第74話 真里姉と勘違いしたおじいさん


 砂羽さわさんと出会った、その日の夜。


 私はようやくMebiusの世界にログインする事が出来ていた。


 最初はリハビリの息抜きとして始めたけれど、なんだろう、最近は暴走しがちな弟妹ていまいからの息抜き、という側面がちらちらと顔をのぞかせているのは、気のせいかな?



 ログイン後、目覚めたのはホームの2階にある私の部屋だった。


 2階には合計8つの部屋があり、それぞれ1部屋使う事になったのだけれど、家具や装飾品を買いに行く暇もなく、薬師くすしさんが残してくれた物を有り難く使わせてもらっていた。


 もっとも、今は寝る間も惜しむくらい忙しいあの3人に余裕が出来たら、そんじょそこらでは買えない物が作られそうな気がしないでもない。


 というか、絶対作るだろうね。


 そして3人が、それぞれの家具に求めるセンスについて言い争うまでがワンセット。


 その光景を思い浮かべたら可笑しくて、ふふっと笑い声がこぼれた。


 階段を降りていく途中、なんだか下が騒がしいことに気が付いた。


「さっき思い浮かべていた3人の言い争い、にしては聴こえてくる音の数が多いような?」


 意図せずスキルレベルの上がった【聴覚強化ちょうかくきょうか】のおかげで、騒がしいのはホームの中ではなく、外だと分かった。


 1階に降りると、ホームの扉の前で何事か相談しているのはルレットさん、カンナさん、マレウスさん。


「こんにちは。3人揃って、扉の前でどうしたんですか?」 


 私が声を掛けると、はじかれたように3人の顔がこちらを向いた。


「「「やっと来た!!!」」」

 

「はい?」


 えっ、開口一番かいこういちばん何ですか?


 というか、挨拶は基本だと教わりませんでしたか?


 この前食器を洗わずに姿を消した事といい、さすがの私も怒りますよ?


「頼む、これは俺達じゃどうにもできん」


「マリアちゃんが頼りなの!」


「といいますかぁ、マリアさん以外に対処のしようがない感じですねぇ」


 あまり見た事のない焦った様子の3人に詰め寄られ、私の頭の上には疑問符ぎもんふがいっぱいです。


「とにかく一度外に出てくれっ!」


「外に出ろって、ちょっ、押さないで下さいよ!」


 抵抗むなしく、私は3人に押し出されるような形でホームの外に出た。


 そこに待ち受けていたのは、人、人、人。


 ざっと数えただけでも、30人以上いるんじゃないかな?


 それだけの人に周りを囲まれ、じっと注目されるのはなんだか怖い。


 なんだろう、ホラー映画で扉を開けたら、ゾンビの群れが目の前でした、みたいな。


 集まった人達は年齢も性別もまちまちで、見た感じ共通的なものは無いように思える。


 けれど、どこか既視感きしかんを覚えるのは何故だろう……。


 と、男の子が指をくわえて私を見ているのに気付いた時、既視感の正体が分かった。


 あっ、これジャーキー食べた後の人と雰囲気が似ているんだ……。


「という事は、ひょっとして」


「やあマリア嬢ちゃん。この前はろくにカスレのお礼もせず、済まなかったの。一刻も早く、ここで世話になった連中に知らせてやりたくて、つい気がいてしまった」


「シモンさん、やはり貴方でしたか……」


 なんとなく予想は付いているんだけれど、心の準備のためにも時間を取るよ!


 ふぅ…………頑張ろう私、負けるな私……よしっ。


「……それで、これは一体どうしたんですか?」


「お嬢ちゃんがこの前、を作って食事処を始めると言っとったからの。これも何かのえんと思うて、薬師の旦那に世話になったやつ、カスレにはこだわりのある奴を集めて待っとったのよ」


 売る分を作る? ……あっ、取引掲示板に載せるための分か。


「売り物を作るなら、客がいるじゃろう? なあに、心配いらんよ。あのカスレなら文句が出るはずがない。味はもちろん、食べた後はいつもより体調が良くなったしの。文句を言うやつがおったら、わしが説教してやるわい」


 いやいや、シモンさんが説教する前に、私がシモンさんに説教したいくらいですよ?


 そもそもなんて、私は一言も言っていませんから!!


 いきどおる私を他所よそに、集まった人達は空腹のせいか、既に暴動寸前といった感じだった。


「心配要らんよ、今からこのマリア嬢ちゃんが美味いカスレをたらふく食わしてくれるからの。もちろん、金は払うんじゃぞ?」


 シモンさん、お願いだからもう黙っていましょうね?


 私が思わず【魔銀まぎんの糸】を取り出しかけた、その時。


 くいっと、誰かに私のスカートが掴まれた。


「ごはん、まぁだぁ?」


 さっき指を咥えていた男の子だった。


 悩み、葛藤かっとう、そして……折れた。


「……分かりました。今から準備するので、もう少しだけ待って下さい」


 私は一度ホームに戻ると、深々と溜息をいた。


「ど、どうだったのかしら?」


 カンナさんが心配そうに言ってくれる。


 色々と思うところはあるけれど、一先ひとまず飲み込もう。


「これから、昨日作ったカスレを食べにお客さん? がやってきます。テーブルは用意出来ないので提供スタイルは同じにしますが、マレウスさん」


「お、おう」


「カスレに値段を設定し、お客さんから前払いでお金を貰ってください。原価は後でお伝えします。カンナさんは誘導を、ルレットさんは給仕きゅうじをお願いします。私が器にカスレをよそうので、次々お客さんに渡して、食べ終わった食器を回収して下さい。何か意見はありますか?」


 揃って3人が勢い良く首を横に振る。


 あれ、心なしかおびえられている?


 まさかね、私にそんな威圧いあつするような迫力はくりょくとか皆無かいむだもの。


「ならいいです。早速さっそくとりかかりましょう」


 ルレットさんとカンナさんに座席の調整をしてもらい、私はマレウスさんに原価を伝えた。


 お肉も野菜もそんなに高くないけれど、白味噌しろみそが悩みどころ。


 このカスレは手間もそれなりにかかっているし、料理バフとしてVITも付与されているんだよね。


 これ、値段設定どうしたらいいんだろう?


 少しだけ悩んだ私は、マレウスさんに丸投げする事にした。


 取引掲示板前で、私の作った料理への値段に対し、私を無視して楽しく議論していたくらいだもの、きっと軽い軽い。


 頭を抱えたように見えるマレウスさんを放置し、私はの光が差し込み始めたカウンターの上に、この前作ったカスレの大鍋を取り出した。


 アイテムボックスの特性のおかげで、作り立ての状態が維持されている。


 これなら、少し温め直すだけで十分提供できそうだね。


 携帯生産セットを展開し、糸を操り大鍋を乗せて火にかけると、たちまち良い匂いが辺りに漂い始めた。


 木製の深皿も用意したし、カスレはあの人数分をまかなえるくらいは十分ありそう。


 大量に作っておいた私、良い仕事をした!


 その頃には座席の調整も終わっていたので、マレウスさんを見ると『これ住人の金銭感覚きんせんかんかくに合うのか?』と不穏な言葉を呟いていた。


 まあ、大丈夫だと思う事にしよう。


 何かあっても責任は値段を決めたマレウスさんという事で!


 ……いや、私がクランマスターだから最終的な責任は私にくるのか。


 マスター、響きだけはいいんだよね、響きだけは……。


「マリアちゃん、もう中に入ってもらってもいいかしら?」


「あっ、はい。お願いします」


 私が答えるのと同時に、待ちびた人達が一斉にホームの中へと入ってきた。


 カンナさんに誘導してもらい、マレウスさんが料理の代金をお客さんから頂いている間に、私はカスレを深皿に装っていった。


 そしてお金を支払って頂いた方から席に座ってもらい、ルレットさんにカスレを運んでもらう。


 幸い長椅子の数は多かったので、今いる人達だけならなんとか全員座れるかな?


 ひたすらカスレを装ってはカウンターに並べていくと、食べ始めた人から感想がれ出した。


「普段食べているカスレより脂っぽくないのに、なんという味の奥深さ……」


「美味いだけじゃない、食べる程に体の内側から湧き上がってくるこの活力はなんだ」


滋味溢じみあふれるという言葉では言い表せないわ。まるで、食べる私達をいつくしんでいるかのよう」


「俺、死んだ母ちゃんが作ってくれたカスレを思い出したよ。おかしいな、こんなに美味くもなかったはずなのに……くそっ、湯気ゆげが目に染みる」


「分かるぞ青年! このぬくもりに満ちた味は、もはや我々にとってのお袋の味!!」


都民とみんの心を料理一つでここまで魅了みりょうなさるとは。さすが教祖様きょうそさま、いや、もはや聖母様せいぼさまといっても過言かごんではあるまい」


 あの、私は皆さんのお母さんではありませんよ?


 そしていつの間に混ざっていたんですか、グレアムさん……しかも団員さんが外で待機しているのは気のせいですか?


 というか聖母ってなんですか! 私は教祖って呼び方だって認めていないんですよ!?


 彼等の分には【毒薬どくやく】を混ぜてしまおうかと、本気で悩む私がいた。


 結局、万が一にもお客さんにそんな物を食べさせるような事があってはならないので、私は泣く泣く断念したけれど。


 その日の午前中、食べ終えたお客さんが口コミで別のお客さんを呼んでしまい、私が作ったカスレは完売するはめになった。


 私さ、頑張って作ったカスレ、1回しか食べれてないんだよね……。


 遠くを見つめる私の目は、早くもこの世ではないどこかを見始めていた。


 こんなフラグの回収は、望んでなかったなあ……。

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