第79話 真里姉と彼とのお・は・な・し


 背中と手足が、硬くて冷たい何かに触れている。


 けれど頭の後ろだけ、柔らかくて温かい、何かに乗っているようだった。


 それはどこか懐かしい感触で、きっと私が一番子供らしかった頃の記憶に繋がっていて。



 『母さん……』

 


 そう心の中でつぶやくと、ふわりと優しく髪をでられた気がした。


 あまりの心地良ここちよさに、そのまま意識を手放してしまいたいと思ったけれど、不意にの言葉がよみがえり、私の意識は覚醒かくせいした。


 目覚めると、そこには心配そうにこちらを見詰めるレイティアさんの姿が。


「大丈夫ですか、マリアさん」


「レイティアさん……どうしてここに?」


 起き上がろうとする私を、レイティアさんの手がそっと押しとどめる。


「まだ起き上がらない方がいいですよ。かなり強い衝撃を受けたようですから。母屋おもやにいた私にまで聴こえる程、大きな音がしたんですよ? あわてて来てみたらマリアさんが倒れていたので、心臓が止まるかと思いました」


 その手にはさほど力が入っているようには感じられないのに、私は不思議とあらがう事が出来なかった。


 再び頭の後ろに、あの感触が戻ってくる。


 そっか、膝枕ひざまくらして貰っていたんだね……だから私は、昔を思い出して……。


 現実ではもう二度とおとずれる事の無いその感触に、しんみりしそうになっていると、視界のはしに正座させられている3人の大きな子供達の姿がうつり、しんみりとした空気は一瞬で消し飛んだ。


 うん、なんだろうね? この物凄いガッカリ感は……。


「それで、皆さんが付いていながら、どうしてこんな事になったんです? そして彼は一体何なのですか?」


 レイティアさんの笑顔度えがおどが増し、それに比例していかる母のオーラも増している気がする。


 ちなみに増していく倍率は笑顔度1に対し、オーラが4くらい。


 つまり、とても怖い。


 少しだけ首を動かし彼の方を見ると、椅子に座るというより、椅子に置かれた感じで、動く気配は無かった。


 そんな中、またも説明責任を任されたおしつけられたのはマレウスさん。


「イベントのポイントで交換出来る対象に、マリアの家族を作ってやれるスキルがあったんだよ、ネロや空牙クーガーのようにな。俺達3人がイベントのランキングで上位になれたのは、マリアと同じパーティーだったからだ。だから3人で協力して、ちょっとしたプレゼントをおくるつもりだったんだが……」


 責任を感じているせいか、ちょっとばつが悪そうだけれど、私の不注意もあるからなあ。


 だって【厄災やくさい荒御魂あらみたま】のアイテムとしての説明には、『人々の怨念おんねん凝縮ぎょうしゅく』とか、『持ち主にわざわいをもたらす』とか、物騒ぶっそうな事ばかり書かれていたしね。


 なおもしかりつけようとするレイティアさんを、私はその手を取り、軽く握った。


「もういいですよ、レイティアさん。ありがとうございます」


「マリアさん……」


 起き上がって状態を確認してみるけれど……うん、大丈夫そう。


 あれ? でもそうすると、なんか変じゃない?


「なんでHPは減っていないのに、気絶きぜつというか、意識を失ったんでしょう。強い衝撃を受けたから、というのは分かるんですが」


「それは原則、パーティーメンバーからの攻撃ではダメージを受けないからよ。でも一部の状態異常じょうたいいじょうは別。以前ネロがマレウスを感電かんでんさせたでしょう? あれと同じね」

 

 なるほど、そう言われてみればそんな事もありましたね。


 確か、初めてマレウスさんとカンナさんに会った時かな?


 色々あり過ぎて、なんだか遠い過去の事のように思えた。


「では、彼が今動いていないのは?」


「マリアさんが意識を失ったことでぇ、スキルの発動が止まったからですねぇ」


 すかさず答えてくれるルレットさんは、やっぱり頼りになりますね。


 最近、ちょっと子供化が過ぎていましたけれど。


 ……しかしこれ、どうしたらいいのかな?


 まだ怒りのおさまらないレイティアさん、正座させられたままの3人、放置される彼。


 おかしい、レイティアさんとお茶をする前までは姿を見せていたは、どこへ行ったのか。


 もしかして私の錯覚さっかく


 平穏のおんは、かくれる方の平隠へいおんだった? 意味通じなくなるけれど。


 うん、今度とは一度ゆっくりが必要だね。


 ただ見付かるかなあ、平穏……。


 はっ! いけない、また遠い目をしてしまうところだった。


 3人にはレイティアさんが付いてくれている。


 それなら……。


 私は立ち上がると、彼のそばへと近付いていった。


「「「「マリア(ちゃん)(さん)!」」」」


 叱る側と叱られる側だったにもかかわらず、しっかり声がそろっているところがなんだか可笑おかしい。


 心配してくれてありがとう。


 でも彼とは、【厄災の荒御魂】をたくされた私が向き合う必要があると思うんだよね。


 【モイラの加護糸かごいと】を発動し、彼に再び命を吹き込む。


 すると、最初に見た時と同じように、指先がピクリと動いた後、その顔が持ち上がった。


「おはよう。さっきは急にれてごめんね?」


 少しだけ距離を置き、彼の眼と高さが同じになるように私は上半身をかがめ、話し掛けた。


 彼の眼はネロや空牙とは違いひとみが無く、ただひたすらに黒く、一切の光を拒絶きょぜつしているかのようだった。


 それが私達が彼等にした事の罪深つみぶかさに思えて、なんだろう、胸がめ付けられる……。


「なっ、貴様はさっきの冒険者!」


 彼は椅子を倒しながら勢い良く立ち上がると、警戒けいかい、じゃないね、敵意てきいき出しにして私を見下みおろしてきた。

 

 座っていた時でさえ背が高そうだと思ってはいたけれど、実際に目にすると、もっと高かった。


 190cmくらいあるんじゃないかな……。


 べっ、別にうらやましくなんてないよ?


「オレは貴様ら冒険者を絶対に許さんぞ!」


 10cmくらい私にくれないかなあとか、そんな事思っていないからね?


 ……でも150cmあったら、小学生ではなく、中学生くらいには見られるようになるかな。


「オレに宿る怨嗟えんさの声が貴様ら冒険者を!!」


 それは嬉しいかも、と一瞬思ったけれど、冷静な私が実年齢を考えろとツッコミを入れてきた。


 すいません、嘘をきました。


 羨ましいです、身長あと20cmは欲しいです。


「おい貴様、聞いているのか!!!」


「ごめん聞いてなかった。どうかしたの?」


「…………」

 

 あっ、絶句ぜっくして目を見開みひらいている表情は、ちょっと可愛いかもしれない。


 顔立ちが整っているから、その落差らくさが良いというか。


 向き合うと言いながらスルーしてしまったけれど、取りえず話が出来そうな感じになってくれたね。


 真人まさとしていた時も、大事なのは感情を全部受け止める事じゃなくて、感情をき出して生まれた心の隙間すきまに、真摯しんしに語り掛ける事だったから。


 全部受け止めていたら、心がたなくなるしね。


「君は私がにくいんだね。憎くて、どうしたいのかな?」

 

「貴様ら冒険者のような悪を根絶ねだやしにして、この世界から一掃いっそうする!!」

 

「悪は根絶やしかあ。じゃあその時って、かなり痛い?」


「当然だ! 想像を絶するような痛みを与え続け、最後はむごたらしく殺してやる!!」


 凄惨せいさんな笑みを浮かべておどしをかけてくるけれど、はいはい、怖い怖い。


「痛いのは現実でもう十分味わっているから、出来れば遠慮えんりょしたいかな。ということで、他にはない?」


「他などあるか! さっきから貴様、オレを馬鹿にしているのか!!」


「馬鹿になんてしていないよ? 君の希望を聞いて、それで私がこたえられるものがあるのか、ちゃんと聞いて、ちゃんと考えている。そうは見えない?」


 真面目に向き合っているのに、酷いなあ。


 ちなみにマレウスさん、こっそり『肝っ玉母きもったまかあちゃんみたいだ』って呟いているけれど、どういう意味かな?


 今は詳しくは聞かないけれど、忘れませんからね?


 そして彼を見ると、どうやら私では相手にならないと思ったのか、まるで助けを求めるように周囲に目を向けていた。


 むっ、失敬しっけいな子だね。


 こんなに真面目に話を聞いてあげているのに。


 彼が目を止めたのは、レイティアさんだった。


「オレを形作るモノが言っている。お前はあの街の人間だったはずだ。何故冒険者と一緒にいる! 何故うらまない! 何故復讐ふくしゅうしない!!」


 その声は非難ひなんするというより、理解不能の事態を前にした、ヒステリーを起こす子供のようだった。


「確かに、冒険者の方に思う事が無い訳ではありません」


「ならっ!」


「けど、私を救ってくれたのも冒険者の方……いえ、マリアさんです。ライルを除けば、あの街で誰よりも直接的に私を、私達を助けてくれたのがマリアさんなんです。そんな恩人おんじんともいえるマリアさんを、冒険者というだけで一括ひとくくりにして見る事が、どうして出来るでしょうか」


「だっ、だがっ!」


 レイティアさんに、まるですがりつくかのように言葉を続ける彼だったけれど、


「そんな事よりマリアさん、そろそろ日課にっかの時間ですよ?」


 そんな事扱いで、レイティアさんがぶった切る。

 

 さすがライルのお母さん、子供の扱い方は手慣てなれているね。


 では私も遠慮なく乗っかろう。


「もうそんな時間でしたか。ではちょっと行ってきます。レイティアさんはどうします?」


「私はこの3人にもう少しだけ、していきますね」


 にこりと笑うレイティアさんに、震え上がる3人。


 えっと、頑張って下さいね?


 心の中で応援の言葉を呟いたけれど、それが誰に向けられたものだったのか、私にも良く分からなかった。


 と、それよりもこっちだね。


「それで、君はどうするの? 自由に行動は出来るけれど、スキルの制限があるから、あまり私から離れられないよ? 私の姿を見るのも、声を聴くのも嫌なら、スキルの発動を解除してあげられるけれど」


「…………監視かんしだ」


「えっ?」


「貴様の行いを監視し、貴様が悪だと証明してやる」


「悪の証明かあ。大変そうだけれど、頑張ってね」


「なっ! 貴様はそうやってまたオレを馬鹿に!!」


 歩き出す私の後ろで彼はまだ何か騒いでいるけれど、無視無視。

 

 そんな事より、貴様ねえ……ふーん。


 彼は気付いているかな?


 最初は『貴様ら冒険者』とか、冒険者の一部として私を見ていたのに、貴様と言いながら、今は私個人を見ている事に。


 そのささやかな変化に、彼には見えないところで、私はふふっと笑みを浮かべるのだった。



*** お知らせ ***

日頃お付き合い頂き、ありがとうございます。

明日から長めの夏季休暇に入るため、次回投稿は22日になります。

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