第78話 真里姉と彼との出会い


 後日、改めてレイティアさんと相談した私は食事処しょくじどころ……裏では幼聖食堂ようせいしょくどうなんて呼ばれている食堂を、以下の方針で運営する事にした。


 ちなみに、今後私はとしか表現しないからね?


 私が名付けた訳ではないし、出来る事なら今ぐにでもそんな呼び方は止めて欲しいのだけれど、既に都街とがいじゅうに広まってしまっていて、手のほどこしようがなかった。


 うん、そろそろ彼等グレアムさん達への扱いは本当にどうにかした方が良いのかもしれない。


 ただ彼等だけならまだしも、都民とみんの人までからんでいるのがややこしいんだよね。


 ……さっ、切り替えて方針だよ!


 まず、現実世界で数日に一度の間隔で、私がお客さん用に大量のカスレを作る。


 作ったカスレはクラン共有のアイテムボックスに保管。


 そのボックスを開く権限をレイティアさんにも与えて、一日に提供する数の上限をあらかじめ設定しておき、提供数が上限に達したら食堂を閉めてもらう。


 給仕きゅうじはライルにも手伝ってもらい、その後の食器の片付けと掃除そうじまでがお仕事の内容。


 時間は午前10時から夕方16時までとしているけれど、今のところ昼の12時までには売り切れてしまっているらしい。


 ちなみにレイティアさんとライルの給料は、時給制じきゅうせいではなく月給制げっきゅうせい


 私が提示した金額を聴いたレイティアさんは、『もらい過ぎです!』と悲鳴のような声をあげた。


 でも食材の買い出しも全部任せているし、なにより無双むそうして浮かせて貰っているお金と、日々の売り上げを考えたら妥当だとうな金額だと思う。


 良く分からないけれど、この都街に住む人の平均月収へいきんげっしゅうの1.5倍くらいらしいよ?


 それにレイティアさんには、定期的に3人の大きな子供達の面倒めんどうを見て貰う事も、お願いしているしね。


 という事で、ここ数日はとても平和で、のんびりとした日々を私は送っていた。


 おかげで、ログインした日に行うようにしているも出来るし、早めに店が閉まった後はネロと空牙クーガーび、モフモフを堪能たんのうしながら日溜ひだまりの中でお昼寝したり、ホームの隣の空き地で追い掛けっこをして遊んだ。


 ああ、これこそ平穏へいおんだよね。


 今までどこに隠れていたというか、どれだけ遠くに旅立っていたというか、完全に消えていたでしょう? って思っていただけれど、ちゃんといたんだね。


 もうとはさよなら出来そうで、良かった良かった。


 そう一人喜びにひたっていると、掃除を終えたレイティアさんがやって来た。


「マリアさん、あの子達の様子を見に行ったんですが、食事に手を付けていないようなんです」


「えっ、いつも食事だけは必ずっていたのに?」


 ちなみにレイティアさんが言うあの子達は、マレウスさん、カンナさん、ルレットさんを指している。


 すっかり子供扱いされている3人だけれど、身の回りの世話を全部レイティアさんにしてもらっているのだから、無理もないよね。


 おかげで私の負担はぐっと減っている。


 本当にレイティアさんが来てくれて良かった。


 今度、こっそり給料きゅうりょうを2倍にしておこうかな。


「ええ、ここ数日食事ははなれの扉の前に置き、中には入らないよう言われていたんですけど、今日食器を下げに行ったら食べた形跡けいせきが無くて。でもいたんだ物を食べてお腹を壊しても大変なので、仕方なく下げて来ましたけど」


「うーん……あの3人の事ですから、きっと今は食事よりも大事な作業を行なっているんだと思います。邪魔になっても悪いですし、放置で良いですよ」


「そうですか? では市場で買ってきたカボチャのケーキで、お茶にしましょう」


「いいですね。レイティアさんの買って来てくれるお菓子は、どれも美味しいですから」


 都街で売られているお菓子は、日持ひもちを考慮こうりょしているのか焼き菓子が多い。


 その中で、レイティアさんが選んで買って来てくれるお菓子はどれも抜群ばつぐんに美味しかった。


 お茶をれに行ったレイティアさんの背中を見ながら、私はレイティアさんが選んだというカボチャのケーキの味を想像し、思わずみがこぼれた。


 と、そんな時。


 離れへと続く扉が、ギギッと音を立てて開いた。


 そこに現れたというか、倒れ込むように入って来たのはいつもの3人。


 って、本当に倒れてる!?


「ちょっ、大丈夫ですかマレウスさん、カンナさん、ルレットさん!」


 私があわてて駆け寄って呼び掛けると、マレウスさんが一言ひとこと


「腹、減った……」


 もし視線に温度という概念がいねんがあったら、私が3人に向ける視線の温度は20度くらい下がっていたと思う。


 レイティアさんの言う事を聞かないばかりか、挙句あげくにこの3人ときたら……。


「レイティアさん、お茶の用意は後回あとまわしにしてもらって、3人にカボチャのケーキを食べさせてもらえますか?」


 こちらに向かおうとしていたレイティアさんを止めて、私はそう言った。


「マリアさん……本当にいいんですか?」


 若干じゃっかん怒りをにじませたレイティアさんのその言葉には、二つの意味が込められていますね?


 一つ目は、そもそもケーキの数が少ないため、3人に食べさせたら私の分が無くなるという事。

 

 二つ目は、言う事を聞かなかった大きな子供達を甘やかして良いのか、という事。


「ええ、仕方のない人達ですが、私はお姉ちゃんですから」


 こういう形で言うのは久しぶりな気がするけれど、この3人に使う事になるとは思いもしなかった。


 あっ、イベントの時にルレットさんに一度言ったっけ。

 

 でもあの時とは状況が違うしね。



 その後、カボチャのケーキを食べひとまず空腹くうふくを脱した3人は、椅子に座りレイティアさんの淹れてくれたお茶を飲んで、やっと人心地ひとここちついた様子だった。


「どうしてこんな事になったのか、説明してくれますね?」 


 私が言おうとした事を、私の後ろにひかえてくれていたレイティアさんが先に言ってくれた。


 しかも私の心情しんじょう代弁だいべんするかのように、顔には笑顔を浮かべながら、明らかに怒っているという雰囲気ふんいきただよわせている。


 これはあれかな、母親ならではのスキルみたいなものかな?


 私も覚えたら何かに役立つだろうかと考えて、それを使う相手にグレアムさん達が浮かび、私にはそんなスキル不要だと考え直した。


 彼等なら、恍惚こうこつとした表情で『ご褒美ほうびです』とか言いそうだものね。


 何がどうして『ご褒美』なのかは、考えたくもない。


 レイティアさんの威圧いあつひるんだ3人だったけれど、結局説明を任されたおしつけられたのはマレウスさんだった。


「ここんとこずっと作り続けていた奴が、ようやく完成しそうだったんだよ。それで」

 

「それでこんな有様ありさまになって、マリアさんに心配をかけた訳ですね?」


「いや、それは……」


「そ・う・な・ん・で・す・ね?」


 その言葉は、私の後ろから一歩前に出るのと同時に。


「…………はい」


 おお、あのマレウスさんがこんなにも素直に。


 さすが、母は強い。


「なら、マリアさんに言う事がありますね?」


 増大していくプレッシャーに耐え切れず、マレウスさんが助けを求めるように、カンナさんとルレットさんを振り返る。


 そして3人は、同じ結論にたっしたようだった。


「「「ごめんなさい」」」


 しっかり頭まで下げるあたり、レイティアさんの威圧は一体どれ程のものだったのだろう……。


 3人が謝る姿を見届けたレイティアさんが、また一歩引いて、私の後ろに控えてくれた。

 

 レイティアさんが有能ゆうのう過ぎて困る。


 酒場の給仕をしていたという話だけど、メイドの間違いなんじゃないかな?


 私は息を深く吐き出してから、3人に言った。


「もういいですよ。それで、その作り続けていた物は完成したんですか?」


「ああ、ついさっきな」


「それでマリアちゃんを呼ぶ意味でも、こっちに来たのよ」


「えっ、なんで私が関係するんですか?」


「それは見てのお楽しみという事でぇ」


 えて具合的な事は言わないようにしている3人の様子は、サプライズを仕掛しかける弟妹ていまいに似ていた。


 これは、大人しく付き合ってあげた方が良さそうだね。


 心の中で苦笑しつつ、レイティアさんに片付けをお願いし、私は3人と一緒に離れへと向かった。



 久しぶりに離れの中に入ると、意外にも道具や物が綺麗に片付けられていた。


 代わりに、部屋の中央に布をかぶせられた何かが鎮座ちんざしている。


「これが完成した物ですか?」


「そうだ。俺達生産トップ3人が心血しんけつそそいだ結晶けっしょう、それが」


 マレウスさんの言葉を引きぐかのように、ばっと布を取り払ったのはルレットさん。


 現れたのは、椅子に座る……えっ、人?


人型ひとがた供儡対象くぐつたいしょう】、わば人形ね、等身大の。名前はまだ無いけれど、マリアちゃんの新しい家族になる子よ」


「これが、人形……」


 綺麗な銀色の髪に、まるで雪のように白い肌。


 着ている服は灰色のシャツに、黒のベストとパンツ。


 体型たいけい細身ほそみかな? 椅子に座った状態だから身長の高さは良く分からないけれど、私よりかなり高そうなのは間違いない。


 うつむいている状態のため顔立かおだちは分からないけれど、どう見ても私達と同じにしか見えない。


「細かい説明は後にするが、お前がイベントで貰った【厄災やくさい荒御魂あらみたま】。それをこいつにめ込んでみろ。そしてスキルを使えば、こいつに命が吹き込まれるはずだ」


 なんと呼んだら良いか分からないから、今は彼と呼ぶけれど、カンナさんが彼が着ているシャツのボタンを外し、胸元むなもとさらす。


 するとそこには、私の持っている【厄災の荒御魂】がちょうどおさまるだけの穴が空いていた。


 期待するような、かすような目で3人に見詰みつめられ、私はゴクリとつばを飲み込んでから、【厄災の荒御魂】を取り出し、慎重しんちょうに胸の穴へと嵌め込んだ。


 カンナさんがシャツのボタンをめ、そして私と彼を残し、その場を離れた。


 マレウスさんとルレットさんも、カンナさんにならうかのように、私から離れていく。


 それはまるで、新しい家族が生まれる瞬間を、私と彼だけでむかえられるようにという、そんな気遣きづかいに思えた。


 そんな仲間に見守られながら、私は彼に【モイラの加護糸かごいと】を発動した。


 初めにピクリと指先が動き、続いてゆっくりと頭が持ち上がる。


 眼はまだ閉じられたままだけれど、とても整った顔立ちをしていた。


 そのほほに触れようとした、瞬間。


「ぐあっ!」


 私は物凄い衝撃を受け、壁に叩き付けられていた。


 壁からずり落ちるようにして床に倒れ込んだ私は、薄れゆく意識の中、彼のうめくような声を聴いた気がした。


 彼は、こう口にしていたように思う。


 『オレに触れるな、


 そこで私の意識は、完全に途絶とだえてしまった。

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