第83話 真里姉と隣国のレギオス


「レギオスとの戦争……」


 王様に言われたことを理解するまで、だいぶ時間がかかったように思う。


 勿論もちろん、言葉としての意味は知っているよ?


 歴史でも習ったし、過去にはテレビで『〜戦争』として、実際に起きたことだってある。


 けれど、私が知り合った人の口から直接聞かされたその言葉は、想像をはるかに超えて重かった。


 あまりの重さに、私は心を安定させるのに精一杯せいいっぱいで、情報として処理することがまったく出来なかった。


「そう、戦争だ。ただし、これは隣国りんごくレギオスの連中がそう言っているだけで、実態は別物だ。おぬしが心配するような、人死ひとじにが出るものではない。しかし伝え方が不味まずかった、許せ」


「あっ、いえ……」

 

 その後、気をかせてくれた王様がレイティアさんを通じ、ルレットさん達を呼んでくれた。


 多分、このまま私に話をするのは危ないと思ったんだろうね。


 正解です。


 何を言われても、冷静に受け止めることなんて出来なかったと思う。


 レイティアさんに呼ばれ何事かとあわててやって来た3人が、私の様子を見て真っ先に心配してくれたのは、嬉しかったな。


 仮にも王様がいるんだよ?


 特にカンナさん、いきなり王様に結婚アピールする程だったのに……最近は大きな子供だとばかり思っていたけれど、仲間って頼もしいね。


 そう思い、私は心の中で3人に謝った。


 そしてクランメンバー全員がそろったところで、改めて王様が事情を説明してくれた。



「なるほど。戦争という名の、一種の競技みたいな物なのね。決められた数のへいを出し合い、一定時間後の残存兵数ざんぞんへいすうによって優劣ゆうれつを決めると」


 王様の話した内容を整理し、最初に口にしたのはカンナさん。


「けれど、それだと怪我人けがにんというか、やっぱりその……」


「その点は心配らぬ。がそれを許さぬのでな」


「戦いの場?」


 王様は断言するけれど、新たな謎の言葉の登場で、私の思考は周回遅れですよ?


 それを察してくれたのか、より詳しい説明が続いた。


「隣国レギオスはカルディアの北に位置しており、その国境付近に”メメントモリ”という名で呼ばれる場所が存在する」


「”メメントモリ”っていうと、確かラテン語で『死を忘れるなかれ』って意味だったか」


 ぐに意味まで分かるなんて、凄いですねマレウスさん。


 私はラテン語だということすら知りませんでしたよ。


「ほお、良く知っておるな。その場所にはいにしえわざほどこされておってな。カルディア、レギオスの権力者が力をそそぐことで、戦いによる傷を無効化する結界けっかいを張ることが出来るのだ。ただしその技の特性か、傷を無効化された者は”メメントモリ”からはじき出されるのだ」


「なるほど、それで残った兵の数を数えて優劣を決めるって訳か」


「その通りだ。その場所につけられた名の意味を思えば、罰当ばちあたりなことではあるが、他に禍根かこんを残さぬ方法も無くてな。代々だいだい続いている茶番ちゃばんのようなものよ」


 苦笑しながら口にするのを私が不思議に思っていると、カンナさんが勢い込んで王様に話しかけた。


「つまり王様は、助力じょりょくで帝国に勝ちたいのね!」


 自信満々じしんまんまんで言うカンナさんと、若干じゃっかん引いている王様の対比たいひ絵的えてきに激しい。


 助力については置いておくとして、そこはせめてワタシ達にして下さいね?


 さっきまで私を心配してくれた頼もしさは、一体どこへ行ってしまったのだろう……。


「いや、帝国に勝つ必要はないのだ。勝てぬし、むしろ勝っては面倒なのだ」


「どういうことですかぁ?」


 あごに指先を当てて、ルレットさんがたずねた。


 ええ、私も分からないので助かります。


「レギオスは実力主義をかかげる軍事国家ぐんじこっかなのだ。国力こくりょくでカルディアにおとるとはいえ、茶番でも単純な兵力の競い合いでは勝てぬのよ。そしてこの茶番の結果が、両国の貿易に影響する。具体的には、カルディアがレギオスに売る穀物こくもつの値段と、レギオスがカルディアに売る鉱石こうせきの値段にだ」


「それだとぉ、なおさら負けられないのではありませんかぁ?」


 確かに、負けてしまえばカルディアにとって損をすることになる。


 するとマレウスさんが、はっとしたように顔を上げてつぶやいた。


「ガス抜きか……レギオスの軍事力を誇示こじさせてやることで、連中を満足させ、戦利品せんりひんのように穀物を安く売り、鉱石は高く買ってやる。それで回避かいひしてきたんだな。互いにより大きな被害ひがいを生まないために」


「マレウスといったか、お主なかなか鋭いの」


「なるほど、それで茶番か。一見いっけん無駄むだに思えるが、結果的には安く済む……だが、そうなると分からねえな。なんでマリアに声をかけた?」


 その問いに、王様の表情が苦しげにゆがんだ。


「……レギオスから提案されたのだ。今後、冒険者も国の力となりうると。であれば、此度こたびは兵の数の半分を冒険者に置き換えてはどうか、とな。そして提案の中に含まれていたのが、厄災やくさい退しりぞけた英雄えいゆうを連れて来て貰いたいというものだ」


 王様がこっちを見た。


 3人もこっちを見た。


 えっ、私のことですか?


 恐る恐る自分自身を指差すと、一斉いっせいに頷かれてしまった。


「いやいや、私は英雄なんかじゃありませんよ!?」


「周囲はそう見ておらんということだ、あきらめろ」


「そんなっ」


 救いを求めて3人を見ると、揃って首を横に振られた。


 その眼は王様と同じく、『諦めろ』と言っている。


 四面楚歌しめんそかって、こういうことを言うのかな……。


「マリアちゃんがどう見られているのかは、この際どうでもいいとして」


「どうでもいい!?」


「マリアちゃんが指名された理由と、それにこたえなければならない理由はなんですか、王様」


 私の反応は無視され、会話が進んでいく。


 もう、私はお家げんじつに帰ろうかなあ。


 そんな風に思っていたら、さらなる爆弾が投下された。


「レギオスの女帝じょてい、ヴィルヘルミナ・フォン・レギオス直々じきじきの指名なのだ。マリアに会って話をしてみたい、とな」


「なっ……」


 本日三度目の絶句ぜっく


 えっ、女帝ということは、レギオスで一番偉い人だよね?


 そんな人が、どうして私と会いたがるかな……。


 卒倒そっとうしなかった私をめてあげたい、誰も褒めてくれないだろうから。

 

「そして応えなければならぬ理由だが、マリアが来なければ女帝自ら会いに行くと言っておるのだ。道中どうちゅうの危険にそな、とな。それを額面通がくめんどおりにとらえ、まねき入れられると思うか?」


「あからさまなおどしですねぇ」


 おっとりした口調だけれど、口のが上がっていますよルレットさん。


 今にも眼鏡めがねを外しそうな感じにハラハラしていると、


「それで、王様はどうするつもりなんですか?」


 いつに無く、真面目な様子でカンナさんが続けていた。


 本来の重低音じゅうていおん声音こわねもあって、すごみすら感じさせる。


「そうさな……ここに来る前は、迷っておったよ。だがこうしてお主らと話し、迷いは晴れた。向こうが護衛を引き連れて来るというのだ。ならもそれにならい、出迎えてやるのが礼儀れいぎであろう。向こうより、護衛の数が多くなるかもしれぬがな」


 そう言った王様の表情は、どこかものが落ちたかのようだった。


 王様のその言葉を聞いて、カンナさんがニヤリと笑う。


「さすがワタシの王様ね! 上に立つ者としての覚悟、惚れ直してしまったわ。安心して頂戴ちょうだい、ワタシ達『ルナ・マ・リ・ア』は王様について行くから!!」


 ちょっとカンナさん!


 今クランの名前出しましたよね?


 つまりクランメンバー全員ってことですよね!?


「最近全然レベル上げてなかったからな。久々に狩りでも行くか」


「腕がなりますねぇ」


 マレウスさんとルレットさんは既に戦う気満々ですか、そうですか。


「話は聞かせて貰いました! クラン『幼聖教団ようせいきょうだん』!! およばずながら参戦いたします!!!」


「どっからいたんですかグレアムさん!?」


 ババーンッと扉がひらかれ、現れたのはグレアムさんだった。


 思わず悲鳴じみた声を上げた私を、誰が責められるだろう。


「お主ら……おんる」


 心からの言葉をこぼす王様に、みんなが温かい視線を向ける。


 そして、その視線はじっと私の方にも向けられてきて……ああ、もうっ!!


「分かりましたっ! 行きますよっ!!」


 こうして私達『ルナ・マ・リ・ア』と『愉快ではない仲間達ようせいきょうだん』は、王様と一緒に戦争へとおもむくことが決定してしまった。


 元々私は困っている王様を助けるつもりだったけれど、どうしてこんなにめられた感じがするのだろう……。


 私の平穏へいおんは……いや、もう平穏に期待するのはやめよう。


 そう心に誓った私の肩を、誰かがそっとなぐさめるかのように叩いてくれた。


 振り向けばそこに、彼がいた。


 全私ぜんわたしが泣いた。




(マリア:マリオネーターLv20)

 カルマ(王都) 100,000 → 140,000



 ってまたこんなにカルマが増えてる!?


 私をどうしたいの、王様!!!

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