第87話 真里姉と……慟哭


 扉の中へ足を踏み入れると、メフィストフェレスが言うように、そこには何もない空間が広がっていた。


「私達の後に、冒険者達が続くという話だったけれど……」


 警戒しながら空間の中程なかほどに進むと、私達が開けた扉と同じ物が次々と現れ、中から冒険者達が出てきた。


 彼等は最初、現状を確認するように辺りに目を向けていたけれど、私達を視認するなり駆け出してきた。


 あわてて空牙クーガーを走らせるけれど、追っ手はどんどん増えていく。


 演目えんもくの通りになるのはしゃくだけれど、私達は否応いやおう無く”死の舞踏しのぶとう”を演じることになった……。




「空牙、右!」


「グオゥッ」


 私の言葉に反応した空牙が体を右に傾けると、飛んで来た魔法を間一髪かんいっぱつのところでかわすことが出来た。


 何の魔法だったかなんて、考える余裕はない。


 浴びせられる魔法の数々、飛んでくる無数の矢、そして。


「おらおらっ!」


「くっ」


 こちらが遠距離攻撃をけろくに動けないところに、いやらしく接近戦をしかけてくる冒険者。


 【操糸そうし】で【魔銀の糸まぎんのいと】を多層的たそうてきみ、即席の盾にしてその攻撃を防ぐ。


「こっちも忘れてんなよっ!」


 私が防いだのとは反対側から、別の冒険者が剣を振り上げ襲いかかってくる。


「ニャァッ!」


 私一人では完全に避けきれなかった攻撃を、ネロが接近し雷撃を放つことで撃退げきたいしてくれた。


 それでもさばき切れない何人かは、彼が素手で相手をしてくれていた。


 こんな攻防こうぼうが、空牙を走らせながら既に30分以上続いている。


 それだけ私達が健闘けんとうしている……なんて甘い考えをいだける程、私も楽観的らっかんてきじゃない。


 相手は100人を超える冒険者達で、しかも全員私よりずっと強いはず。


 それがこれだけっている……いや、保たされているのは……。


 余裕の無い中、ちらりとメフィストフェレスを見ると、仮面の下の双眸そうぼうが楽しそうに細められていた。


 本当に人の神経を逆撫さかなでするのが上手いね。


 私達は今、冒険者達が等間隔で並び作った輪の中にとらわれている状況だった。


 そんな中を、逃げ場など無くとにかく走り続けている。


 動きを止めたが最後、遠距離攻撃の良いまとになることは確実。


 結果的に、演目えんもくの名前が表すように踊らされているのは腹立たしいけれど……。


「さすがは英雄えいゆう、マリア様。これだけの戦力差を大変良くしのぎなさる」


 良く言うよ、私達がギリギリで凌げるよう調整しているくせに。


 これだけの人数がいて、一度に攻めてこない理由。


 それはメフィストフェレスが何らかの手を使って、冒険者達を制御しているからだろう。


 感情の見えない冒険者はそれが顕著けんちょで、メフィストフェレスが指示しなければ動かない。


 一方、制御されていなそうなのがしつこく攻撃してくるこの人達で。


 彼等にはちゃんと感情が見える。


 ただその感情は、おそらく愉悦ゆえつと呼ばれるようなものだろう。


 そう思った瞬間、私は理解した。


 彼等が、何なのかを。


「PK……」


 Mebiusの中で殺しを楽しむ人達。


 イベントでトップになってしまった私を倒して、有名になりたいのかな?


 それに何の意味があるのか、知りたくもないけれど。 


 でもそれなら、他の冒険者は何なのだろうか。


 と、私の疑問を見透みすかしたかのように、メフィストフェレスが種明たねあかしを始めた。


「この演目の主役しゅやくをマリア様とするならば、今、活き活きいきいきと演じている彼等は脇役わきやくといったところでしょうか」


「俺達が脇役だと? 酷え言い方しやがるじゃねえか」


「むしろ主役だろ。逃げてばっかりのあいつを、手加減して殺さずに盛り上げてやっているんだからな」


 随分ずいぶんと勝手なことを叫んでくれる。


 手加減して殺さず、か。


 ありがた迷惑めいわく過ぎて言葉もないね。


「そして周囲を囲む彼等は助役じょやく。主演であるマリア様を引き立てる、マリア様に対し並々なみなみならぬ感情をお持ちだった方々。彼等の感情は実に踊らせ甲斐がいのあるものでした。国を捨て、理性を捨て、負の感情に身をゆだねていく様子は、実に心躍こころおどるものがございました」


悪趣味あくしゅみ……」


 思わず口走くちばしった私の声に、メフィストフェレスが愉快ゆかいそうに手を叩いた。


「最高のめ言葉にございますよ、マリア様……しかし、そろそろ演目も佳境かきょうへ入る頃合い。助役の皆様にも演じて頂くことに致しましょう」


 メフィストフェレスが指を鳴らすと、それまで感情の見えなかった冒険者達の顔が次々とゆがんでいった。


 その顔に浮かぶ表情は怒り、憎しみ、怨み……。


 どうしたらそこまで感情を暗く、黒く染めることが出来るのか、私には全く分からない。


 ただ一つはっきりしているのは、状況がより絶望的ぜつぼうてきなものになったということだ。


 苛烈かれつさを増す魔法の雨が逃げる先にも降り注ぎ、私は空牙に風哮ふうこうを展開させなんとかダメージを最小限におさえた。


 けれどそのせいで完全に足が止まってしまい、そこを相手が見逃しくてくれるはずもなく。


「があああっ!!」


 突進してきた体格の良い戦士系の冒険者が振るう大剣が、消えかける直前の風哮にぶつかり、その凄まじい膂力りょりょくによって私達は輪の外へと弾き飛ばされた。


っ……大丈夫、空牙?」


 空牙が私を抱きかかえるようにしてくれたおかげで、床にぶつかった際のダメージは小さい。


 けれど、のそりと立ち上がった空牙の体は不自然に傾いていた。


 きっと私をかばったから、うまく衝撃をにがすことが出来ずより大きなダメージを受けたんだ。


 ここまでか……。


 私が空牙を戻そうとした、その時。


 これまでとは比較にならない程の速度で矢が放たれた。


 気付いた時には目前もくぜんに迫っており、狙いはおそらく私の頭。


 目をつぶることも間に合わないという刹那せつなの時、けれど直撃を受けたのは、一瞬早く私の前にその身をさらしたネロだった。


 直後ネロの体が千切ちぎれ飛び、になっていた魔石ませきの一つが私の足元に転がってきて……。


「あぁっ、あああっ! ネロ、ネロッ!!」


 私は泣きながらネロの体を集めるけれど、損傷そんしょうが激し過ぎて面影おもかげを見付けることすら困難だった。


 その間にも、次々と飛来ひらいする魔法と矢。


 しかし今度は空牙が、私の前で両手を広げ受け止め始めた。


「だめだよ空牙! お願い、お願いだから戻って!!」


 私が何度空牙を戻そうとしても、それを空牙はかたくなにこばんだ。


「なんでっ……」


 おかしいよ、どうして私の言うことを聞いてくれないの!?


 私はこれ以上、家族をうしないたくないんだよ!!


 私が戻るよう何度操作しても、空牙は決してその場から動くことなく、相手の攻撃の前に、悪意の前に立ちはだかった。


「……グォ…………」


 やがて空牙は最期さいご一声ひとこえ鳴いて、その大きな体は崩れるように倒れていった。


 倒れた拍子ひょうしに空牙の体の前側が見えたけれど、あのモフモフだった毛皮はズタズタに引き裂かれ、焼かれ、折れた骨が内側から突き出ていた。


 空牙の緑色のひとみが一つ、力尽ちからつきたことを改めて示すように、転がり落ちる。


「そんな、どうして……こんな、こんなことって……」


 悲しみと苦しみと怒りが渦を巻き、頭が割れるように痛い。


 目の前の現実があまりにも酷くて、痛くて、心が張り裂けそうで。


「うぅっ、うわあああぁっ!!!」


 私はあふれる感情のままに、慟哭どうこくした。


 ネロも空牙も失った私にとって、さらに襲いかかる攻撃はもう、ただ見ていることしか出来ず。


 せめて一緒に……そう思い目を瞑った私を、けれどもう一人の家族がそれを許してはくれなかった。


 空牙でさえ耐えられなかった攻撃に耐え、彼は絞り出すような声で、話し始めた。


「オレは望んでいた。この身に宿やどるモノの力を解放することを。同時に、望んでいなかった。何故ならそれは、お前が傷付くことを意味しているからだ」


「君、は……」


「お前の優しさは、深い。しかしそれだけでは、お前はオレの中に宿るモノに決して認められない。認められるためには、魂が引き裂かれるほどの慟哭が必要だった。そして今、お前の慟哭は届き、宿るモノはお前を認め全てをオレにゆだねた」


 言葉を区切る彼が、私の方を向いた。


 そのまなこは黒く感情は見えないはずなのに、今は見えた気がした。


 彼のおもいが。


「オレの名を呼べ、マリア」


 彼の願いが。


 だから、私は……。


「…………私を……私達を助けて、ギルス!」


 瞬間、彼の全身から黒いオーラのような物が吹き出した。


「任せろ」


 短くそう言ったギルスは、私の足元にあったネロと空牙の魔石を手にし、冒険者達へ敢然かんぜんと立ち向かって行った。

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