第72話 真里姉とカスレと大きな子供達


 ホームに戻った私は、日当たりの良い方のカウンターで、携帯生産キットを展開した。


 さすがにピザがまみたいな特殊な物はないけれど、料理をするには十分な設備がずらりと並ぶ。


 料理漬けの時に散々さんざん使わされたので、使い方はもうバッチリ。


 元々料理する道具にマレウスさん達程のこだわりがある訳ではないので、なんの不足もない。


 ただいて言うなら、すこーーーしだけ設備の位置が高いかな?


 私が他の人よりきもーーーち、小さいからね。


 でも大丈夫、私にはカンナさんに作ってもらった踏み台がある。


 ちなみに踏み台を使って料理をしている私の姿を見て、マレウスさんが笑いルレットさんにぶっ飛ばされていた。


 ね、何の問題もないでしょう?


 だから私の料理する姿を想像して、何か言いたい事なんて、あるはずないよね?


「と、せっかくホームの中だし、2人もぼう」


 私は【モイラの加護糸かごいと】でネロと空牙クーガーを喚ぶと、嬉しそうにじゃれてきた。


 そういえば前に喚んでから、結構久しぶりかなと思ったけれど、冒険者ギルドで喚んだばかりだね。


 色々あり過ぎて時間の感覚がおかしくなっていたよ。


 モフモフを堪能させてもらいながら、ひとしきりでて癒される。


「これから料理をするんだけれど、2人にも手伝ってもらっていい?」


「ニャッ」


「グオゥッ」


 2人そろって手をあげるところが微笑ほほえましいね。


 私はまず【下拵したごしらえ(中級)】で野菜をまとめて処理し、糸で包丁を複数操り、ニンジン、タマネギをみじん切りにした。


 現実ならそれなりに時間のかかる作業も、スキルのおかげであっという間。


 次に白インゲン豆をたっぷりの水にけ、【促進そくしん(中級)】を用いて水分を含ませる。


 大鍋を空牙に持ち上げてもらってから、羊肉ようにく脂身あぶらみを炒め油を出し、それでみじん切りにした野菜を炒める。


 炒めるのはネロが器用に両手でヘラを持ち、担当してくれた。


 大鍋に対し足りない高さは、他の鍋を逆さにして踏み台とすることでおぎなった。


 おっと、換気かんきのために窓は開けないとね。


 空牙には両手を綺麗な布で覆ってから、大きなボウルに入れたトマトを、パンチをするようにして潰してもらった。


 刻んでもいいんだけれど、こっちの方がよりピューレっぽくなって美味しくなりそうな気がするんだ。


「……でも、ちょっと失敗だったかも」


 そこには潰れたトマトの汁を浴び、早くも体を赤く染め始めた空牙の姿があった。


 これ、もし山で遭遇そうぐうしたら人食い熊さんと思われるレベルだね。


 私は脂身をぎ落とした羊肉と、鶏肉を一口大に切ってネロが炒めてくれている大鍋に入れた。


 少し炒めてから水に浸けた白インゲン豆と、良い感じにピューレ状になったトマトを空牙に投入してもらい、おじさんから買った香草こうそうたばねてブーケガルニを作り、同じく鍋の中へ。


 ネロと空牙に鍋を見てもらいながら、私は鶏肉を買った際に一緒に貰った鶏ガラを別の鍋に入れて、水とショウガを入れ、【促進(中級)】で調整して灰汁あくを取りつつ、一気に数時間分煮込んだ。


 それで出来上がったのが、白湯パイタンスープ。


 これをさっきの大鍋に、水の代わりに加える。


 塩で味を整えるけれど、隠し味のためにちょっとひかえめに。


 あとは蓋をして、【促進(中級)】の出番。


 本当に便利なスキルだね。


 あっという間に煮込み終えたところで、ポイント交換で貰った調味料、隠し味の白味噌しろみそを多めに加える。


 これで塩気の他に、甘さとコクが増すはず。


 味見をしてみると……うん、いいんじゃないかな。


 完成したのはフランスの家庭料理、カスレ。


 本当はソーセージとか保存肉も沢山使った、もっと脂っ気の多い料理なのだけれど、私は意図いとして脂は控えめに。


 作ったカスレをアイテムとして見てみると、料理バフとしてVITに補正ほせいがかかっていた。

 

 なんだろう、豆主体だから体を丈夫にって感じかな?


「これでルレットさん達の夕飯は大丈夫だとして、空牙を洗ってあげないとね」

 

 真っ赤に濡れた布を空牙の両手から外していると、その時、ホームの扉が開いた。


薬師くすしの旦那が戻って来たのかと思ったんだが、なんじゃその生き物は!?」


 あっ、早くも勘違かんちがいさせてしまう事態に。


 私は慌てながらもネロと空牙が家族で、人を襲ったりしない事、料理の最中さいちゅうだった事を20分かけて説明し、ようやく納得してもらえた。


 つ、疲れた……。


「急にたずねた挙句あげく、騒いだりしてすまんかった」


 そう言って頭を下げてくれたのは、少し背中の丸まったおじいさん。


「いえいえ。あれはまあ……仕方ないと思いますから」


 そう答える私は、しょんぼりする空牙をなぐさめながら。


 うんうん、空牙は悪くないし、怖くないからね?


「わしは昔から、薬師の旦那に世話になっていたんじゃ。だから王都を離れると知った時は、寂しかったよ。この家の前を通る度に、明かりのつかない家を見て、何とも言えない気持ちになってな。しかし今日通りかかったら、窓が開いているじゃないか。だから、もしや戻って来たのかと思ってしまったんじゃよ」


「みんなにしたわれる、良い人だったんですね」


 私がそう続けると、おじいさんの口から思い出話が次々と、とても楽しそうに語られた。


 おじいさんの話し方が上手じょうずなのか、まるで目の前に薬師の方がいて、実際にり取りしている姿が目に浮かぶかのようだった。


 と、話に区切りがついた頃。


「年寄りの長話に付き合わせてしまって、申し訳ない。それにしても、さっきからいい匂いがしとるね?」


「カスレを作っていたんです。えっと、白インゲン豆とトマト、お肉と野菜をじっくり煮込んだ物ですね」


「なるほど、カスレか。ここではどこの家でも作られる、いわばお袋の味じゃな」


 お袋の味かあ。


 私は料理を作る方だったから、いまいちピンとこないけれど、いつか薬師の方と、その娘さんにも食べてもらえたらいいな。


 その時は現実で良く作っていた、肉じゃがとか、カレーを出すのも良いかもしれない。


 そんな事を思いながらおじいさんを見ると、その顔は鍋の方を向いたままだった。


「……よければ食べますか?」


「おおっ、いいんかね?」


 疑問形で言っているけれど、近くにあった長椅子に、おじいさんは既に座っていた。


 うん、食べる気満々まんまんですね。


 言動と行動のちぐはぐさに苦笑しながら、私はカスレを木製の深皿によそい、スプーンと一緒におじいさんに手渡した。


 陶器製とうきせいの食器も買ってあるけれど、テーブルがまだ無いから、火傷やけどしないよう今回は使うのを見送った。


「良く煮込まれていて、実に美味うまそうじゃな。どれ……」


「いかがですか?」


 目を閉じ、味わうように食べているおじいさんに声をかけると、やがて目を開けて感想を口にしてくれた。


「……美味い。普段食べている物とは違った味で、脂の旨さは控えめじゃが、なんとも言えぬ優しい味わいじゃ。わしは王都のあちこちで色んなカスレを食べてきたが、こんなカスレは食べた事が無い」


「あら、本当に美味しいわね。そしてワタシ達にはちょっと懐かしいこの感じ」


「味噌、いや白味噌か? 意外と合うもんだな」


「これは私達にとってのお袋の味になりそうですねぇ」

 

 良かった、おじいさんに満足してもらえた……って、どっから湧いて出てきたんですかカンナさん、マレウスさん、ルレットさん!


「いつの間に来ていたんですか……しかもしっかり自分の分を装って」


「ちょうどお腹が空いてきたところに、良い匂いが漂っているんだもの。体が勝手に動いていたわ。はふはふ、美味しい料理って、罪よね」


 いえ、罪なのは料理ではなくて、無断で食べる方だと思いますよ?


 食事担当なので、良いですけれど。


 それにしてもマレウスさん、隠し味を一発で見抜くなんて凄い。

 

 羊の匂いにまぎれ、味噌の匂いはほとんどしていないはずなんだけれど。


「ご馳走様ちそうさま。本当に、美味かった。そういえば名前を聞いておらんかったの。わしはシモンじゃ」


「お粗末様そまつさまでした。私はマリアといいます。こちらは私の仲間で、カンナさん、マレウスさん、ルレットさんです」


 3人は会釈えしゃくだけして、食べるのに夢中になっていた。


 全くこの3人は……。


「ありがとう。懐かしい思い出にひたらせてもらった上に、美味しいカスレまで。料理はこれからも、ここで続けるつもりかの?」


「そうですね。この人達の食事もありますし、売る分も作らないといけないので」


 取引掲示板でどれくらい売れるのか分からないけれど、また地獄を味わう前に作り溜めしておきたいところだ。


「なるほど、か……分かった、後はこの老骨ろうこつに任せてくれたらええ」


「え? 任せるって一体」


「ではまた、近いうちにの」


 私の疑問に答える事なく、おじいさんはホームから出て行ってしまった。


 その背中は、最初に見た時よりも幾分いくぶん真っ直ぐ伸びていたような?


 気持ちが晴々はればれとして、それが姿勢にも表れた、とかかな。


 まあそう理解する事にして、私は残っていたカスレを食べた。


 私が食べ終えた頃、既に3人の姿はなく、食器だけがカウンターに置かれていた。


 当然のように、食器は洗われていない。


「なんだろう。大きな子供を3人持ったような、この気持ちは……」


 ネロと空牙にはげまされながら私は一人で食器を洗い、その日はログアウトし、眠りについた。

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