第80話 真里姉と彼と冒険者


 新しく家族になった彼を連れて、私はブルータさんが門番をしている門へと向かっていた。


 その間、彼は一言もしゃべらず鋭い視線を私に向けていたけれど、一定の距離をたもってついてくるあたり、真面目だね。


 やがて外街とがい都街とがいへだてる門に着くと、ブルータさんの背中が見えた。


 門の前には既に多くの子供達がいたけれど、ブルータさんの指示を聞き、ちゃんと列をなしているのが偉い。


「こんにちは、ブルータさん」

 

「……」


 私が挨拶すると、ブルータさんは無言で頷いた後、を見て腰を落とし、警戒する様子を見せた。


「彼の事は気にしなくても大丈夫ですよ。反抗期中の、子供みたいなものですから」


「?」


 理解はしかねるけれど納得はした、って感じかな。


 それきり、ブルータさんが彼に注意を払うことは無かった。


 ん? またブルータさんに私の行動を密告みっこくされるんじゃないかって?


 ふふふ、私は考え方を変えたんだよ。


 どう頑張っても、これだけ多くの人がいて、その目をくぐって行動することは出来ないし、そのうち誰が私の行動を見守っているかんししているのか分からない以上、きっと聖典プライバシー 拡散しんがいは止められない。


 どうせふせげないなら、誰から伝わっているのかだけでも知っていれば、私の心のダメージは多少なりとも抑えられるはず。


 逆転の発想というのかな、こういうの!!


 …………逆転も何も『どっちにしろ負けているだろう?』という正論せいろんは、聞きたくないからね?


 私はアイテムボックスから大鍋を二つ取り出した。


 鍋の中身は以前作ったリンゴの麦粥むぎがゆ


 今回はちょっとアレンジして、ろしたショウガも加えてある。


 あったまるし、体に良い成分がいっぱい入っているからね。


 出来立ての状態でアイテムボックスに入れておいたから、鍋は十分温かい。


 そして木製の深皿と匙を用意していると、待ちきれない子供達が前へ前へと詰めてきた。


「こらこら、危ないから押さないの」


 注意をねてネロと空牙クーガーんで子供達を大人しくさせると、私は前に並んだ子から順番に、よそったリンゴの麦粥を渡していった。


「ありがとう!」


「どういたしまして。あわてないで食べるんだよ?」


「うん!」


 並んでいる子の数が多くあまり話すことは出来ないけれど、元気な様子が伝わってくるのは嬉しいね。


 ちなみに今の子は最初に来てくれた時、あまりにほそり弱っていたため、一人で食べるのも難しく何度もリンゴの麦粥をこぼしていた。


 そんな弱った子には、エマとロマがそばについて食べさせてあげていた。


 良い子達だよね、本当に。


 ちらりと振り返ると、私が次々と装っては渡していく様を、彼は遠くからじっと見ていた。


 そのひとみの無い黒いまなこは、いまだ私への警戒心を隠してはいない。


 まあ、彼はしばらくほうって置こう。


 いずれ彼の方から、何かしらの反応をしてくれると思うから。


 経験からくる、ただのかんだけれどね。


 空牙には子供達を大人しくさせた後、人の行き来を邪魔をしない位置で、その大きな体を石畳いしだたみの上に横たえてもらった。


 すると子供達が嬉しそうに近寄り、そのモフモフした体に顔をうずめたり、もたれ掛かりながらご飯を食べたりしていた。


 どこの世界でも、大きなモフモフは人気だね。


 こうして多くの子供達に囲まれているのを見ると、まるで子沢山こだくさんの母熊って感じがする。 


 一方ネロは、子供達の中でも一人さびしそうにしている子を見つけると、近寄って体をこすり付け、積極的にじゃれていた。


 そして子供の方がネロに興味を持ち始めると、ひょいと移動し、同じように一人でいる子の元へと誘導ゆうどうし、子供同士の橋渡はしわたし役をしてくれている。


 ね、うちの子は凄いでしょう?


 あと、ネロと空牙を喚んだのは他にも理由があって。


 以前、家で食べると言った子に渡したリンゴの麦粥が、途中で大人に奪われそうになったのだ。


 幸いその時は対応が間に合ったけれど、その件があってからは、子供達にはなるべく私やブルータさんのいる前で食べさせるようにしていた。


 ネロと空牙は周囲への牽制けんせいというか、番犬ばんけんならぬ番猫ばんびょう番熊ばんゆう


 家族や兄弟が家から出られず、どうしても持ち帰る必要がある子には、ブルータさんを通して何人か付きいをお願いしていた。


 たまには、私からお願いしても良いよね?


 知らぬ間に聖典なんて物を作られたり、色々とやらかされているのだから……。


 そして全ての子供達に食事が行き渡ると、鍋には数杯分のリンゴの麦粥が残っていた。


 鍋をアイテムボックスに仕舞しまうと、ブルータさんの仲間が数人来てくれて、子供達を送ってくれた。


 けれど、今日はたまたま送り手が足りず、一人だけ女の子が残ってしまった。


 ブルータさんが送ろうとしたけれど、私が説得してなんとか思いとどまってもらった。


 門番が門を離れちゃだめでしょう、ブルータさん……。



 ということで、私がその子を送ることにした。


 外街の建物は整然としているんだけれど、それは綺麗きれいという感じではなく、効率的に人を収容しゅうようすることに重点を置いた、まるで収容所しゅうようじょのように見えた。


 建物同士の隙間すきまは無く、そのぶん通りは広く造られている。


 ただしその通りには、座り込んで物乞ものごいをする人や、ギラついた眼で道行く人を見詰める、思わず『おまわりさーん』と呼びたくなるような不審者ふしんしゃの姿が少なくなかった。 


 正直、力のない子供達が住むには空気がすさみ過ぎていると思う。


 私達はそんな中、通りの真ん中を堂々と歩いていた。


 普通なら危ないのだろうけれど、私と女の子は空牙に乗っているからね。


 そのおかげで、不審な人達は驚いた表情を見せることはあっても、襲いかかってくるようなことは無かった。


 彼は……うん、ちゃんとついてきているね。


 やがて女の子の家の前に辿り着き、空牙から降ろしてあげると、私にお礼を言ってから家の中へ入っていった。


 その際、必死に手を振ってくれたのが嬉しくて、私も手を振りながら、ついみが溢れた。


 女の子を見送った私が、ホームに戻ろうとした、その時。


「てめえに食わせる物なんてねえっ!!」


 辺りに怒声どせいが響いた。


 見ればここから数軒先にある建物の中から誰かが転がり出てきて、石畳の上に倒れ込んだ。


 ただごとでは無い感じがして私は空牙に乗ったまま近付くと、包丁を持ったおじさんが現れ、倒れた人を蹴っている。


「お前らがいたせいで、俺達が住んでいた街はっ!!」

 

 その建物は、外街でいとなまれている食堂だった。


 そして今の言葉、このおじさんは第2の街に住んでいたんだろうね。


 そしておじさんが蹴っている相手は、冒険者だった。


 なぜ冒険者だと分かったかというと、彼の頭上に名前が表示されていたからだ。


 『バルト』、それがその人の名前。


 そして名前の色は濃い赤い色をしており、カルマのマイナス値が大きい冒険者であることを示していた。


 店のおじさんは一方的に蹴り続け、そして周囲の人達は一緒になってバルトさんをののしり、そして蹴られる様を見て手を叩いて笑っていた。


 吐き気がしそうになるような状況で、けれどバルトさんは黙って全てを受け止めていた。


 抵抗もしなければ、反論はんろんもしない。


 ただただ、じっとえていた。


 きっとそれが、バルトさんにとっての……。


 疲れたのか、バルトさんの反応が無いことに飽きたのか、おじさんが店に戻るとさわいでいた周囲の人達も静かになった。


 バルトさんだけが、動かずにそのまま、石畳の上に倒れている。


 私が空牙から降りて近付こうとすると、バルトさんに向かって突撃しようとする人影があった。


「ダメっ!」


 咄嗟とっさに私が糸をあやつって止めたのは、彼。


「貴様っ!? 何故止める!!」


「くぅっ……止めなかったら、君は何をするつもりだったの?」


「知れたこと! オレに宿やどうらみ、いかり、絶望ぜつぼうの分だけ、この冒険者を痛めつけてやる!!」


 じりじりと、彼の体が少しずつバルトさんへと近付いていく。


 糸を両手両足に一本ずつ、そして胴体に巻き付かせてなんとか止めているけれど、一体どれだけ力が強いのよ!


「それで君に宿るモノは、一時いっときしずまるかもしれない。けれど抵抗もしない人を痛めつけることは、君の嫌う冒険者と同じ行為をすることになるんだよ?」


「ちっ、違う! これはそう、因果応報いんがおうほうというものだっ!!」


「なら君の行いは、君の言うではないと言い切れるんだね? 君の中に渦巻うずま情念じょうねんを、私は否定しない。けれど、バルトさんにしようとしている行為が終わった後も、君は正しく、私達が悪かどうかを判断できるんだね?」


「そっ、それは……」


 言葉を重ねることで、ようやく彼の力が弱まった。


 光の無いその眼からは何を考えているのか読み取れないけれど、その雰囲気ふんいきを一言で表すなら、困惑こんわくかな。


 力の抜けた彼に、私は安堵あんどして巻き付かせていた糸をはずし、バルトさんの側に近付いていった。


 食堂に行って叩き出されたところを見ると、何に困っているかを想像することは難しくない。


 私は大鍋を取り出し、残っていたリンゴの麦粥を深皿に装い、匙と共にそっと彼の前に差し出した。


「良ければ、食べませんか?」


「あんたは……」


 私の顔を見て、バルトさんは驚いたような表情を見せた。


 まあ、イベントで知られてしまっているよね。


「私は貴方が過去何をしてきたのか、知りません。けれど、貴方が今していることは分かるつもりです。カルマがマイナスに落ちてなお、この国を選び、そしてこの国の人と向き合おうとしているんですよね?」


「……」


「それがどれだけ勇気のることか、大変なことか……ザグレウスさんがいばらの道と明言めいげんされたくらいです。頑張って下さいとは、言えません。これ以上何を頑張ればいいのかと、叫びたい時もありますから。だから、私が出来るのはお腹を満たすことくらいです。お腹がいっぱいになれば、ちょっと気分が違ってきますよ? これは私の経験談ですけれどね」


 おずおずといった感じでリンゴの麦粥を受け取ると、バルトさんは泣きながら食べ始めた。


「……ありが、とう。ありがとうっ」


 ガツガツと、実に良い食べっぷりだね。


 お腹をかせた子供達に負けないくらいだよ。


 その後おかわりを2回して、ようやく落ち着いたようだった。


「またお腹が空いたら、あっちの門で門番をしているブルータさんっていう人に相談してみてください。私の食堂へ案内してもらうよう、伝えておきますから」


 私はそう言い残し、不満そうな彼を連れてその場を離れた。


 その途中、彼が話しかけてきた。


「何故あの冒険者を助けた! あいつが、あの冒険者達が全ての元凶げんきょうなんだぞっ!!」


「そうだね。でも冒険者達って、私も含まれているんじゃなかったの?」


「ぐっ、ぐむっ……」


「ふふ、意地悪しちゃったかな? でもね、いっぱい悩むといいよ。君の出す答え、私もそれが知りたくなってきたからさ」


 そう言って私が歩き出すと、少し遅れて、彼も歩き出した。


 その距離はここに来る時よりも少し、縮まっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る