第71話 真里姉と知ってしまったアレ
手渡された鍵でホームの扉を開けると、左手の奥には
カウンターの前には待ち合い用の
自分の番が来るのを待っていた人は、
今は薬の類は何もないけれど、
カウンターの奥は診察が必要の人向けなのか、小部屋が用意されていた。
扉の右手にもカウンターがあったけれど、こちらは幅広で、主に薬にする前の準備用の場所といったところかな。
その右手奥には2階へ続く階段と、扉が一つ。
2階はおそらく各自の部屋があるだろうという事で、扉を開けてみると
離れは
煙突もあるから、中で薬草を乾燥させたりしていたのかもしれない。
分厚い木の扉をマレウスさんが開けると、中には生産用と思われる道具が
窓は母屋に比べるとずっと小さくて、部屋の広さは母屋の3分の1くらいかな?
あれだけ多くの要望を出したのに、これで叶ったのだろうかと疑問に思う私を
その眼は真剣そのもので、生産職トップとしての顔を覗かせていた。
「注文通り、エデンでは手に入らなかった高品質の鍛冶道具が一式揃ってるな。これだけあれば、イベントの生産キットも
「さすがワタシの王様ね。それにこの離れ、建物としての強度も申し分ないわ。
「作業で大きな音を出しても大丈夫そうですしねぇ。それに人目が少ないのもポイント高いですよぉ。
「あの、アレって何なんですか?」
「アレか?……アレはその、なんだ。鍛冶の
マレウスさん、ちょっと良い感じに
「1階の日当たりの良い方のカウンターは、マリアちゃんの調理場として使ってくれて構わないわ。長椅子も配置を変えて、テーブル席みたいにしてもいいと思うの」
前半は
「夕飯が楽しみですねぇ」
ルレットさんは隠す気もなく私が作るのを当てにしてますね!?
まあ、みんなの分は作るつもりだと言ったけれど……何だろう、みんなで私を離れから遠ざけたいのかな?
あれかな、生産職トップとして、作業する姿を私みたいな
さっきマレウスさんが秘奥とも言っていたし、隠しておきたい独自の技があるのかもしれない。
昔見たドキュメンタリー番組で、刀を作る工程の多くがかつて
「分かりました。それでは食材の買い出しを兼ねて、ちょっと王都を散歩してきます」
そう言って離れを出た私は、母屋に戻り王都の通りへと出た。
ただ、出たは良いものの、王都のどこに何があるのか、まるで分かっていない。
「まあ、観光みたいに思えばいいかな?」
知らない場所を気ままに歩くのも、きっと楽しいはず。
それに、思えばここ数日一人きりになれる時間なんてなかったしね。
料理漬けにされたり、出歩く時には必ずグレアムさん達の誰かが一緒だったり。
久しぶりに一人で自由を
…………本当に一人だよね?
後ろを振り返っても
あの怪しい指先の動きを見せたりもしていない。
大丈夫そう、かな。
ほっとした私は気を取り直し、足取りも軽く散歩に出掛けた。
何人かに道を尋ねてやって来たのは、都民の方が良く利用するという市場。
私は地面に布を敷いてその上に野菜を並べる、
開かれていたのは露天ではなく、屋台のように屋根のある店で
それが無数に集まっていて、私には市場というより何かのお祭りに思えた。
「凄いなあ。これが日常なんだよね」
それぞれのお店が独自の品を扱っているけれど、これだけ店が多いと、品揃えが
日本なら大声で客引きしたり、値引きを匂わせたりすると思う。
けれど王都の市場ではそんな様子は無く、野菜を売っているお店が並んでいても、競う感じがまるでない。
それどころか、煮込み料理で使うトマトを買いに来たお客さんに、『煮込みで使うトマトなら、うちのよりこっちの店で扱ってるトマトの方が合うよ』と言って、他の店を
それはエデンの街でも見られなかった光景で、現実でも見た事がない、カルチャーショックを受ける程の光景だった。
ふと見渡せば、市場に来る人の顔がみんな明るい。
「お客さんも分かっているんだ。ここに来れば、間違いの無い買い物が出来るって」
市場といったけれど、ただ店が集まっているだけではなく、互いに助け合う一つの組織といった方が正しいのかもしれない。
そしてその組織が目指すところは、来てくれたお客さんにより良い買い物をしてもらう事。
お客様目線という言葉の本当の意味を、私は初めて知った気がした。
「おやお嬢ちゃん、お使いかな? ここの市場じゃ何でも揃うぞ! 特に食材の豊富さは王都でも指折りさ。欲しい物があったら、良い店を紹介するぜ」
声を掛けてくれたのは、主に
実は歩きながら、夕飯を何にするかは決めていたんだよね。
それは
私が作りたい料理を説明し、必要な食材を伝えると『それはこっち、これはあそこが一番』と、とても親切に教えてくれた。
本当に良い人だ。
せっかくなら何か買っていきたいところだけれど……あっ。
「おじさんのお店では、香草は扱っていますか? パセリ、タイム、ローリエ、エストラゴンが欲しいんですけれど」
エデンの街ではリンゴやニンジンといった食材は通じたけれど、香草の細かな種類まではどうだろう。
ちょっと緊張する私におじさんは、にかっと笑った。
「それならうちがお勧めだ。
良かった、通じたよ。
そして試しにパセリの匂いを嗅がせてもらうと、あの独特の香りが強烈に鼻の奥に飛び込んできた。
これはおじさんが勧めるだけあるね。
他にも使えそうだから多めに買うと、おまけというには多過ぎる程のおまけをくれた。
そしておじさんに教えてもらったお店を回り、お目当ての食材を買ったのだけれど、どこに行っても
「お使いとは偉いね、お嬢ちゃん」
「親の手伝いなんて偉いね、お嬢ちゃん」
「小さいのに買い物なんて大したもんだ、お嬢ちゃん」
と、誰も私が自分で料理するとは思ってくれないのは、なぜかな?
そして必ず言われる、お嬢ちゃんという言葉。
私これでも現実では一応、
あと、買い物をするとみんながおまけしてくれたのは、きっとカルマの影響だろうね、うんそうに違いない。
決して、私が小学生に見えるからだよとか、考えてはいけないんだよ?
大量の食材を買った私は、ホームに戻る途中、グレアムさんを見掛けた。
声を掛けようかと思っていると、向こう側から見知らぬ人が近くに寄って来て、すれ違いざま、何かを手渡したように見えた。
地味にレベルの上がっている【視覚強化】のおかげだね。
私はこっそり背後に忍び寄ると、少し大きな声で話し掛けた。
「こんにちはグレアムさん」
「ぬなぁっ! マっ、教祖様!!」
「あの、そこで言い直すならマリアの方にして欲しいんですけれ……ど?」
驚いた
それは
私は直感に従いグレアムさんより早く拾い上げると、制止する声にも耳を貸さず、それを広げた。
『聖マリア
国王陛下との会談でお疲れになりながらも、
クラン結成に伴い、クラン名は『ルナ・マ・リ・ア』へ決定。
名前を決めた者達に、最大限の
その後国王陛下からの使者に案内され、ホームへ。
ホームが
くっ、なぜ猊下が心を痛めねばならないのか、そもそもの原因となったのは……。
すまない、熱くなった。
ホームに入られてからしばらく、王都を
秘密裏に警護を開始。
市場にて大量の食材を購入。
その際、お嬢ちゃんと声を掛けられる度に顔が微妙に引き
はっ、無知な者はこれだから困る。
猊下は
その溢れ出る
いずれにしろ、猊下の名が王都で
報告は以上。
名も無き同士より、クラン『
「…………」
私は無言で
グレアムさんが悲鳴をあげながら、
「なんて事を! 貴重な
と叫んだけれど、うん、そんな聖典滅ぶといいよ。
できればクランもね。
というかこんな物が、最低でも他に23枚あるんだね……。
崩れ落ちるグレアムさんを放置して私はホームへ戻ったけれど、その途中、あんなに軽かった足取りは、やたらと重く感じられた……。
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