第75話 真里姉とある親子との巡り合い


 カスレが完売し、お客さんも帰ってようやく落ち着いたホームの中。


 私はカウンターに突っ伏つっぷし、ルレットさんとカンナさんは長椅子の上にもたれかかり、マレウスさんは支払われた金色に輝く硬貨のGの山に、『都民とみんどんだけ金持ってるんだ』とぶつぶつ呟いてた。


 マレウスさん、その一部にはグレアムさん達の分も混ざっていますからね?


 彼等が『お布施ふせねて』という不穏な言葉を呟き、都民の方の数倍は払っていたのを、私は見逃していませんよ?


 あの人達、それだけのお金を一体どこで稼いでいるのだろう……。


 何かとてもおぞましい光景が浮かびそうになったので、私はそれ以上考えるのを止めた。


 不本意ながらとして認知されてしまった以上、どうするか考えないといけないしね。


 凄いな、いつの間にか頭の切り替えが早くなっている。


 着実に成長しているよ、私!


 それは成長ではなく、達観たっかんだって?

 

 ふふふ、何を言っているのか分からないなあ。


 


 手分けして食器を片付け、離れに戻る3人を見送った私は、一人また市場へと向かっていた。


 ゆっくりと、都街とがいの薄い緑の石畳いしだたみを歩きながら考えるのは、食事処の扱いについて。


 現実での時間の経過に対し、Mebiusの世界では4倍の早さで時間が流れる。


 だから私達4人だけで毎日店をける事は、ほぼ不可能なんだよね。


 それに毎日開けた場合、その分の料理は私が作らないといけない訳で、そうなるとは私は何のためにMebiusの世界へ来ているのか、分からなくなってしまう。


 あれ? でもここ数日、既に料理ばっかりしていたような……。


 うん、切り替え切り替え!!


 ホームには、クラン共有のアイテムボックスがあって、私が許可した人は自由に使えるようになっている。


 収納しゅうのうできる容量も多いから、あらかじめ料理を大量に作っておき、保管する事は出来るはず。


 手のいた人が店を開け、それをお客さんに提供する形は取れそうだけれど、生産に没頭ぼっとうしている3人の事を想うと、あまり負担はかけたくない。


 シモンさんの暴走があったとはいえ、私の料理が事の発端ほったんになったのは、間違いないのだし。

 

「ほんと、どうしようかな……」


 私の料理を美味しいと言ってくれる人があんなにもいるだけに、全く料理を提供しないというのも心苦しい。


 私が料理を作るのはある程度仕方ないとして、代わりに接客してくれる人がどうしても必要になる。


 でも、そんな人の心当たりがないんだよね。


 一瞬グレアムさん達を頼ろうかとも考えたけれど、接客どころか店を閉めて料理を買い占める姿が容易に想像出来たので、光の速さで却下きゃっかした。


 悩んで頭の中がぐるぐるしていると、正面からこちらに向かってけてくる子供の姿が見えた。


 ヴァンより少し年上くらいで、けれど都街で住んでいる事が一目ひとめで分かる程、上質な服を着ている。


 何か急ぎのお使いでも頼まれたのかな? と思っていると、

 

「マリア!!」 


 その子が突然、私の名前を呼んだ。


 えっ、なんで私の名前を知っているの?


 咄嗟とっさに周囲に目を走らせ、彼等グレアムさん達の姿が無いか確認した私は、だいぶ毒されてしまったのかもしれない。


 いや、やらかされたこれまでの実績を踏まえると、仕方ないよね?


 私の前で止まったその子は、息を切らせたまま、途切れ途切れに話しかけてきた。


「はあ、はあっ……やっと、会えた……はあっ、お礼……ポーションに、食べ物……」


 やっと会えた?


 それって、私を探していたって事だよね?


 でも私、こんなちゃんとした服を着た子に知り合いは……。


 ん? ポーションに食べ物??


 その二つが揃う子といえば……。


「ひょっとして、ライル?」


 そう言うと、勢い良く首を上下に振った。


 こらこら、呼吸が整っていないのだから無茶しない。


 私は近くで売っていた果実水かじつすいを買ってきてライルに渡すと、大きなコップに並々なみなみそそがれていたそれを、ライルは一息で飲み干した。


「ぷはあっ、ありがと」


「どういたしまして。それより、どうしてライルがここに? その感じだと、ここに住んでいるようだけれど」


「あの街に住んでいた俺達を、王様が受け入れてくれたんだ!」


 そっか、王様は約束を守ってくれていたんだね。


 今はき街に住んでいた人達の、助けになる何か。


 それを、ちゃんと考えてくれた。


 目の前にいるライルを見れば、それが良く分かる。


 着ている服だけじゃないんだ。


 以前は私達冒険者への憎しみからけんのある顔をしていたけれど、自慢気じまんげに王様の事を話す今のライルは、別人のように明るい表情を見せていた。


 出会ったのは偶然だし、話した時間も長くはない。


 それでも、私と関わった子がこうして前より幸せそうな様子を見ると、私が辱めプロモーションを受け入れた甲斐があるというものだね。


 そういえば砂羽さわさんの件で、辱め倍になるんだっけ…………よし、切り替え、切り替えったら切り替え!!!


「ライル、急に走ってどうしたの?」


 私の頭の中で今日、何度目かの切り替え作業が行われていると、長めの髪を右側に寄せて三つ編みにした、二十後半くらいの女性がライルのそばに駆け寄ってきた。


「母さん! こいつがポーションと食事をくれたマリアだよ!!」


「まあ、貴女あなたがマリアさん? でもライル、女性にこいつなんて言ってはダメよ?」


 『ダメよ?』という口調は、可愛らしく『めっ!』とでも言いそうな感じなのだけれど、その右手の拳は容赦ようしゃ無くライルの脳天のうてんに叩き付けられていた。


づぅっ」


 おお、なんという迅速じんそくしつけ


 けれどその鈍く重い音は、躾の範囲をちょっと超えているんじゃないかな?


 頭を押さえうずくまるライルに若干同情のもった目を向けていると、ライルのお母さん? が私に深々と頭を下げてきた。


「ライルの母、レイティアといいます。見ず知らずの私達のために、貴重なポーションや美味しい料理、ありがとうございました。マリアさんのお陰で、顔を怪我し泣いてばかりいた私は、家から出てまた働けるようになりました。本当に、なんとお礼を言ったらいいか」


「頭を上げて下さい。元はといえば、私達冒険者が原因ですし、それにお礼ならレイティアさんのために行動を起こした、ライルに言ってあげて下さい。行動の仕方はともかく、ライルがいなければポーションも料理も、レイティアさんに届く事は無かったのですから」


「マリアさん……噂通りの、素敵な女の子なんですね」


 ちょっと待って、噂通りってどういう事かな?


 いったい誰が、どんな噂を流しているのか、私とっても気になるなあ。


 何気なにげない素振そぶりから、バッと後ろを振る。

 

 …………普通に行き交う人ばかりで、彼等グレアムさん達を含め怪しい人はいないのだけれど、何だろう、何か引っ掛かる。


「ところで、マリアさんはどちらに行かれるのですか?」


 レイティアさんの声が、疑念ぎねんうずみ込まれそうになっていた私の意識を引っ張り上げてくれた。


「料理の食材を買いに、市場に行こうと思っていたんです。色々あって、食事処を開くことになってしまったので。あっ、でも接客の人手が足りなくて、食事処として開けるかは分からないんですけれどね」


「そうだったんですか……あの、でしたら私にお手伝いさせてくれませんか?」


「レイティアさんに?」


「私は以前、酒場で給仕きゅうじをしていました。接客なら、問題無く出来ると思います」


「俺も手伝うぞ!」


「レイティアさん、ライルまで……」


 確かに経験者にお願い出来るなら、願っても無い話だ。


 それにライルがしたうレイティアさんなら、信頼出来ると思う。


 私としては頼みたいけれど、3人にも相談しないとね。


 クラン向けのチャットで3人に相談してみると、間髪かんはつを入れずに『任せる』という言葉が返ってきた。


 早すぎる返事に、それが丸投げを意味している事は明らか。


 忙しいのは分かるけれど、そういう反応するんだ。


 ふーん。


 3人共、次の食事は楽しみにしていて下さいね?


「ありがとうございます。仲間からの許可も出ましたので、良ければお願いできますか? 勿論、お給料は出しますので」


 レイティアさんは貰えないと断ってきたけれど、仕事には対価は必要だし、対価があることで、やる気や責任感の向上にも繋がるからね。


 それに王様が、亡き街に住んでいた人達の生活をいつまで補助してくれるかは、分からないはずだ。

 

 鉱脈こうみゃくが掘り尽くされれば、その時点で神託しんたくの効果は消えたものとされ、補助が打ち切られないとも限らない。


 たくわえは、多いに越した事はない。


 現実で真希のんぶにっこな私が言うと、説得力0なんだけれどね。


 そして短くないり取りの末、レイティアさんとライルは、給料を受け取る事を渋々しぶしぶ納得してくれた。


 よしよし、ちゃんと食事処を経営するなら、ホワイトな職場にしたいからね。


 その後はレイティアさんとライルの勧めもあって、市場での買い物を手伝って貰う事になった。


 私はそこで、レイティアさんの隠れた一面をたりにし、戦慄せんりつする事になるのだった……。

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