第73話 真里姉と散歩と頼もしい弟妹
眠りについた翌朝、私は
最近は良く眠れるようになったせいか、寝起き後の
1日の始まりとしてはとても良い感じだと、そう思っていたのだけれど……。
『これからオーガ達の間を
壁に備え付けてある大画面ディスプレイに
「最後の全員参加の逆転劇も良いけど、わたしはオーガ相手に
「いや、そこは倒れても倒れても、何度でも立ち上がるところだろ」
「それも捨て
「まあ、分からなくもねえけどな」
「……いや、あのね
「お姉ちゃんの名シーン10を選んでいるんだよ!
結城さん、なんて余計な事を……でも10に制限したのは、良い仕事だと思います。
「
「そんな話聞いてないんだけれど!?」
「だってお姉ちゃんに選ばせたら、
「それは、当然だよ」
ここ最近はただでさえ何かと事が大きくなっているのに、これ以上はもう本当にお腹いっぱい。
でもプロモーション映像が流れたら、どう考えても今より
エステルさん達を思えば、プロモーションに出るのを承諾した事に後悔はない。
無いんだけれど、弟妹には内緒にしておけば良かったかな。
恨みますよ? 結城さん。
その後も私は朝食の
いつの日か必ず、このデータは全部消してやるんだから。
私はそっと心に誓うと、朝食を食べ終えて匙を置いた。
朝食の味は、よく覚えていなかった。
その後はリハビリを終えて、天気も良いので外を散歩する事になった。
散歩といってもまだろくに歩けないので、電動式の車椅子に乗ってだけれどね。
付き添いは真人で、マンションのエレベーターから降りて向かうのは、マンションの
多くの
今は6月の上旬。
ちょうど寒くもなく、暑くもなく、
緑は濃くなりつつあり、芝生の上に寝転んで
そんな事を思いながら車椅子を進めていくと、ベンチにポツンと一人、スーツ姿の若い男性が
雰囲気が落ち込んでいるのは見て分かるのだけれど、落ち方がちょっと気になった。
けれど運悪く、車椅子の車輪がポイ捨てされた空き缶に当たり、音に反応した男性が、音をたてた私に視線を向けてきた。
「世話してもらうだけで、よくのうのうと生きていられるな。生きてて申し訳ないって思わないのかね」
きっとイライラしてささくれ立った心から、思わず出た言葉なんだと思う。
それ
私の事は、その通りだからいいんだけれど……。
ちらりと真人を見たら、私の良く知る荒れていた頃の、こめかみに
「何だとてめえっ、俺の家族に
ああ、すっかりスイッチが入ってしまっている。
未だに家族の事になると一番抑えが利かないのが、真人だ。
それは家族を何よりも大事に想っている裏返しなんだけれど……でもね真人。
借金するのは良いんだけれど、そのお金を出すのはきっと真希だよね? そんな事にお金使うと知ったら…………うん、あの子なら怒るどころかむしろ
スーツ姿の男性は近付く真人の迫力に負けたのか、はっと顔を上げ
その顔は
「くはっ、やっ、やめっ……」
真人に
さすが日々私を運んだり、リハビリを手伝うために体を鍛えているだけはあるね。
と、今はそんな事を
「真人、そこまで。降ろしてあげて」
「真里姉、けどよっ!」
「ま・さ・と」
私は笑顔になるよう表情筋を意識しながら、一文字一文字区切り真人の名前を呼んだ。
真人が大人しく掴んでいた手を離してくれたのは嬉しいけれど、
まるで私がどこかの軍隊の
さて問題なのは、倒れて
「大丈夫ですか? 弟が失礼しました。ですが、謝りはしません。それでは私のために怒ってくれた真人が、悪い事をしたと感じてしまうかもしれませんので」
本当なら、ここで手を差し伸べて起き上がる手助けをしたいところだけれど、今の私には無理なので、そこは我慢してもらおう。
「おっしゃる通り、今の私は弟、そして妹に世話をして貰わなければ生きていけない体です。生きていて申し訳ないという想いも、正直、無くはありません」
「真里姉……」
こらこら、そこで真人が心配そうな顔をしてどうするの?
苦笑しつつ、私は想いを口にした。
「けれど、そんな私でも必要としてくれる人がいるのです。生きている事を望んでくれる人がいるのです。だから私は、どれだけ
「お、俺は…………」
そこからぽつりぽつりと語られたのは、その男性、
大学で専攻していたAI関係の論文が評価され、大手企業に入社。
研究の成果は目に見える形で会社の業績へと繋がり、社内での評価は
一方、研究に専念するあまり対人関係を
それにより彼の社内での評価は暴落し、居場所を失った。
転職を決意しても、システムの知名度が高かったせいで、問題ありと
これについては、砂羽さんの求める条件が高過ぎるのも原因なんじゃないかな?
あと対人関係の
バイトの面接だって、能力以上に
想いを口に出来たせいか、これまで溜め込んでいた分を吐き出すかのように、砂羽さんの言葉が途切れる事はなく。
そして
「俺はただ、皆の役に立つ物を作りたかっただけなんだ……」
そう言って彼は、静かに涙を流した。
「くそっ、良い話じゃねえか……」
真人も涙を流していた、それも
いや、真人まで泣く必要はないんだからね? しかも当人以上に。
そういえば昔から、
混沌とした状況に私が頭を抱えていると、不意に
ああ、うん、
「その先の影響を考えると、とても気が
それでも、この人にとって何かの切っ掛けになるかもしれないと、そう思うとね。
「真人、ちょっと真希に電話してもらえる?」
「ぐすっ、おう」
ごしごしと腕で涙を
「真希? 私だけれど」
「お姉ちゃん? 一体どうしたの?」
「結城さんの会社で、人事を担当をされている方に会って欲しい人がいるんだけれど、結城さんに繋ぎをお願いできるかな。代わりに、制限数は倍にして良いって伝えて構わないから」
「また変わったお願いだね。結城さんには直ぐ連絡出来るけど、本当にいいの?」
「まあ、もう
「お姉ちゃんが良いなら問題ないよ。むしろ制限倍で、わたしは嬉しいくらい!」
この妹は、正直者だなあ。
今日、何度目かの苦笑をしつつ真希からの返事を待っていると、電話の裏で何か
待つ事数分、真希が返事をくれた。
「結城さんが『分かりました。以降はその方と直接遣り取りさせて下さい』だってさ。連絡先も送っておいたよ」
今や有名な会社の
「ありがとう真希」
電話を切って、私は送られた連絡先を砂羽さんに見せた。
「AIに深く
「AIに深く携わっている会社って、ここっ、これはまさか、カドゥケウス社!?」
「みたいですね。後は砂羽さんにお任せしますね。それでは」
連絡先を真人に砂羽さんのスマホに転送してもらい、私は真人と一緒にその場を後にした。
少しだけ振り返った時には、まだ
まあ、大丈夫だと思うようにしよう。
私に出来ることは、このくらいだしね。
ちなみに、帰宅後の私を待ち受けていたのは、朝に映されていた時よりも明らかに増えた
きっと、私の目はまた遠くを見るような感じになっているんだろうな。
このままいったら、どこまで遠くを見てしまうんだろう、私の目。
……いや、より遠くを見たいわけじゃないからね?
そんな目要らないからね!?
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