリ”は盤面の中央からレギオス側が黒、カルディア側が白と明確に分かれていた。


 レギオスのへいまとう装備の色は、青。


 カルディアの兵が纏う装備の色は、赤。


 そして私がなんでそんな俯瞰情報ふかんじょうほうを持っているかというと……。


「なかなか見事みごとなものであろう?」


「そう、ですね……」  

 

 それぞれの陣地じんちの中央後方、盤面の外に物見ものみのためにしては立派過ぎる、やぐらのような物がてられていた。


 おかげで眼下がんかの様子を見渡みわたすことが出来るのだけれど、本来なら王様と側近そっきんの人達しか入れないような場所に、私達がいてもいいのだろうか?


 ちなみに『幼聖教団』の人達は、既に盤上ばんじょうに待機していた。


 そして冒険者の中には、バルトさんの姿もあった。


 その名前はいまだ赤く、周囲の人達からは距離を取られているようだったけれど、その赤い色は以前より薄くなったように思う。


 きっと、人知ひとしれず頑張ったんだろうな……。


 それが一つの救いの形のように思えて、私はひそかにバルトさんに声援せいえんを送った。



「あの女帝、やはりマリアに会ってみたいというのはただの口実こうじつか」


 じっと遠くを見詰みつめながら、王様がつぶやいた。


「どうかしたんですか?」


「こちらと同じように、レギオスも櫓を建てておる。その中央にいるのが女帝なのだが、何故か他に二人もそばにおる。これまでつねに一人だったあの女帝がだ。しかも見るに男の方、あれはもしや……」


 王様の言葉が気になって、【視覚強化しかくきょうか】で視力の上がった眼で見てみると、確かにレギオスにも櫓のような物が建っていて、その中央に遠目とおめでも分かる程の美人が座っていた。


 あの人が女帝かな? 盤上の兵よりも一層深い青色の鎧を身に纏っている。


 そして王様が言った通り、その右後ろに男の人が立っていた。


 鎧の色合いや面影が、どことなく女帝に似ているような気がしなくもない。


 けれど、私が気になったのはもう一人の方。


 その服は二人と違い、喪服もふくのように暗く沈んだ色をしており、その顔はヴェールでおおわれていた。


 服の感じと体格から、おそらく女性だと思うけれど、男の人にピタリとう姿はまるで影のようだった。


「何やら悪い予感がする……と側近も注意しておくが、マリアよ。おぬしも十分気を付けておけ。女帝の狙いがどうにも読めん」


「分かりました」


 私は答えてから、ネロと空牙クーガーんだ。


 二人には【供儡くぐつ】で、彼はそのまま【モイラの加護糸かごいと】で動いてもらうことにした。


「そういえばお主、こやつの名を呼ばぬな。まだ名を与えておらんのか?」


「彼が私の家族であることを受け入れてくれたら、呼ぼうと思っています。名前自体は、もう考えてあるんですよ」


「よせ、さすがにこいつが可哀想かわいそうだ!」


「マリアちゃん、人には向き不向きがあるって、もう分かるわね?」


「私達にお任せですよぉ」


 ……3人の考えは良く分かりました!


 特にルレットさん、それはフォローしているようで『お前には任せられない』って言っているのと同じですよね?


 確かに、これまでの実績がアレなのを認めるのは、やぶさかではないですよ?


 でも、今回はそういう訳にはいかない。


 彼と、彼に宿やどるモノに向き合うためにも、私が名前を考えるべきだと思ったんだ。

 

 彼に合う名前は何がいいか、随分ずいぶん悩んだけれど、なかなか思い浮かばず。


 そこで私は、今の彼に合う名前ではなく、私がこれからの彼に願うことを名前にしようと思った。


 そんな時、ふとある有名な言葉を目にし、私は彼の名前を決めたのだ。


「もう少し胸の内に仕舞しまっておこうと思っていたのですけれど、良い機会かもしれません。みんなにも知っておいてもらいたいし……ただ君が認めてくれるまで、私は君のことをと呼ぶつもりだから、安心していいよ?」


「ふっ、ふんっ……勝手にしろっ!」


 その割に、腕を組んだ指先が落ち着きなく動いていて、気にしているのが隠せていない。


 あれだね、顔はそっけないのに尻尾しっぽをブンブン振ってお散歩行きたがってる犬みたい。


 雰囲気ふんいきとしては、犬というよりおおかみかな?


 生きている狼を見たことが無いから、想像だけれど。


 ゴクリ、と誰かがつばを飲み込む音が聴こえた。


 いや、そんなに大事おおごとじゃないですからね?


 というか何でそんなに心配するんですか、失礼ですよ!


 叫びたくなる気持ちを必死になだめ、深呼吸を一つしてから、私は彼の名前をげた。


「君の名前、それは……」


 その時、一際ひときわ強い風が私達の間を吹き抜けた。


 風音かざおとまぎれ、私が告げた名前は聴こえなかったかもしれない。


 事実、王様や3人は『何だって?』と聴き返してきたけれど、私の風下かざしもに立っていた彼には聴こえたようだった。


 黒いまなこが、まるで信じられないモノでも見るかのように、私に向けられていた。


 私が名前に込めたおもいと、そこから付けた彼の名前。


 その想いが、どうか彼と彼に宿るモノに、届きますように……。



 王様と女帝が示し合わせたかのように両手を天にかかげると、盤面があわい光に包まれた。


 それが合図となり、戦いの火蓋ひぶたが切られた。


 数は1000対1000、そのうち500は国の兵で、もう半分が冒険者。


 戦いは様子見など無く、いきなり始まった。


 まず攻撃の早い弓矢や、溜めを必要としない遠距離攻撃の応酬おうしゅう


 それで時間をかせぎ、次に派手な魔法の打ち合いが行われると、落ち着いたころに前衛が突撃していった。


 その流れはイベントでも見たように思うのだけれど、定石じょうせきなのかな?


 彼は無表情むひょうじょうで戦いを眺めており、その眼を見て、ふと気になったことをルレットさんに聞いてみた。


「そういえば、彼の眼はどうして魔石ませきじゃないんですか? ネロや空牙の眼は魔石でしたよね」


「それはですねぇ、拒絶きょぜつされたからなのですよぉ」


「拒絶された?」


「ワタシ達3人の推測すいそくだけど、【厄災やくさい荒御魂あらみたま】の影響ね。あれ自体がネロちゃんや空牙ちゃんにおける魔石、つまりかくの意味合いを持っているから、喧嘩けんかしてしまうのだと思うわ」


「何しろモノが規格外きかくがいだからな。生半可なまはんかな魔石じゃ、そもそも釣り合わねえんだろう。さらに上位の魔石でもなけりゃ、無理だと思うぞ」


「そうですか……」


 彼のひとみに色が宿り、世界が変わって見えたらいいのに。


 私がMebiusに来て、世界が色付いて見えたように……。



 戦いは王様の予想通り、帝国有利で進んでいた。


 特に兵の強さに差があって、カルディアの兵は始終しじゅう押されっぱなしだった。


 それでも王様が『例年より良くっている。お主らの装備と料理のおかげだ』と言っていたから、本来ならもっと圧倒あっとうされていたんだろうね。


 でもそこまでの戦力差を分かっていて放っておくのは、さすがにどうなんだろう?


 そして王様をして良く保っていると言わせるもう一つの理由が、あの人達の存在だった。


「進め! ここで我ら『幼聖教団』の、いや、教祖様きょうそさまの名をとどろかせるのだ!!」


「「「おおおっ!!!」」」


 グレアムさん、私の名前は轟かせなくていいですからね?


 けれど私の願いに反し、素人目しろうとめにも士気しきが向上するのが分かる『幼聖教団』の人達。


 そのあまりの迫力はくりょくに、帝国の冒険者はひるみ、押されていた。


 ある程度の傷をったら盤上から弾き出されるため、無理はしていないだろうけれど、なことはいたる所で起きていた。


 教団所属のあの戦士っぽい人、どうして鍔迫つばぜいから相手の喉元のどもとを噛んだりしているんだろう……。


 そしてグレアムさん、貴方は狩人かりゅうど系ジョブなのに、なんで最前線に出ているんですか?


 至近距離しきんきょりからたり、手に持っていた矢をそのまま突き刺したり、明らかに普通の狩人の動きじゃない。


 そしてグレアムさんが最前線に出ることで、カルディアの冒険者の士気はいよいよ高まり、レギオスの冒険者は自陣奥へと押し込まれていった。


「進めっ! 我々は教祖様の聖なる加護かごを受けているっ!! 恐れる必要は何も無いっ!!!」


 いえ、私にそんなスキルはありません。


 これでそんなスキル持っているなんて間違った噂が広がったら、どうしてくれるのかな?


 けれどその言葉に、残念ながらグレアムさんに率いられた人達の士気はかつて無い程に高まった。


 その戦う姿は、まるで狂信者きょうしんしゃのようで。


 あの人達に迫られたら、普通に怖いだろうなあ……。


 私がそんなことを思っていると、視界のはしに赤い名前がちらりと入った。


 見ればバルトさんが、たった一人で帝国の冒険者相手に罠をしかけ足止めしたり、後衛の集団にちょっかいをかけ撹乱かくらんしていた。


 あの素早い動き、バルトさんは盗賊とうぞくなのかもしれない。


 相手を倒すようなことはほとんどないけれど、上から見ていても実に上手い、相手にとっては実にいやらしい攻め方をしていた。


 ただ、グレアムさん達の活躍やバルトさんの働きがあったとはいえ、帝国側の冒険者には違和感いわかんを覚える。


 帝国には、おそらくたくさんの攻略組の人が所属していると思う。


 対して、カルディアは生産メインの人が多い。


 それなのに、果たしてこんな一方的な展開になるだろうか?


 そんな私の懸念けねんをよそに、冒険者同士の戦いはカルディアが優勢となることで、それがレギオスの兵にプレッシャーを与え動きを鈍らせていた。


「予想よりもはるかに善戦ぜんせんはしたが、そろそろ時間。そして想定通りレギオスの勝ちで終わりそうだが……さてあの女帝、どう動いてくるか」


 王様がそう呟くのと、盤面を覆っていた光が消えるのは同時だった。


 そして王様の言葉通り、冒険者の数はカルディアの方が多く残っていたけれど、兵の数は圧倒的にレギオスの方が多く残っていた。


 戦争は、レギオスの勝利で幕を閉じたのだ。


 戦いが終わり、それぞれの陣営に兵や冒険者が引き上げていく。


 ここからは、ある意味私の戦いだね。


 王様にいざなわれ、私はここへ来ることになった理由、女帝ヴィルヘルミナ・フォン・レギオスと対面たいめんするのだった。

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