第81話 真里姉と彼と住人


 バルトさんに会ってから数日、彼は以前より近くで私の様子を観察かんさつするようになった。


 そう、じゃなくて


 そこには彼なりに悩み、知らないモノを知ろうとする意志のようなものが感じられて、私はひそかに嬉しく思っていた。


 と、今日は日課にっかの前にいつものカスレ作り。


 レイティアさんやライルが手伝ってくれるおかげで、以前より料理が出来上がるまでの時間はぐっと短縮されている。

 

 ちなみに大きな子供達3人は、レイティアさんとした結果、しばらく食堂の内装ないそうや家具を作ることに専念させられていた。


 おかげで食堂には立派なテーブルが置かれ、床には毛の短い絨毯じゅうたんかれている。


 これで子供やお年寄りの方が転んでも、大きな怪我けがをしないはず。


 そして変化はもう一つあって。


 それは私が調理に使っていたカウンターとは反対側にあるカウンターで、マレウスさん、カンナさん、ルレットさんが作った武具、防具が売られるようになったことだ。


 カウンターは商品ケースのような物に替えられ、その中に実物のサンプルが置かれており、お客さんが何か質問したい時は、レイティアさんに声をかけてもらうようにした。


 ちなみに、専門的な説明を求められた場合には3人を呼んでもらうよう、レイティアさんには頼んである。


 といっても、今のところほとんどの質問はレイティアさんで答えられているんだけれどね。


 本当に、レイティアさんが優秀過ぎて困る。


 まあ、中にはレイティアさんと話をしたくて来る冒険者の人もいるみたいだけれど。


 ある人は一番安い短剣を、もう何十本も買っている。


 買ってくれるのは嬉しいんだけれど、レイティアさんはホステスさんではないからね?


 私がカスレの仕上げに入っていると、ふと足元あしもとれた気がした。


 最近多いのだけれど、地震かな?


 これについてレイティアさんが都民とみんの人に聞いてくれたけれど、他ではそんなこと起きていないらしい。


 なんだろう……まっ、気にしないでも大丈夫だよね、きっと。



 私が日課に行くと、彼もしっかりついて来ていた。


 以前より確実にその距離は縮まっていて、もう少ししたら、普通に会話出来るくらいの距離になりそう。


 向かう途中、市場でいつもリンゴを買っているお店の人が、『子供達のために協力させてくれ』と言って、多くのリンゴをおまけしてくれた。


 こういう、おもいが広がっていくのを感じられると、やっぱり嬉しいな。


 …………レイティアさんに裏で何かを握られているからじゃないよね?


 一瞬ありそうだなあと思った私がいたことは、内緒だよ?


 ふりじゃないからね!?



 子供達に食事を渡すのは、いつものようにブルータさんのいる門の前。


 噂が広がっているのか、来てくれる子供の数は増えているように思う。


 そのうち鍋二つでも足りなくなりそうだけれど、スキルのおかげで作る手間はそんなに変わらない。


 お金については食堂の売り上げと、たまに取引掲示板にせている分の売り上げで、十分まかなえていた。


 というより、売り上げが多過ぎて正直扱いに困っている。


 武具や防具は気に入っているし、特に戦いに行ったりもしないので、新しく買う必要がない。


 戦ってレベル上げたりするのも大事なんだろうけれど、今はホームでのんびり過ごしたり、こうして子供達が美味しそうに私の料理を食べてくれる姿を見るだけで、私は十分満たされている。


 何か有効な使い道でもあればいいのだけれど……。


 そんなことを考えていると、ネロと空牙クーガーうなり声をあげた。


 二人の視線の先には、薄汚うすよごれた服を着た50代くらいの男の人が数人、立っていた。


 先頭にいる人の眼は血走ちばしっていて、口のはしからはよだれらしきものが泡状あわじょうになってれている。


 私は子供達を空牙の後ろに移動するよう伝え、ブルータさんにも手伝ってもらった。


「何のご用でしょうか」


 近付かれる前に私が前に出てそう言うと、その人はいきなり怒鳴どなってきた。


「何のご用だと? ガキどもには飯をやるくせに、俺達には寄越よこさないのはどういうことだっ!」


 後ろで『そうだそうだ!』『贔屓ひいきしてんじゃねえ!』といった言葉が続く。


「この子達は働きたくても、働けないのです。自分の力ではどうにも出来ないのなら、誰かが手を差し伸べるしかないと、そうは思いませんか?」


「なら何で俺達には寄越さないっ!!」


「貴方達は大人で、働けるじゃないですか。王様は仕事を斡旋あっせんしていると、私は聞いています。食事を強請ねだる前に、働けば良いではないですか」


「なんだと! 偉そうに上から物を言いやがって小娘がっ!!」


っ!」


 飛んできた何かが頭にぶつかり、一瞬視界がぐらついた。


 たぶん石か何かだろうけれど……うん、大丈夫。


 念のため状態を確認した上で、私は一呼吸ひとこきゅう置いてから、口を開いた。


「貴方達は石を投げられるだけの体と、怒りをあらわにするだけの元気があるじゃないですか。その力をどうして、貴方達自身のために使わないのですか? 仮に今の貴方達に食事を渡したとして、貴方達は本当に美味しく食べることが出来ますか? 子供達と一緒に、笑って食べることが出来ますか?」


「黙れ黙れ、このっ!」

 

 その握り締めた手の中にはあるのは、黒っぽいかたまり


 たぶん、外街とがい石畳いしだたみ欠片かけらかな。


 その手が振りかぶられ、握っていた物が私に向かって投げつけられる。


 私は目をつぶって痛みにそなえたけれど、いつまでっても衝撃はやってこなかった。


 目を開けると、灰色のシャツのそでから伸びる白い手が、私にぶつかるはずだった石を、寸前すんぜんで掴み止めていた。


「君……」


 彼は、何かをこらえるかのように、歯をしばっていた。


 その力が伝わったのか、掴んでいた石が音を立てて粉々こなごなに砕ける。


「ひっ、ひいぃっ!」


 その力をたりにし、恐怖にられた男の人達は、足をもつれさせ、何度も転びそうになりながらその場を去っていった。


 なんだ、やっぱり元気あるんじゃない……。


 なんとも言えない気持ちになっていると、子供達がわっと押し寄せてきて、『だいじょうぶ?』『いたくない?』と口々くちぐちに心配してくれた。 


「平気だよ、大丈夫だから。って、ブルータさん!?」


 子供達から離れたところで、ブルータさんは何故か私に向かって土下座どげざしていた。


 たぶん私を守れなかったとか、そういうことを気にしているんだろうけれど、子供達を守るようお願いしたのは私なのだから、ブルータさんが謝る必要はないと思う。


 結局、ブルータさんに頭を上げてもらうまで、20分もかかってしまった……。



 ホームへ帰る途中、彼と私の距離はさらに近付き、互いに手を伸ばせば届くまでになっていた。


「さっきはどうして助けてくれたの?」


 そう問い掛けると、彼は顔をらせながら、それでもちゃんと答えてくれた。


「お前がもしけていたら、後ろにいる子供達に当たったかもしれん。それだけだ」


 ぶっきらぼうに言っているけれど、彼はきっと気付いていないだろうな。


 呼び方が貴様から、お前になっていることに。


 そう言えばついこの間も、こんなやりとりがあったね。


 それも思い出して笑うと、彼は『なんだ』と愛想あいそなく言ってきたので、


「なんでもないよ」


 とだけ返し、私は機嫌良くホームへ帰った。



 トラブルはあったけれど、彼との距離もさらに近くなり、後はのんびりホームで過ごそうと、そう思っていた矢先やさき


 私達がホームに帰ると、珍しくあわてた様子のレイティアさんがいた。


「マリアさん!」


 駆け寄られ、がしっと両手を握られる。


 おや? なんだろう、おかしな流れだぞ。


「レイティアさんが慌てるなんて珍しいですね。どうしたんですか?」


「私も冷静であろうとつとめたんですけど、やっぱり無理で、マリアさんが帰って来るのを待つしかなくて、でもお待たせするのも申し訳なくて!!」


「いやいや、ちょっと落ち着きましょう、ね?」


「落ち着いてなんていられません! とにかくマリアさんはこちらへ!!」


「えっ、ちょ、待って」


 そのまま強引に連れて行かれたのは、カウンターの奥にある、今は特に使われていない小部屋だった。


 そしてレイティアさんが、何故かノックをしてから扉を開けると……。


ひさしいな、おぬし活躍かつやくの耳にも届いておるぞ」


「なっ」


 絶句ぜっくする私。


 その場で平伏へいふくするレイティアさん。

 

 そこにいたのは、アレイス・ロア・カルディア、カルディア国の王様だった。

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