第82話 真里姉と彼と王様


 取りえずレイティアさんには一旦いったん下がってもらい、私は彼と一緒に小部屋の中へと入った。


 そして、本日二度目の絶句ぜっくを味わった。


 元々この小部屋は、他の人に見聞きされたくない患者さんのために、薬師くすしの方が造ったものだ。


 そのため家具といえば二脚の丸椅子まるいすと、小さなテーブルくらいしかなかったはず。


 それが今、床には真っ赤な毛足けあしの長い絨毯じゅうたんかれ、壁には湖をえがいた色鮮やかなタペストリーが掛けられていた。


 丸椅子はクッション性のある素材を用いた、背もたれのある立派な物に、テーブルは木製の物から、植物をした金属の脚がガラスの天板てんばんを支えるという、とても高そうな物に替わっていた。

 

 誰がやったかは一人しかいない訳だけれど、その前に。


「……どうして王様がここにいるんですか?」


 もし普通にホームの扉から入って来たのなら、私が不在であることをレイティアさんが伝えただろうし、そもそもこの部屋の有様ありさまを知らない以上、ホームで待たせるなんて選択肢は無かったはず。


 平伏へいふくした様子といい、仮に王様が『待つぞ?』と言ったとしても、レイティアさんなら『お待たせするなんておそれ多いことですし、お待ち頂くに相応ふさわしい場所がありません』と、断ったと思うんだよね。


 となると、王様は何らかの方法で人知ひとしれずこの小部屋に入って来たしんにゅうしたという訳で。


「城には、代々不測ふそくの事態に備え抜け道がいくつも用意されておる。そのうちの一つが偶然ぐうぜんこの家の近くを通っていたのでな、この部屋に繋げたのだ。ちなみに入り口は、絨毯の下に隠してある」


 そう言われてみると、部屋のすみにある絨毯の一部が少しだけ周囲と高さが違う気がする。


 えっ、じゃあ最近感じていた揺れって、もしかして王様が地下を掘り進ませていたことによる影響?


王都おうとで評判になっているおぬしのカスレ、も味わってみようと思ってな。しかし余が堂々と表を歩く訳にもいかん。以前、お主と会った後に側近そっきんの者達にえらく怒られたのでな。だがこうして抜け道を使えば、人目ひとめにつくこと無くお主を訪ねることが出来る。突貫とっかんで造らせたゆえふところの金は幾分いくぶん減ったが、お主の驚いた顔を見れただけでも、造った甲斐かいがあるというものだ」


 『ハッハッハッ』と王様は笑っているけれど、ツッコミどころが多過ぎて、困っている私がここにいますよ?


 まず、王都で評判になっているのは、この際いいとして、なんで下々しもじもの食べ物に王様が興味を示すかな。

 

 王様でしょう? いっぱい美味しい食べ物あるよね?


 さらに言うと、そんな評判誰が王様の耳にいれたのよ!


 もっと重要な情報が他にいっぱいあるでしょう!!


 それからしれっと抜け道からこの小部屋に繋げたって言ったけれど、内装含め、私はそんな許可出していないからね!?


 あと突貫で造らせたって一体どれだけかかったの!!


 そんなお金があるなら王都の人のために、と思ったけれど税金じゃなく自費だから何も言えない!!!


 それにこれを公共事業こうきょうじぎょうとらえれば、そのお金は結局、王都に住む人達に還元かんげんされる訳だし……ぐむむ。


「現状を受け入れたようだな。なら催促さいそくするようで悪いが、さっそくお主のカスレを馳走ちそうしてくれんか。実は城を抜け出すのに夢中で、朝から何も食っておらん。無論むろん対価たいかは払う」

 

 お腹を押さえ少しおどけた様子で笑うけれど、私はそんな王様の表情に少し違和感いわかんを覚えた。


 具体的にどこがと言われると良く分からないのだけれど、なんだろう、妙に引っ掛かる。


「……そこはちゃんと食べて下さいよ」


 結局答えは出ず、部屋から出た私はクラン共有のアイテムボックスにおもむき、カスレを一皿取り出した。


 あの部屋の雰囲気に木製の食器は合わないだろうけれど、そもそも王様が家庭料理を食べる時点で、そんなギャップもう些細ささいなことだよね。


 小部屋に戻り、私は持って来たカスレをガラスのテーブルの上に置いた。


「どうぞ。王様のお口に合うか分かりませんけれど」


謙遜けんそんせずともよい。ふむ、実に美味うまそうな匂いだ。では頂くとしよう」


 カスレを木匙ですくい、王様が一口食べる。


 ゆっくりと時間をかけて咀嚼そしゃくし、飲み込んだ後に出た言葉は、思いがけないものだった。


「余はな、母を知らぬ。病弱ながら、民からしたわれる良き国母こくぼであったらしいが、余を産んでぐに息を引き取った。母を看取みとった父によれば、薄紅色うすべにいろをしていた母の髪は真っ白に、華奢きゃしゃな手足は枯れ木のように痩せ細っていたと聞く。まるでその身に宿やどる命全てを、一滴残らず余にたくしたかのようだったと、父が語ったのを今でも良く覚えておるよ」


「王様……」


「そんな母を知らぬ、母の味を知らぬ余だが……なるほど、母の味とはこういうものなのだな。多くの民が、この味を求めるのも無理からぬことよ」


 しんみりとした話に、私は思わずうるっときてしまい…………ん?


 いやいや、私はみんなのお母さんではありませんからね!?


 私が訂正ていせいを求めるより早く、王様は皿を持ち上げ、匙でカスレをんだ。


 その豪快ごうかいな食べ方に私が唖然あぜんとしていると、王様はあっという間にカスレを食べ終えてしまった。


「実に美味かった。では約束どおり対価を払おう」


 そう言って王様がテーブルの上に置いたのは、対価というにはあまりにも額の大きいお金だった。


「あの、さすがにこれは貰い過ぎだと思うんですけれど?」


「お主の活躍かつやくは、余の耳にも届いていると言ったであろう? これは馳走になった分と、そして外街とがいの子らへ食事をってくれた分だ」


「それにしても……」


 正直、これまで日課にっかで使ったお金のゆうに十数倍はあると思う。


「全ては余の力がおよばぬことが原因。この金は民に対し、余のいたらぬ部分を支えてくれたお主へ、ではなく、一民いちたみとしての感謝の印と思ってもらいたい。本音を言えば、これでも足りぬと思っているのだが」


「十分過ぎますから!」


 私は思わず叫んでしまっていた。


「ふっ、無欲なことだ……知っておるか? お主が今、王都でなんと呼ばれておるか」


「すごく聞きたくないですけれど、後で無防備むぼうびなところで知ったら卒倒そっとうしそうなので、聞かせて下さい」


幼聖食堂ようせいしょくどうの主人から、『幼聖ようせい』。あるいは、貧しき子らにめぐみを与える慈悲じひ深き、『幼母ようぼ』。他には……」


「あっ、やっぱりもういいです」


 これ以上続けられたら、私はまた遠い、遠ーーーーーーい目をしてしまいそうだから。


「ところで、さっきから気になっておったのだが、そこにおる長身の男は何者だ?」


 王様が、思い出したかのように彼について聞いてきた。


「私の新しい家族なんです」


「かかっ、家族だと!? オレは、お前と家族になど……なった覚えはない!」


「ちょっと素直じゃないんですけれど、可愛いでしょう?」


「確かに、不思議となごむものがあるな」


「オレの話を聞けっ! そんなことより、お前はこの国の王なのだろう? 何故、冒険者共を放置する! 冒険者共がいるせいで、あの惨劇さんげきは起きたのだぞ!!」


 まるで何かに追い詰められたかのように、彼が王様に言葉を叩き付けた。


「お主の言わんとすることは、分かる。しかしその冒険者にはこのマリアも含まれることになるが……さてお主、それをまえてもう一度、同じことが言えるか?」


「それ、はっ」


「そしてお主も見たであろう。我らの中にも、良いおこないをする者もおれば、そうでない者もおる。出自しゅつじちがえど、人とはそういうものなのだと、何故気付かぬ?」


「……」


「その反応、どうやら気付いてはおるようだが、認められんといったところか。だがな? お主に宿るそのごう、マリア一人に向けるのはこくというもの。それならば、街が危機ききひんしていたことにも気付かず、何ら対策をせなんだ、無能な王である余をめればよい。全ての責任は余にある。うらむなら、余を怨め」


 青年のような外見をしているけれど、威厳いげんに満ちた態度で王様はそう言い切った。


 その言葉が本気だということは、王様の眼を見れば分かる。


 そしてそのおかげで、私は引っ掛かっていた正体に気付くことが出来た。


 彼を見ると、まさか自分の国の王様からさとされるとは思ってもいなかったのか、呆然ぼうぜんとした様子だった。


「その言葉は嬉しいですけれど、やっぱり私達に責任が無いとは思えません。ですから王様、彼の言い分も間違いではないのです」


「お前……」


「お主はまた、そうやって」


「それに、王様は私一人にと言ってくれましたけれど、それを今度は王様が一人で背負しょむつもりですか? ただでさえ、目の下にクマが出来るほど疲れているのに……このままだと、いずれ倒れてしまいますよ? そうなったら、きっと多くの人が悲しみます。私は、それで家族を悲しませてしまいましたから」


 自嘲じちょうするように笑った私を見る王様の目は、大きく見開みひらかれていた。


 クマがあることに、私が気付いたからかな?


 まあ、気付けたのは洞察力どうさつりょくが優れていたとかではないんだけれどね。


 昔の母さんが同じことをしていた、それだけのことだから。


 そう思ったら、連鎖的れんさてきにもう一つ気付くことが出来た。


 こんな酷い状態で、わざわざここに来た理由……。


 カスレを食べたかったから、というのは理由としてちょっと弱過ぎるよね。


「私達に……いえ、ひょっとしたら私に、何か頼みたいことがあるんじゃないですか?」


「……お主、どうしてそれを」

 

「どうしてでしょうね? 私にも分かりません。ひょっとしたら、そんなスキルを覚えたのかもしれませんよ?」


 今度は私が戯けてそう言うと、王様は『くはっ』と笑い声をこぼし、両手をあげた。


 降参してくれて何よりだね。


 それから王様が話をしてくれた内容は、けれど、私の想像を大きく超えるものだった……。

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